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第18話 きっとずっと
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かろん。
今夜も妖族の大将が腕を奮う「夜に鳴く鶏亭」でカウベルが響く。
「よ」
「ん」
そろそろ年末の休戦期間に入る人族と魔族は、小さな小競り合いやすぐに撤退する程度の遭遇戦はあるものの、兵たちは最早休戦モード。
ここまで生き延びたのだ、新年早々に自分の訃報が家族に届くことを避けたいというのは当然のことだろう。そんな兵士たちの雰囲気に当てられたか、アルノとハルも年末が近づくとギスギスが弱まり比較的まったり飲むことが多くなる。
「今年もお疲れー」
「乙ー」
アルノの言葉もだらけており、打ち鳴らすジョッキの音もどこか鈍い。
「いやー、今年は色々あったな」
「それには同意する。とは言え、主にお前らの都合だがな」
「あー、まあな……特に王都とか勇者とか王都とか勇者とかな」
「王都と勇者ばっかりじゃないか。いや正しいか」
呆れたように言うものの、思い返して結局どれも王室派と勇者の問題に帰結することに気づいたアルノは珍しく気を利かせる。
「まあ飲め。大将、いつものやつ。それとメヤマの塩焼き」
アルノを含んだごたごたがなかったとは言わないが、やはり人族は問題が多すぎる。ハルと楽しく戦争し、人族の血煙を戦場に立ち上らせたいだけなのに、相手側が戦争と関係ないいざこざに巻き込まれて全力を出せないというのはいかにも詰まらない。
なぜ人族は要らん問題を起こすのか、アルノとしては理解の外だ。
強大な魔族が攻めてきているのだ。
そして彼らは最強の切り札を持っているのだ。
なら最強に最強をぶつけて、心置きなく雌雄を決した方が後腐れなくて良いではないか。
人族の機微など理解できないしするつもりもない魔族の最強種としては、そう考えるのが当たり前だった。
「今年は特に振り回されていたな」
「ほんとにな。最悪なのはあれだけどな」
「ああ……あれな」
敢えてエルフと明言しないハルの心情を鑑み、アルノも明言しない。それくらいの気遣いはできるのだ。
「勇者の大量召喚もそうだしさぁ」
「しかも全員頭おかしいしな」
「それな。この間も勇者軍と策戦会議したんだけどな、やっべーわあれ。磨きかかってた」
「あれに磨きがかかるのか……やっべーな」
「ああ、マジやっべー」
単語がバカになっているが、それ以外に表現しようがないくらいに彼らからするとやっべー奴らだった。どれくらいやっべーのか、と言われれば、
「なんか策戦会議をブレストとか言い出すし」
「やっべーな」
「人族と魔族の多様性だの多文化共生だの」
「やっべーな」
「市民の権利がどうの平和的に生きる権利がどうの」
「やっべーな」
「SDGsって何だよ」
「知らんがな」
「埒あかないから机上演習に入ろうとしたら、その前に両軍のコアコンピタンスがどうの、戦争に至るまでのアジェンダがどうの、アサインだのエビデンスだの」
「やっべーわ」
「だろ」
だが寧ろ意味不明な単語を並べる若者を、珍妙な生物を眺めるかのように見ていたハルはさほど疲れた表情ではなかった。
あそこまで突き抜けて意味不明だと、一周回って面白かった。所詮会議だ、実際の戦闘で被害が出る訳でもなし、新種の生物でも発見したかのように楽しめば良いと割り切っていたので。
「そういやお前の方は。なんか前にカレンさんに見合いの話があったとか言ってなかったか」
「あれな。秒で断ってた」
「さすがカレンさんだな」
「ああ、さすがカレンだったわ」
魔族側で起きた出来事と言えばそれくらいだ。
圧倒的で逆らうという気持ちすら起きない絶対的強者の魔王が君臨する魔族では、人族のようなごたごたは起きようがない。
簡単で単純。
人族のハルとしては羨ましい限りだが、それはそれで苦労もあるのだ。主に魔王様のアルノ弄りとか、魔王様がアルノを困らせて楽しむとか、魔王様が以下略。
まあ、そうは言っても人族のごたごたほどではないから、
「来年はマシになればいいがな。お前が下らないことでごたついていると戦争も楽しくない」
ジョッキを傾けながらニヤと笑って横目で見る。
そうだ、アルノは全力のハルと戦いたいのだ。それに何人の人族や魔族が巻き込まれようが知ったことではない。どうせ人でも魔でもない吸血鬼だ、好きなように生きて好きなように死にたいだけなのだから。
その楽しみが、矮小な人族の王室ごときに邪魔されるのは我慢がならない。
全力で殺しに来い、全力で殺してやる。
そういった思いを視線に込めたのだがハルの反応は今ひとつだ。同じく枠組みから外れた彼なら、同じように楽しんでくれるかと思ったのだが、
「そうだなぁ……そうなるといいなぁ」
いつものようにぐいっとではなく、ちびりとビールを口にすると呟くように言う。
「何だ、大人しいじゃないか」
「うーん……これ通るのかな。あのさ、休戦明けから───なんだわ」
「引っかかってるな」
「ううむ、基準が謎すぎる」
「まあ仕方ないだろう。話の流れからすると来年もクズどもの横槍は入りそうだということだな?」
「まあ、近いな」
「まったく、全力で戦えたのは最初の数年だけではないか。それもこれも貴様が年を取らないのが悪い」
「俺のせいかよ。ていうか、俺より美味しい状態で不老不死なお前に言われると腹立つな」
ぽい、とジャルナ揚げを咥える。
そういや年明け以降も「夜に鳴く鶏亭」に来るのに問題はないのかな、と人族連合軍参謀としてはどうでも良いことだが、ハルとアルノにとっては重要な問題をふと考える。
とは言っても妖族の街だから考えても仕方ないし、どうにかなると思えばどうにかなるような気もするのだが。
「あれだ、何なら今から王都に乗りこんで全員殺すか?」
「やめれ」
悪い笑みを浮かべるアルノに、割と本気で突っ込みつつも、ヴェセルやカノ王女、聖女アリアがいなくなったらそうしても良いかなと思うあたり、ハルもだいぶ脳筋思想にやられているのかも知れない。
「居場所なぞ人族の間になくとも、この辺でふらつきながら私と戦えば良いじゃないか」
「おい人を浮浪者みたいに言うな。お前らはどうか知らんがな、俺ら人族は衣食住ってのが必須なんだよ。それも文化的なやつな」
「人族?お前が?文化的?お前がぁ?」
「そこに突っ込むのやめて。ほんとマジやめて。なんか最近自分でもちょっと人族の感覚から外れてきてるなーって自覚あるから」
情けない表情で懇願するハルに溜飲を下げたのか、ご満悦気味のアルノ。珍しくビールをぐびぐびやりながら提案する。
「着るものなんざ、魔力で作れば良いだろ」
「だから、魔力の操作はできても作用はできないんだってばよ」
「あと何だ、えーと……ああ食か。そこらの草でも食え」
「人を山羊扱いすんな」
「草がダメなら肉食えば?」
「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない、みたいな言い方やめろ」
「何だそれは」
「ん?ああ、俺の元いた世界の言葉だな。ンディゴ・ガギエリエリって王女の名言……らしい?」
「らしいってお前……ああそうか、お前の記憶はそんな感じだったな」
「まあな。何か辞書から引っ張ってきてるみたいだから、実感ないわ」
だからハルは記憶に拘りがあるのだ。彼にとって思い出と言えるのはこの世界でのことだけだし、友人と呼べるのもこの世界で知り合った連中だけだ。それなのに、元の世界の知識があるからどこか余所者であるような感覚が抜けない。
どう生きていくかということに拘りはないから、軍隊生活であろうと余裕のない暮らしだろうと気にしなかったが、そこでの「体験」はとても大事に思っている。
銃も戦闘機も使わない戦争には違和感があったが、命の遣り取りという極限状態で疎外感を味わう余裕はない。
その意味では最初に見つけてくれたのがヴェセルで、与えられた居場所が戦場であったのは良かったのかも知れない。そこで得た記憶も体験も、自分のものだと思えたのだから。
彼にとっての実感である戦友もヴェセルだけとなった。
ヴェセルと一緒に体術や武術、戦術などを教えたカノ王女と聖女アリアは大切な実感の中に入るが、正直それ以外はもはやどうでも良い。後は記憶を実感として得られる戦場で生き、いつ来るのかわからない死を待つだけだ。
でもそれはとてつもなく孤独で寂しいことだろう、という予感はある。
誰とも何も共有できない。
会話があっても共感はない。
それならどこで生きても同じことだ。
「なあ、アルノってさ」
げひゃひゃ、と下品に笑う魔族の司令官に呆れながら問いかける。
こいつなら何かわかるかも知れない。
「二百年生きてんだろ?周りもそうなのか?」
「周り?」
「だからほれ、家族とか」
「そんなものはいないぞ?私はひとりでこの世界に生まれたからな」
「え、そうなん」
ふとエルフのことが脳裏によぎって嫌な顔をしたが、何となくそれとは違う気がする。考えてみれば魔族の生態にはわからないことが多い。いや、正確に言えば吸血鬼は一切が不明なままだ。
フルドラ、ロヒ、ノッテ、フルグという四種の民がいて、それぞれの特徴や大雑把な居住域に文化などは把握しているし、最も血の気の多い脳筋魔族のノッテはその好戦的な性格故か人族に近い寿命しかない。多分細胞の活性化を短期に集中して爆発的な力を発揮できるような構造になっているんだろうな、とヴェセルと話したことを覚えている。
敏捷性に優れるフルグも似たようなものだ。肉体的に優れた種はそんなものなのだろうか。そうなると人族はどうなのだという話だが。
魔法に優れるロヒは魔族の中では穏健だが、キレやすい。
で、キレると魔力膨張を起こして自爆する。寿命は二百年近くあるくせに、その性質のせいで長老格はあまりいないらしい。ファッションのように角の美しさを競い合う姿からは想像もつかないが、ハルたち人族にとっては最も触れたくない民だ。
見た目が性格に近いのはカレンたちフルドラの民で、あざといロリショタアピールにはうんざりだが、小狡い民故か長命で二百五十年くらい生きる。
だが、吸血鬼はどうなのだろうか。
「お前って確か二百歳だったよな。年齢がわかるってことは生まれた時にはそこに誰かがいたんだろ」
脳裏によぎるエルフの影を振り払いながら尋ねる。
よほど嫌な記憶なのだろう、実際に手を頭上にあげて振ったことから勘違いしたのか大将の嫁が注文を取りに来てしまった。
ちょうどビールもなくなったのでおかわりを頼む。
「魔王様がいたぞ。星の気を集めて私を作ったと聞いたが。ああ、そういう意味ではお前たち人族風に言えば魔王様が父で星が母ということになるか」
「え、マジで」
「ふむ、マジだ」
「もしかしてお前ってすごい存在?」
「もしかしなくてもすごい存在だな」
とてもそうは思えないハルは、届いたビールに口をつけてまじまじとアルノを見る。何を見ている、とばかりに首を傾げたアルノの栗色の髪がふわふわと肩のあたりで揺れる。種族特徴である真っ赤な虹彩にはまだ酔いの色は見えず、何を今更と言わんばかりの視線をハルに向かって投げて来る。
人族の一般的な170cmに少し足りないくらいなハルの胸程度までしか来ない身長で、知らない人が見れば少女でしかないコレが、星の気から魔王が作り上げたもの。
「えぇ……うっそだろ、マジか……」
「魔王様でも一千年近くかかったらしいがな」
「嘘?!一千年?え、妊娠一千年で生まれたってこと?」
「おい、妙な言い方をするな」
そりゃぶっ飛んだ存在になるわけだ、とハルは驚きつつも納得した。
「ってことは、本当にお前ひとりだけの存在なんだな。一千年かかるんじゃあ、どう考えても量産無理だろ」
「量産言うな。まあ、無理だろうな」
「ならお前もずっとひとりなのか」
ハルの言葉にふっと瞳に影が走り、少しだけ視線を揺るがせたアルノは間を置いて答えた。
「カレンがいる」
だが、カレンは眷属と言えフルドラ民であり、アルノと違って成長もしていることから恐らくもう百五十年くらいしか一緒にはいられないだろう。
魔王様がいると言え、あれはもう全く別の存在だ。神から生み出された英雄が、神を父とは思わないだろうことと同じで、アルノも魔王様を父と思ったことはない。
何となく雰囲気を察したハルも、黙ってアルノを見る。そして魚が好物なのに箸の使い方が苦手なアルノのために、黙ってメヤマの塩焼きをほぐす。
自分はこの姿になってまだ六十年かそこらだ。
それでもこの先のことを考えると寂寥感でどうしようもなくなる。なら、今まで二百年生きて来て、カレンという眷属を得たもののいつかはまたひとりの時間を過ごさざるを得ないアルノは、どう感じているのだろうか。
「そうだな。それに……俺もいるだろ」
やはりアルノもひとりは寂しいのだな、そう思ったハルは今更ながらにこの殺し合い相手である吸血鬼を、自分に似た存在として感じた。だからつい柄にもなく発してしまった。
自然と溢れてしまった言葉だったが、いつもならからかわれるか噛み付いてくるかして掛け合いになるかと思ったハルに、アルノは驚いたように赤い目を一瞬だけ見開くと、薄く笑った。
「ふふ、そうだな。お前とはきっとずっと一緒なんだな」
「ま、まあな。お前が飽きるまで殺し合いしてやるよ」
「そうか……そうか、それは飽きる暇もなさそうだ」
「おう」
照れ隠しのようにメヤマをほぐし続けるハルは、心中でアルノの言葉を繰り返す。
ずっと一緒。
それはハルが心待ちにしていた言葉のように思えた。
今夜も妖族の大将が腕を奮う「夜に鳴く鶏亭」でカウベルが響く。
「よ」
「ん」
そろそろ年末の休戦期間に入る人族と魔族は、小さな小競り合いやすぐに撤退する程度の遭遇戦はあるものの、兵たちは最早休戦モード。
ここまで生き延びたのだ、新年早々に自分の訃報が家族に届くことを避けたいというのは当然のことだろう。そんな兵士たちの雰囲気に当てられたか、アルノとハルも年末が近づくとギスギスが弱まり比較的まったり飲むことが多くなる。
「今年もお疲れー」
「乙ー」
アルノの言葉もだらけており、打ち鳴らすジョッキの音もどこか鈍い。
「いやー、今年は色々あったな」
「それには同意する。とは言え、主にお前らの都合だがな」
「あー、まあな……特に王都とか勇者とか王都とか勇者とかな」
「王都と勇者ばっかりじゃないか。いや正しいか」
呆れたように言うものの、思い返して結局どれも王室派と勇者の問題に帰結することに気づいたアルノは珍しく気を利かせる。
「まあ飲め。大将、いつものやつ。それとメヤマの塩焼き」
アルノを含んだごたごたがなかったとは言わないが、やはり人族は問題が多すぎる。ハルと楽しく戦争し、人族の血煙を戦場に立ち上らせたいだけなのに、相手側が戦争と関係ないいざこざに巻き込まれて全力を出せないというのはいかにも詰まらない。
なぜ人族は要らん問題を起こすのか、アルノとしては理解の外だ。
強大な魔族が攻めてきているのだ。
そして彼らは最強の切り札を持っているのだ。
なら最強に最強をぶつけて、心置きなく雌雄を決した方が後腐れなくて良いではないか。
人族の機微など理解できないしするつもりもない魔族の最強種としては、そう考えるのが当たり前だった。
「今年は特に振り回されていたな」
「ほんとにな。最悪なのはあれだけどな」
「ああ……あれな」
敢えてエルフと明言しないハルの心情を鑑み、アルノも明言しない。それくらいの気遣いはできるのだ。
「勇者の大量召喚もそうだしさぁ」
「しかも全員頭おかしいしな」
「それな。この間も勇者軍と策戦会議したんだけどな、やっべーわあれ。磨きかかってた」
「あれに磨きがかかるのか……やっべーな」
「ああ、マジやっべー」
単語がバカになっているが、それ以外に表現しようがないくらいに彼らからするとやっべー奴らだった。どれくらいやっべーのか、と言われれば、
「なんか策戦会議をブレストとか言い出すし」
「やっべーな」
「人族と魔族の多様性だの多文化共生だの」
「やっべーな」
「市民の権利がどうの平和的に生きる権利がどうの」
「やっべーな」
「SDGsって何だよ」
「知らんがな」
「埒あかないから机上演習に入ろうとしたら、その前に両軍のコアコンピタンスがどうの、戦争に至るまでのアジェンダがどうの、アサインだのエビデンスだの」
「やっべーわ」
「だろ」
だが寧ろ意味不明な単語を並べる若者を、珍妙な生物を眺めるかのように見ていたハルはさほど疲れた表情ではなかった。
あそこまで突き抜けて意味不明だと、一周回って面白かった。所詮会議だ、実際の戦闘で被害が出る訳でもなし、新種の生物でも発見したかのように楽しめば良いと割り切っていたので。
「そういやお前の方は。なんか前にカレンさんに見合いの話があったとか言ってなかったか」
「あれな。秒で断ってた」
「さすがカレンさんだな」
「ああ、さすがカレンだったわ」
魔族側で起きた出来事と言えばそれくらいだ。
圧倒的で逆らうという気持ちすら起きない絶対的強者の魔王が君臨する魔族では、人族のようなごたごたは起きようがない。
簡単で単純。
人族のハルとしては羨ましい限りだが、それはそれで苦労もあるのだ。主に魔王様のアルノ弄りとか、魔王様がアルノを困らせて楽しむとか、魔王様が以下略。
まあ、そうは言っても人族のごたごたほどではないから、
「来年はマシになればいいがな。お前が下らないことでごたついていると戦争も楽しくない」
ジョッキを傾けながらニヤと笑って横目で見る。
そうだ、アルノは全力のハルと戦いたいのだ。それに何人の人族や魔族が巻き込まれようが知ったことではない。どうせ人でも魔でもない吸血鬼だ、好きなように生きて好きなように死にたいだけなのだから。
その楽しみが、矮小な人族の王室ごときに邪魔されるのは我慢がならない。
全力で殺しに来い、全力で殺してやる。
そういった思いを視線に込めたのだがハルの反応は今ひとつだ。同じく枠組みから外れた彼なら、同じように楽しんでくれるかと思ったのだが、
「そうだなぁ……そうなるといいなぁ」
いつものようにぐいっとではなく、ちびりとビールを口にすると呟くように言う。
「何だ、大人しいじゃないか」
「うーん……これ通るのかな。あのさ、休戦明けから───なんだわ」
「引っかかってるな」
「ううむ、基準が謎すぎる」
「まあ仕方ないだろう。話の流れからすると来年もクズどもの横槍は入りそうだということだな?」
「まあ、近いな」
「まったく、全力で戦えたのは最初の数年だけではないか。それもこれも貴様が年を取らないのが悪い」
「俺のせいかよ。ていうか、俺より美味しい状態で不老不死なお前に言われると腹立つな」
ぽい、とジャルナ揚げを咥える。
そういや年明け以降も「夜に鳴く鶏亭」に来るのに問題はないのかな、と人族連合軍参謀としてはどうでも良いことだが、ハルとアルノにとっては重要な問題をふと考える。
とは言っても妖族の街だから考えても仕方ないし、どうにかなると思えばどうにかなるような気もするのだが。
「あれだ、何なら今から王都に乗りこんで全員殺すか?」
「やめれ」
悪い笑みを浮かべるアルノに、割と本気で突っ込みつつも、ヴェセルやカノ王女、聖女アリアがいなくなったらそうしても良いかなと思うあたり、ハルもだいぶ脳筋思想にやられているのかも知れない。
「居場所なぞ人族の間になくとも、この辺でふらつきながら私と戦えば良いじゃないか」
「おい人を浮浪者みたいに言うな。お前らはどうか知らんがな、俺ら人族は衣食住ってのが必須なんだよ。それも文化的なやつな」
「人族?お前が?文化的?お前がぁ?」
「そこに突っ込むのやめて。ほんとマジやめて。なんか最近自分でもちょっと人族の感覚から外れてきてるなーって自覚あるから」
情けない表情で懇願するハルに溜飲を下げたのか、ご満悦気味のアルノ。珍しくビールをぐびぐびやりながら提案する。
「着るものなんざ、魔力で作れば良いだろ」
「だから、魔力の操作はできても作用はできないんだってばよ」
「あと何だ、えーと……ああ食か。そこらの草でも食え」
「人を山羊扱いすんな」
「草がダメなら肉食えば?」
「パンがないならお菓子を食べればいいじゃない、みたいな言い方やめろ」
「何だそれは」
「ん?ああ、俺の元いた世界の言葉だな。ンディゴ・ガギエリエリって王女の名言……らしい?」
「らしいってお前……ああそうか、お前の記憶はそんな感じだったな」
「まあな。何か辞書から引っ張ってきてるみたいだから、実感ないわ」
だからハルは記憶に拘りがあるのだ。彼にとって思い出と言えるのはこの世界でのことだけだし、友人と呼べるのもこの世界で知り合った連中だけだ。それなのに、元の世界の知識があるからどこか余所者であるような感覚が抜けない。
どう生きていくかということに拘りはないから、軍隊生活であろうと余裕のない暮らしだろうと気にしなかったが、そこでの「体験」はとても大事に思っている。
銃も戦闘機も使わない戦争には違和感があったが、命の遣り取りという極限状態で疎外感を味わう余裕はない。
その意味では最初に見つけてくれたのがヴェセルで、与えられた居場所が戦場であったのは良かったのかも知れない。そこで得た記憶も体験も、自分のものだと思えたのだから。
彼にとっての実感である戦友もヴェセルだけとなった。
ヴェセルと一緒に体術や武術、戦術などを教えたカノ王女と聖女アリアは大切な実感の中に入るが、正直それ以外はもはやどうでも良い。後は記憶を実感として得られる戦場で生き、いつ来るのかわからない死を待つだけだ。
でもそれはとてつもなく孤独で寂しいことだろう、という予感はある。
誰とも何も共有できない。
会話があっても共感はない。
それならどこで生きても同じことだ。
「なあ、アルノってさ」
げひゃひゃ、と下品に笑う魔族の司令官に呆れながら問いかける。
こいつなら何かわかるかも知れない。
「二百年生きてんだろ?周りもそうなのか?」
「周り?」
「だからほれ、家族とか」
「そんなものはいないぞ?私はひとりでこの世界に生まれたからな」
「え、そうなん」
ふとエルフのことが脳裏によぎって嫌な顔をしたが、何となくそれとは違う気がする。考えてみれば魔族の生態にはわからないことが多い。いや、正確に言えば吸血鬼は一切が不明なままだ。
フルドラ、ロヒ、ノッテ、フルグという四種の民がいて、それぞれの特徴や大雑把な居住域に文化などは把握しているし、最も血の気の多い脳筋魔族のノッテはその好戦的な性格故か人族に近い寿命しかない。多分細胞の活性化を短期に集中して爆発的な力を発揮できるような構造になっているんだろうな、とヴェセルと話したことを覚えている。
敏捷性に優れるフルグも似たようなものだ。肉体的に優れた種はそんなものなのだろうか。そうなると人族はどうなのだという話だが。
魔法に優れるロヒは魔族の中では穏健だが、キレやすい。
で、キレると魔力膨張を起こして自爆する。寿命は二百年近くあるくせに、その性質のせいで長老格はあまりいないらしい。ファッションのように角の美しさを競い合う姿からは想像もつかないが、ハルたち人族にとっては最も触れたくない民だ。
見た目が性格に近いのはカレンたちフルドラの民で、あざといロリショタアピールにはうんざりだが、小狡い民故か長命で二百五十年くらい生きる。
だが、吸血鬼はどうなのだろうか。
「お前って確か二百歳だったよな。年齢がわかるってことは生まれた時にはそこに誰かがいたんだろ」
脳裏によぎるエルフの影を振り払いながら尋ねる。
よほど嫌な記憶なのだろう、実際に手を頭上にあげて振ったことから勘違いしたのか大将の嫁が注文を取りに来てしまった。
ちょうどビールもなくなったのでおかわりを頼む。
「魔王様がいたぞ。星の気を集めて私を作ったと聞いたが。ああ、そういう意味ではお前たち人族風に言えば魔王様が父で星が母ということになるか」
「え、マジで」
「ふむ、マジだ」
「もしかしてお前ってすごい存在?」
「もしかしなくてもすごい存在だな」
とてもそうは思えないハルは、届いたビールに口をつけてまじまじとアルノを見る。何を見ている、とばかりに首を傾げたアルノの栗色の髪がふわふわと肩のあたりで揺れる。種族特徴である真っ赤な虹彩にはまだ酔いの色は見えず、何を今更と言わんばかりの視線をハルに向かって投げて来る。
人族の一般的な170cmに少し足りないくらいなハルの胸程度までしか来ない身長で、知らない人が見れば少女でしかないコレが、星の気から魔王が作り上げたもの。
「えぇ……うっそだろ、マジか……」
「魔王様でも一千年近くかかったらしいがな」
「嘘?!一千年?え、妊娠一千年で生まれたってこと?」
「おい、妙な言い方をするな」
そりゃぶっ飛んだ存在になるわけだ、とハルは驚きつつも納得した。
「ってことは、本当にお前ひとりだけの存在なんだな。一千年かかるんじゃあ、どう考えても量産無理だろ」
「量産言うな。まあ、無理だろうな」
「ならお前もずっとひとりなのか」
ハルの言葉にふっと瞳に影が走り、少しだけ視線を揺るがせたアルノは間を置いて答えた。
「カレンがいる」
だが、カレンは眷属と言えフルドラ民であり、アルノと違って成長もしていることから恐らくもう百五十年くらいしか一緒にはいられないだろう。
魔王様がいると言え、あれはもう全く別の存在だ。神から生み出された英雄が、神を父とは思わないだろうことと同じで、アルノも魔王様を父と思ったことはない。
何となく雰囲気を察したハルも、黙ってアルノを見る。そして魚が好物なのに箸の使い方が苦手なアルノのために、黙ってメヤマの塩焼きをほぐす。
自分はこの姿になってまだ六十年かそこらだ。
それでもこの先のことを考えると寂寥感でどうしようもなくなる。なら、今まで二百年生きて来て、カレンという眷属を得たもののいつかはまたひとりの時間を過ごさざるを得ないアルノは、どう感じているのだろうか。
「そうだな。それに……俺もいるだろ」
やはりアルノもひとりは寂しいのだな、そう思ったハルは今更ながらにこの殺し合い相手である吸血鬼を、自分に似た存在として感じた。だからつい柄にもなく発してしまった。
自然と溢れてしまった言葉だったが、いつもならからかわれるか噛み付いてくるかして掛け合いになるかと思ったハルに、アルノは驚いたように赤い目を一瞬だけ見開くと、薄く笑った。
「ふふ、そうだな。お前とはきっとずっと一緒なんだな」
「ま、まあな。お前が飽きるまで殺し合いしてやるよ」
「そうか……そうか、それは飽きる暇もなさそうだ」
「おう」
照れ隠しのようにメヤマをほぐし続けるハルは、心中でアルノの言葉を繰り返す。
ずっと一緒。
それはハルが心待ちにしていた言葉のように思えた。
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