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第37話 女子会

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 かろん。

 いつものカウベルが鳴り、足を踏み入れたアルノは初めて同行者を伴っていた。
 だから向かうのもいつものカウンターではなく、奥にある半個室だ。
「初めまして、ね。待たせたかしら」
「いや私たちも先ほど着いたばかりだ。ご足労に感謝する、アルノ司令官」
 先に通されていたカノ王女と挨拶を交わし、カレンと一緒に席に着く。
「そちらは聖女アリアテーゼね。ハルから色々聞いてるわ。こちらはカレン、私の眷属であり魔王軍の参謀でもあるわ」
「タピ・アリアテーゼです。ハル様の娘であり聖女も兼任しています」
 ハルの娘である方がメイン?ていうか聖女って兼任するようなものなのかしら、と思いつつカレンに視線を送る。
「カレンと申します。同席の栄誉を賜りました」
「かったいわねーカレン。これは女子会よ女子会」
「そうだな。私たちは初めて来たのだが、ここでは族の違いもないとのこと、上下関係も無しで行こう」
 と、お互いの紹介も終わり、配られたグラスを掲げる。

「では……えーと、こういう場合はどうすれば良いのかな」
「お嬢様がいつもハル様とやっているようにすれば良いのでは」
「え……ハルとはいつも『お疲れ』『乙』でしかないんだけど」
「何とも色気のないことだな、ハルめ。ああいや、あいつはアルノ殿を男と思っていたから仕方ないか」
「なら、女子会に乾杯すれば良いのでは」
 聖女アリアの一言で決まり、それぞれがグラスを合わせる。
「女子会に乾杯!」



「じゃあ、無礼講ということでカノにアリア、私に遠慮は不要よ」
「お言葉に甘えよう。何と言うか……アルノはハルから聞いていたのと印象が違うな」
 好きなものを注文して良い、と言われた聖女アリアが遠慮もへったくれもなく最高級ヴィー牛の希少部位を注文しているのを横目に、カノがグラスを傾ける。
「ハルから?あいつ、何を言ってたの」
 片方の眉だけをぴくり、と動かしたのは憤りだけではないだろう。静かに飲み進めるカレンにはそんなアルノから、最近のハルについて何が聞けるのかという期待がにじみ出ているように見られた。
 が、それはカレンの余裕があってこそであり、実際には王家の中でも肝の据え方が違うカノをして腰を引かせるオーラを纏っていたようだ。
「あ、いやまあ、色々と、な」
「なによ、もったいぶらずに言ってよ」
「うーむ……ハルが言っていたのだぞ?私は聞いたままを言うだけだからな」
「いいからはよ」
 ほれほれ、と促すアルノにしぶしぶ口を開く。
「殺戮人形、脳筋魔族、血みどろ吸血鬼、口より先に手が出る、むしろ先に相手の首が飛ぶ、手を抑えたとしても蹴りで真っ二つ、肉塊製造機……っておい!だからこれはハルが言ってただけだって!」
「そもそも間違ってはいないじゃないですか」
 頰を引きつらせるアルノに、さらりとカレンが毒づく。
 アリアは手元のおつまみ焼豚を引いた目で見ていた。

「そうだけど……ハルに言われるのはムカつく。あいつだって魔族を散々殺したくせに」
 むう、と膨らむアルノが殺気を収めると、ほっとしたような表情でカノは手をひらひらさせながらアルノの気を引き、
「だが、子供っぽい反応が可愛い時もある、と言っていたぞ」
「そう?ふーん……子供っぽいってのが気になるけど、まあいいわ、許してあげようかしら」
 うふうふと笑いながら言う。
 こういった感情の動きがハルにはどストライクだったんだろうなあ、とカノは隣のアリアを見た。その視線を追ったカレンが口を開く。
「聖女様は」
「アリア、で良いですよカレンさん」
「では、アリアさんはハル様に育てられたんですよね。何でも実の親子のように慕われているとか」
「慕うと言うか、アリアのは行き過ぎたファザコンだが」
「何か変ですか?」
「いや変だろう。お前はハルが好きすぎだ」
「だってハル様ですよ。全人類全魔族が好きになって当たり前の存在じゃないですか」
 純粋な目を向けられてカノはうっと体を引いた。
 ため息をつくと、
「まあ、アリアはハルに助けられたからな。だが、アルノはハルの一体どこが良いんだ?」
「へぇっ?!」
「……なんだその叫び」
 急にハルのこと、しかもどこが好きかなどと機微に触れるようなことを聞かれたアルノは、びっくりしてマルリードの酢漬けを転がしてしまう。テーブルから落ちる前にさっと受け止めたカレンがナプキンで包んで端に置くと、
「お嬢様は大変にチョロいお方ですので。ハル様と命の遣り取りをしつつ、時には助けられたりして戦場で絆を深めつつ、ここではそれを忘れたように楽しい時を過ごしている内に親友感覚が恋愛感情に発展されたのです」
 表情を変えないメイドに、カノは可哀想な人を見るような視線をアルノに移す。
「な、何よ」
「チョロいのか」
「はい、おチョロうございます」
「チョロいんですね」
「ちょ、チョロくなんてないし?!ハルとは色々あったの、だからその、まあ、ちょっといいかなって」
「ほほう。その色々とやらを詳しく」
「いいかなと思ったことを詳しく」
「kwsk」
「え、それは、ほらその……ていうかアリア、あんたkwskって何よ」
「いいからほれ、詳しく」
「詳しく」
「kwsk」
「う……」






「なるほど。これを戦時に聞いていたらハルは降格ものだったが、まあ結果的には良かったのだな。暗殺などという卑怯な手を払いのけてアルノを守るなんて、美談ではあるじゃないか」
「まったくですね、私も知りませんでした。男性だと思い込まされていたにも関わらず、ちょっかいかけてきた人族の酔っ払いからお姫様抱っこで救いだすとは」
「さすがハル様です、かっこいいです、私も『こいつを好きにして良いのは俺だけだ』とか言われてみたいです!」
「……それ、好きに殺して良いという意味だからめっちゃ殺伐とした台詞だがな」
 心なしかつやつやした顔で言う三人に対し、アルノはきれいに避けられた皿の狭間につっぷして煙をあげていた。
「ううう……辱められた……吸血鬼の真祖たる私が辱められた……」
 そんな最強の単体種を酒のつまみに、とカレンはぐいっとグラスを空ける。
「お嬢様がチョr ……幸せそうで、お酒が美味しいです」
「カレン、今またチョロいとか言っ」
「お幸せそうで、何よりです」
「あ、はい」
 これは本当に主従なんだろうか、と疑問を浮かべてしまうカノとアリアだったが、魔王以外に敵なしの最強単体種であることと、性格的にはチョロいということがバランス取れているのかも知れない、と無理やり自分を納得させる。
 何より、聖女アリアにとってはアルノがハルを幸せにしてくれそうな予感があった。

「アルノちゃんがハル様を大好きで、良かったです」
「ちゃん?」
 殺戮兵器にちゃん付けか、と驚いたような目でアリアを見るカノだが、そう言えばアリアは聖女だった。
「ハル様大好き同盟として、これから仲良くやっていけそうです」
「アリアさんはさすが聖女様ですね……お嬢様を前に何たる堂々とした在り方、さすがの私もドン引……感心してしまいます」
「まあ聖女は女神の加護を受けているからな。女神以外はアリアを傷つけることはできないし、それ故に何かを恐れることもない。まあ強いて言えば女神と同格の魔王……」
 言いながらグラスを傾けていたカノの手が、ふと止まる。
 一瞬考えてからそのまま酒を飲み干すと、カレンの手によってすいっと新しいグラスが置かれた。
「そう言えば魔王は今回の件について、承諾されているのだろうか」
「お嬢様、白酒とメヤマの塩焼きが来ましたよ。魔王様のことでしたら問題はありません。あのお方にとって戦争は瑣末なこと、目下の楽しみはお嬢様の恋がどうなるかですので」
「……良いのかそれで」
「魔族の思考は人族のそれとは違います。魔族にとっては魔王様が全て、この世界に絶対的な力の象徴として君臨されている魔王様が、どのように考えどのように決定されようと我ら魔族は従うのみです」
「ふむ。それはそれで政治のあり方としてはありなのだろうな」
「絶対的な君主が相応の力を持っていれば、ですが」
「確かにそうだ。命に限りがあり欲望も大きければ力だけでは管理もできない人族では難しいだろう。絶対君主の政治が曲がらないよう担保する機構がないのだから」
「ですが、こうやってお互いの政治機構のあり方を論ずることができるのも、魔族と人族が同じ立場で考え話すことができるからです。その意味では私たちのあり方もだいぶ変わってきたと言えるのでは」
 言いながらカレンはちらりと自らの主を見る。
 相変わらず魚が好きなのに食べるのが苦手な彼女は、聖女アリアにお世話されながら懸命にほぐしている。



 眷属として仕え始めた頃、カレンの手伝いすら疎ましがったアルノだから、人族など唾棄し殲滅すべき対象でしかなかったはずだ。
 なら眷属など作らなければ良かったのに、とはカレンは思わなかったが。存外に寂しがり屋なことも、何も考えずに甘えることもできないということは眷属になった時に理解していたから。
 それがハルとの戦いを通して変わり、五十年で人族の宗教的象徴である聖女と仲良くやっている。もしかしたら魔王様が狙っていたのは人族の文化や技術ではなく、こういった魔族の変容なのではないか、とも思う。



「ハルとアルノは、魔族と人族の架け橋になるのかもな。まあ、そんな簡単に行くようなものでもないが」
「どんな変革も、踏み出さなければ始まりません。最初の一歩が最も重要で重たいものです。踏み出すことができただけでも良いのではないでしょうか」
「カレンの言う通りだな。ふふ、これもあのバカのおかげか」
「殿下、今ハル様を馬鹿にしましたね」
「……アリア、お前はハルのことに敏感すぎる」
 呆れたカノが、新しいグラスを傾ける。
「知ってるんですよ」
 アリアが上目遣いに見てくる。
 こうして睨んでも美人なのだから、聖女というのはつくづく規格外だ。グラスから口を離さず、目線だけで何が、と尋ねると他の二人もアリアが何を言い出すのかと顔を向けた。
「殿下、ファーストキスはハル様でしょう」
「ぶふぉっ!」
「うわ!汚なっ!カレン、布巾、布巾!」
 慌てるアルノだが一瞬後にはアリアの言葉が浸透したようだ。
 ぴたり、と動きを止め、
「……アリア?今なんて」
「聞いて下さいよアルノちゃん。殿下ってば、ハル様が私の治癒を受けてる間は対魔防御をしてないからって、弱ってるハル様にキスしたんです」
「ほう?」
「ちょ、アリア!お前あの時寝てたんじゃ……」
「疲れてうとうとしてただけです。ハル様が寝ていないのに、私が眠る訳ないじゃないですか。おはようからおやすみまでハル様を見守るのが聖女の責務です」
「愛が重すぎる!」
「というか、それは聖女の責務なんでしょうか。随分と限定されているのですね、聖女の責務とは」
「ハル様が何も言わないから私も追求しませんでしたが……そろそろはっきりしてもらいましょうか」
「私も興味あるわね。さあカノ、返答次第では……」
「おいアルノ!牙、牙すごいことなってる!怖っ、こっわ!」
「お嬢様が本気の殺戮モードになっているのは、戦場以外では私も初めて見ますね」
「言ってる場合か!カレン、何とかしてくれ!」
「さあ、殿下」
「ほれ、カノ」
「「言い訳を聞こうじゃないか」」
「わわ、私は王女だ、恋だの何だのは知らん!あれはそう、あれだ」
「あれ、とは」
「だ、だからあれだ、お礼とか親愛とか、そんな感じ!」
「へぇ、他には」
「ないない!誓って他意はない」
「なら、もう言い残すこともないな?」
「いやだからアルノ、目が、目が光ってる、怖いぞ!」

 大騒ぎする三人からずりずりと尻をずらしたカレンが、おや、と気づいてぷつりと自分の髪を抜いて翳す。
 アリアの発する光に触れた途端、何の音もせず消滅した。
「女神の加護って凄いですね。魔族を滅ぼす光を実感しました。これは記録しておかないと」
「さすがカレンだ冷静かつ勤勉だな、だがとりあえず助けてくれ!」

 アルノと違って三日しかいられないというのに、親交を深めるどころか殺し合いに発展しそうな女子会であった。

「女子会、というものを初めて経験しましたが、ふむ、なるほど女の戦いの場なんですね。恐ろしいものです」
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