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第41話 再始動

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「もう、俺たちだけか」
 王城の一画、多数の部屋が並ぶ中で響いた声は一部屋からだけだった。去年ここへ来た時は四十室並んだ部屋は半分以上埋まっていたのに、今となっては使用されているのは三室だけ。そのうちの一室に3人は集まっていた。
 霧亜が戻ってくる気配はない。彼は完全に西方、協商国に居ついてしまったようだ。妖族の街にいれば会う機会があるかも知れないが、魔族、そしてアルノのいるあの街に行く気には神丞は到底なれなかった。
「みんな……死んじゃったんだね」
 ソファに座っていた小峰悠子が俯いたままでぽつりと呟く。
 彼女の仲の良かった友人、それも幼稚園からの付き合いである幼馴染までが先日の戦闘で殺されたのだから、ショックも大きいだろう。いつもの明るさはすっかりなりを潜め、目の下にはくっきりと隈が浮き出ている。

 二十三人。
 この世界へ連れて来られた当初二十七人いたクラスメイトは、ここにいる神丞、小峰、委員長と早々に離脱した法龍院霧亜を除いて全員が、この数ヶ月の戦いで散って行った。
 いや、その言い方は相応しくないだろう。
 魔族の情報を得ようと言う彼らの話に乗り前線に出た際に七人、怖じ気づいた彼らに近衛師団も同情を寄せたものの王室派のコルテロ大臣からの直命に逆らえず出撃した戦闘で十三人、後がなくなったために全軍で出撃したメラビオ奪還戦で三人が死んだのだ。
 魔族が捕虜として扱ってくれるだろうという甘い推測で死地に送り出した彼らと、この国の政治によって殺されたと言うべきだった。
 魔族は苛烈だった。
 共に出撃した近衛師団を踏み潰し、それでも尚止まらずに勇者軍へとその牙を突き立てた。
 耐性のない勇者や近衛を惑わすロヒ民、その隙に恐ろしい膂力で見た目にも恐怖心を煽る棍棒を振り回しては人肉を宙に舞わせるノッテ民、辛うじて生きながらえた人族を淡々と突き殺していくフルドラ民、逃げ出した彼らを執拗に追ってくるフルド民。
 そこには何の感情もなく慈悲もなく、ただ生か死の選択しか存在しなかった。

 今更になって去り際に霧亜が言った、この世界に自分たちの常識は通用しないという言葉が重くのしかかる。
 けれど、それに気付くのはあまりにも遅すぎた。もはや剣術の神丞、催眠の小峰、交渉の委員長だけでは魔王を倒すどころか魔王城に辿り着くことすら叶わないだろう。
 つまるところ、もう彼らには、
「戻れる可能性はない、ということか……」
 小峰の向かい側に腰掛けた委員長が溜息と共に吐き出すと、それで堰を切ったのか小峰がぼろぼろと泣き始める。もう帰れない元の世界を思ってのことなのか、それとも死んだクラスメイト達を思ってなのか、それはわからないけれども勇者として準備された立派な部屋に、小峰の泣き声だけが流れていく。
「俺たちも決めないといけないな」
 泣いた所でどうにもならない、そう諌める気力も起きない神丞が誰にともなく呟くと、その言葉で少しだけ気を持ち直したのか委員長が顔を上げる。
「魔王を倒す以外の方法を探るのか、それとも諦めてこの世界に基盤を作るのか」
 彼としてはまだ諦めたくはない。元の世界に何もない霧亜と違い、彼には裕福な生家と約束された未来があるのだ。親が、兄が敷いてくれたレールの上をただ歩くだけで良かった生活から、何もかもを自らの手で構築していかなければならないこんな世界で生きていける自信はない。
 とは言え、一人で方法を探すには限度があろう。生き残った三人での協力は、精神的にも物理的にも必須であった。

「そうだな。だけど、他の方法を探る場合でもまずは自分たちの居場所を作ることは必要じゃないか」
 委員長の言葉に、啜り泣きが止まる。
「どう、やって」
 泣き過ぎて涙ももう出ないのだろう、乾いた目でしゃくり上げながら尋ねる。
「問題はそこだな。今この国は僅かながら融和派の力が強くなっている。西方へ飛ばされていたハル司令がセーガルに再配置され、俺たちが王城へ戻されたのがその証拠だ」
「ああ、西方の諸王国を抑え込んだ上、既にメラビオも奪還したらしい。コルテロ伯爵の辞任をボーエン公爵も認めたようだし、流れは融和派になってるな」
 気力を失いつつも、それくらいの情報は得ている。
 王城で過ごす以上、王家や貴族たちの方針には敏感にならざるを得ないからだ。
「え、じゃあ私たち、どうなっちゃうのよ……」
 弱々しく呟く小峰は、この先の未来がまったく見えないようだ。
 両腕で体を抱いて縮こまっている。
 そんな小峰を見て、委員長は立ち上がると机に向かい、引き出しから数枚の資料を持って来る。再びソファに腰を下ろすと、先程よりはすっきりした表情で、
「これを見てくれ。王国と近隣諸国の勢力図だ。情報の重要性に気づくのが遅すぎたが……それでも俺なりに整理してみた」
 真っ青な顔をしていた小峰も自分の身に関わることだからか、乗り出してくる。神丞もある程度把握しているとは言え、情報の摺り合せはしたかったところだ、腰をおろしていたベッドからソファへ移動すると資料に視線を落とした。
「まず現在の王国内勢力だけど、王家とボーエン公爵を中心とした王室派、カノ王女殿下と聖女様を中心とした融和派がいるのは大丈夫だよな。王室派は可能な限りダラダラ戦争やって、戦争経済で儲けたいって貴族が多い。融和派はさっさと終わらせて魔族と線引きするなり共存するなりしようって感じだ」
 できるだけわかりやすい言葉で説明する。
 この辺りは初期からわかっていたことなので、二人とも頷いた。
「ハル司令が率いている軍は連合軍、西方が離反したからほぼ王国軍が占めている。南や北方の軍なんて人数合わせ程度だからな。で、これはあくまでも魔族軍との戦いのための軍であって、あまり政治に関与しない。融和派は近衛に偏りすぎている王家に対して王国軍の重要性を認め待遇改善と地位の向上を目指しているから、どちらかと言えば融和派だけどな。でもまあ、軍らしい軍とでも言えば良いか。問題は近衛師団だけど、こちらは完全な王室派だ」
「私たちの身方よね」
「そうだな、俺たちが平和を求めて動く限り、身方になってくれるだろう。いや、身方だったと言うべきか。それとは別にハル司令の私兵部隊がいて、これは完全に融和派だ」
「じゃあ、ハル司令は融和派ってこと?」
 見ていればそんなことわかっただろう、と喉まで出かかった言葉を神丞はすんでのところで飲み込んだ。
 代わりに追加で説明をする。
「練度は高いけど装備が悪いんだよな、連合軍は。逆に近衛は装備も最新だし個々の技量はあっても軍としての質は低い。貴族の私兵みたいなもんだから、純粋な近衛兵は五千ほどだけど随伴兵などを含めるとその七、八倍くらいだったか?」
「そうだ、だから軍としては近衛師団の方が優勢。ただ、こっち」
 委員長が別の紙を指差す。そこには百名近くの名前があり、それぞれに「オ」「ユ」とカタカナが振られていた。
「これで半分くらいなんだけど、貴族や騎士階級の派閥をまとめてみた」
「すっごいね委員長、こんなことしてたんだ」
 理路整然と資料をベースに進めているからか、その安心感で小峰の調子も戻ってきたようだ。
 まだ何も問題解決に至ってはいないが、落ち込んでいるよりも良いだろう。
 そう考えた委員長は説明を続けた。
「現状では半々。戦需に関係する人は王室派、そうでない人や家系的に軍と近い人は融和派、まあ人間だからな、わかりやすいと言えばわかりやすい」
「今まで王家への忠誠だけで王室派だった人たちも、カノ王女が目立って動き始めたことで動いたって感じか」
「そうだ、人的資源ばかり失われてうんざりしつつ忠誠心が強いことから王室派だった人が、損失に目を瞑っていられなくなって揺れているというのが最近の政治状況の動きだ」
 言葉を止めて神丞と小峰を見る。
「自らの損害が王家への忠誠を上回ったら、当然自分を守るだろう」

 真剣に眺めているようだが、事の本質には気づいていないだろう。
 自分たちが、自分たちの世界の思想に従って動くのではなく、この世界に生きる人たちの事情を勘案して動けば融和派と歩調を合わせられたのだ。
 結果として向かう所は同じなのだから、目的はあっていた。
 けれど、手段を間違えたのだ。
 それがクラスメイトの無駄な死を招き、王室派の駒であったという事実だけを残してしまっている。その過ちの根底にあるのは自分たちが常識として持つ人権思想や平和思想であり、それだって地球の先人たちが思想だけで手に入れた訳ではなく、数千年に渡る殺し合いの末に勝ち取ったものであるという前提を忘れてしまった。

 人は殺しあうものなのだ。
 犠牲は必ず出るものなのだ。
 理不尽な死は、いつでも自分たちの目の前にあるのだ。
 それを見ずに、先人たちの膨大な犠牲の上に成り立つ結果だけをただ享受し甘えていた自分たち自身のミスだ。
 だから委員長はすでに決意している。いざとなったら、何もかも切り捨てて自分の身を守ると。
 おそらく霧亜はそのことを知っていて、早々に自分達を切り捨てた。協商国という小国ではあるが、自らの足で歩いて世界を見、自らの手でこの世界に成り立つ足場をしっかりと得た。
 自分は気づくのが遅すぎた。元の世界しか見ていない神丞の甘い幻想に惑わされ、今現在自分がどこにいるかを考えなかった。
 だがこうなってしまったのも自業自得だ。自分だって魔族が伝承に関する魔法を残している可能性を示唆し、扇動してしまったのだから。
 だからぎりぎりまでは付き合おう。最後に残った三人で、行けるところまでは行こう。だが、見極めは必ずする。

 そんな意識であれこれ話す二人を見つつ、方針を決めるべく言葉を続けた。
「俺たちは王室派じゃない。そんな考えは持ってない。でも、そう『みなされている』ことが問題だ」
「私たちはそうじゃないって説明することはできないの?」
「どこで?そんな機会を得られるなんて思わない方が良い。俺の独力じゃこれが限界だったから簡易的にまとめているが、実際はもっと根深くあれこれの繋がりがある。貴族の大半は俺たちなんていてもいなくても良い存在で、便利なら使う、そうでないなら捨てる、それだけのものだ」
「そんなの酷いよ、人間扱いしてないじゃないの」
「いや、委員長の言う通りだよ小峰。ていうか、そういうものだという前提で考えておかないと、俺たちも……」
 神丞が止めた言葉は恐らく、不要なら捨てられるもしくは処分される、だろう。
 そのことを流石に理解したか、小峰が黙り込む。
「その誤解を完全に解く場なんてない。生徒会やクラスがある訳じゃないからな。だからまず融和派に接触しつつどちらにも軸足を残しながら、政治の主導がどちらに転んでも生活できるだけの基盤を作っていくことが必要だ」
「それはそうだけど……実際どうするんだよ。融和派が勝ったら俺たち、ここを追い出されるかも知れないだろ。そうしたら生きていけないんじゃないか」
 神丞はまだ誰かに生かして貰える方法を考えているようだ。その甘さにうんざりするが、先ほどぎりぎりまで付き合うと決めたばかりだ。
 表情には出さず、
「ここの派閥は勝った負けたじゃない。ただの影響力の問題だ。だからどちらにもコネを作っておく。それと、ここを出なければならないことは前提として考えておく方が良い」
「ええっ?!無理無理、ここでだって不便すぎてキツイのに!」
「小峰、俺たちだけで魔王を倒すことは不可能だ。だから魔王または返還できる人に関する情報を探すことが最優先になる。それは一朝一夕で出来る訳ではないことくらい、わかるだろ」
 さすがに強い口調になった委員長に、うっと黙り込む。

 蛇口を捻れば温かいシャワーを浴びることができる、洗濯物を放り込んでおけばきれいになる、そんな世界ではない。
 今は王城の侍女たちがやってくれているそれを、これからは自分たちが自分たちの想定する文明の利器を使わずにやることを考えなければならない、委員長はそう言っているのだ。
 絶望感にじんわりと涙が浮かびそうになるが、真剣にこれからを考えているだろう委員長の姿に、辛うじて堪えた。

「目的は返還のための情報を得ること。そのために人脈を広げておくこと、その間生活していくための基盤を作ること。この三つが今やらなきゃならないことだ」
 一本ずつ指を立てて説明する委員長を、神丞と小峰が真剣に見つめる。
 事実は変えられない。
 感情はどうあれ、委員長の言うことが正しいことはわかる。
「生活基盤って言っても……具体的にはどうするんだ?」
 どこまでも人任せな神丞に舌打ちしそうになるが、委員長にだって今のところこの二人の他に頼れる人間はいない。
「働くしかないだろう」
「……どうやって?バイトなんてあるの?」
「いやバイトって……まず立場が不安定だ。勇者と言われても結局は王城の客でしかない。職場を作らないとな」
「職場ねぇ。王城で働くってことか?」
「それも一つだ。だが王城は貴族か騎士の紹介でしか働けない。奉公とか修行みたいな意味もあるからな、給料も出ないんだ」
「じゃあ、どうするんだよ。冒険者にでもなるのか」
「漫画の読みすぎだ、そんな便利な制度がある訳ないだろう。ハル司令のように軍属になるのがひとつ。貴族に家来として仕えるのがひとつ。街中で商人やら工人の弟子となって働くのがひとつ」
 実際、そうでもなければ金を得る手段がない。忠誠や奉公が中心の世界では、上層になればなるほど金銭を得るという手段は少なくなるのだ。

「神丞、お前は軍か家来になるのが良いだろう。小峰の能力も軍で役立つかも知れないが、貴族に仕えるのが良いだろうな。悪徳であればあるほど欲しがられるだろうけど……」
「絶対嫌!」
「なら、俺と一緒に街に降りるか」
「う……」
「それぞれで足がかりを作るしかない。できれば王室派、融和派それぞれに神丞と小峰が仕えてくれればより情報の可能性が広がる」

 この世界に、というよりも働くということに尻込みする二人を見ながら、これは長丁場どころか帰れないことを前提にすべきかも知れない、と委員長はため息をついた。
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