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第12話 正確な表現を心がけましょう

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 かろん。
「よ」
「ん」
 いつものやり取りだが、今日は後から来たのがアルノだった。

「珍しいな、お前の方が遅いのって」
「あー、まあ、な」
 アルノが来たのを見てビールを頼んだため、隣に腰を下ろすと同時にジョッキが置かれる。
 かつん、といつもの乾杯をするとアルノはぐいっと煽った。
「おいおい、本当に珍しいな。何かあったのか」
 メヤマの塩焼きをほぐしつつ尋ねるハルの表情にも、いつものようなからかいや揶揄する雰囲気はない。実際のところ彼はアルノに対して、真面目な話でいくつか今日の戦闘で言いたいことはあった。

 人外の跳躍力使って上空から槍投げるのは反則じゃね。
 とか、
 角ってだけで危険なのに、世紀末みたいなトゲはやめようぜ。
 とか。

 まあ、いくらフルグ民が助走をつけてハイジャンプしようと、槍を投げ入れるためにはある程度近づく必要があるため、垂直跳びではなく放物線を描いて勇者軍陣地近くに落ちてきたのを取り囲んで殺せば済む話であったし、ロヒの民はあくまでも魔族だから人族より全体的なスペックに勝っているとは言っても、魔族の中では魔法特化だ。角で威嚇してもノッテ民ほどの脅威はない。
 だから最初驚きはしたものの、落ち着いて対処すれば「何がしたかったんだ」と首を傾げざるを得ないものではあった。

 が、アルノの様子は暗いとまではいかないまでも何か考え込む様子だったので、彼もまたほぐした川魚をちまちま食べながらアルノが口を開くのを待った。

「魔王様から言われてな」
「ふむ」
「見合いをすることになった」
「ほほう」
 ざわざわと背後の喧騒をBGMに、しばらく無音が続く。

「いやおい、何か言えよ」
「ってもなぁ。前の俺みたいな状況だったとすると慰めの言葉もかけられんから、ちょっと考えてた」
「ああ、まあお前のあれはちょっとな」
「おう」
 ジョッキを持った手をカウンターに下ろし、心なしか表情も沈んだように見える。というより、げんなりしている、だろうか。その気持ちを払拭するためか、ぐいっとジョッキを飲み干して追加を頼むと体ごとアルノに向かった。
「しかし魔族にも見合いってあるんだな」
「そりゃな。そもそも数が少ないこともあって魔王様は交配を推奨されている」
「交配て……」
 真顔の美少年の口から言われると、なぜかこちらが恥ずかしくなってしまう。
「交配は交配だろう。交配を交配と言うことの何がおかしいんだ」
「ちょ、おま、連呼すな。わざとだろ」
 慌てるハル。
 この喧騒なら聞こえている訳もなかろうが、ついきょろきょろと周囲を窺ってしまう。
 そんなハルににやり、と笑うと、
「何だハル、処女みたいな反応じゃないか」
「処女言うな。そもそも童貞ちゃうわ」
「ああすまん、何だったか……そうそう、素人童貞なんだよな」
「おまっ」
 事実であった。
 完全無欠の事実であった。
 故に彼は轟沈する他なかった。

「んで、お相手は誰よ」
 気を取り直して新しいジョッキを手に、ジャルナ揚げをもぐもぐしながら、
「あれ待てよ。お前って確か単体で一種なんじゃなかったか?あ、でも眷属だからカレンさんも同種になるから完全な単一じゃないか」
「カレンはあくまでも私に近いフルドラ民と言うのが正確だが……まあ、そうだな」
「セックスは良いとして、子供できんの?」
「せっ?!」
「だって単一種なんだろ、こう……あ待って、ちょっと嫌な感じになってきたわ」
 エルフの件を思い出したハルが顔を青くする。
 髭面と朝チュン、嫌すぎる。
「実際この世界にハーフっていないじゃん。五十年以上いて見たことないし」
「ハーフ?」
「ああ、種族間で出来た子供。人族と魔族で結婚して生まれた子供とか、見たことあるか?」
「ないな。種族間で欲情することはあり得ない」
「そうなのか?」
 言い切ったアルノに疑問を浮かべる。
 断言できるほど絶対なのだろうか。
「お前だって見たことないと言ったろう。他種族交配は魔王様と女神による制約のうちのひとつだ」
「ほう、そうだったのか」
「魔族内での交配は制約がないが……それでもあまり見かけないな」
「人族は国が違っても人種に差はないしな。でも」
 まじまじとアルノを見る。
 何してるんだ、と思ってアルノが居心地悪そうにしていると、ふむと頷いたハルは突然アルノのフードを外した。

「なんだいきなり」
「いやぁ……うーん」
 人族より尖った耳。だがハルの想像するエルフのように長い訳ではないから、あれちょっと違うなという程度。
 赤い目。これはさすがにぱっと見で気づくが明るい陽光の下でもなければ赤茶色と言っても良い程度。
 目がぱっちりしているから気づきやすいのだが、そう改めて考えるとくっきりした目鼻立ちに毒舌な小さい口、肌も白くきめ細かいのであろうことがよくわかる
 これ、もし異種交配が可能で人族の美女と子作りしたら凄いのが生まれるんじゃないか。
「アルノお前……ほんっときれいな顔してるよな」
「んなっ?!」
 まじまじと見られた後でのこのセリフ。
 ハルの前では男であろうと意識しているアルノもさすがに、その仮面がずれた。
「何だろな、美少年っていうか……女が男装してるって方がしっくりくるよな」
 美少年と少女の男装ではその美しさの方向性が違うのではないか、とどうでも良いことを考えながら続けるハルは、未だ無意識にアルノのかけている精神魔法が解かれている訳ではないのだろう。

 ハルは魔法が使えないが魔法の操作力はある。
 つまり自ら発動はできないが、そこにある魔法に影響力を行使することはできるということである。具体的に言えば怪我人を前に医療魔法で傷を消毒したり精神魔法で微睡ませたりはできないが、衛生兵が掛けた医療魔法の効果を大きくすることで傷を塞がせたり昏倒させたりすることは可能ということだ。
 それが自分に向けられたものなら尚更で、故に不死に属性としてついてくる毒や害意などへの耐性は強い。
 それなのにアルノから無意識にかけられている精神魔法に抵抗できていないのは、アルノの魔法操作がとんでもないレベルなのかとヴェセルなどは最初疑ったのだが、先日の一週間ほどの旅路を共にしたことで、抵抗できていないのではなくアルノが無意識にかけているのと同様「抵抗していない」のではないかと判断した。
 もちろんこれはカレンとしか共有してない考察なので、相変わらずハルはアルノを美少年だと勘違いしたままだし、アルノはハルを変装で騙しきれていると思っている。
 だからハルにとってアルノを美少年以外の美しさで捉えてしまうのは、我ながら自分の性癖を疑ってしまうことと同義なのだが、アルノの雰囲気に思わず口をついて出てしまった。

「美少年って、ありのままで男と子供の間の雰囲気があるだろ。だけど女が男装すると骨格とか線の柔らかさを何とかしようと作るじゃんか。元が美少女であればあるだけ、生物学的な女という隠しきれない部分を無理やり押し込めようとするから、それが漏れ出ると返って女らしさが強調されるというか、男としては違和感が強くなると言うか……って、何言ってんだ俺は」
「は……まったくだ、何を気持ち悪いこと言ってるんだ貴様は」
 実はハルがうーむと考えながら喋っている間、はぁはぁと息を整えなければならないほど動揺していたのだが、彼が自嘲的に締めたことで何とか自分を取り戻した。
「そんなキモい思想してるから素人童貞なのだ、全く」
 戦場で舐められないため、であったのだから別に今となっては女としてハルの前に立っても問題はないはずなのだが、そうしたら駄目だと心のどこかで警鐘がなっているのだ。
 まったく論理的ではないが。

「おいキモいとか言うな。見た目ロリショタなお前から言われると傷つくぞ」
 何言ってんだ俺は、と思いつつ言葉が出る。
 飲みすぎたか、とも思ったが先に来ていたとは言え今日はそれほど飲んでいないし、そもそもこの世界のビールは味は同じだがアルコール度数が低いから酔ったことはない。
「……ロリショタ?なんだそれは」
「あー、俺がいた世界では美少女をロリータ、美少年をショタって言ってな……って、それはどうでもいいんだよ」
 違うそうじゃない、そんなことはどうでもいい、とハルはようやく気がついて話を元に戻す。
 そう、元々の話はアルノのお見合いだ。
 が、お見合いという言葉は直接的に性交に繋がらないものの、どうしても思い浮かべてしまう。いやそれが「女を組み敷くアルノ」であるのなら、男が男の性交を思い浮かべるというアルノに言われるまでもなく気持ち悪い想像なのだが、なぜか「アルノが男に組み敷かれる」想像ばかりが浮かんでくるのだ。
 男女を意識していなかったから最初はどうということもなかったが、アルノの造形の美しさに女を見出してしまうと、どうしてもそれが頭から離れなくなる。
 そしてそれはどうにも嫌な想像だ。
 あり得ない、とわかってはいても男に抱かれる女のアルノを浮かべることは吐き気を催す想像でしかなかった。

 何だこれは、俺は本格的にこじらせたのか?
 あれか、玄人ばっかで素人童貞なのがいけないのか。
 くそ、こんなことなら人外だとバレる前に王女様、いや別にどこぞの町娘でも良いから恋愛か結婚しておくべきだった。

 難しい顔で考え込むハルに、ああ、と思い出したアルノが、

「そうだな、カレンのお見合いの話だったな」

「は?」
「ん?」

 ざわつきが遠く感じれられる。
 動きを止めたハルに、アルノが怪訝そうな顔で、
「おいどうした。もう体にガタでも来たか。たかが百年弱しか生きてない癖に脆弱だな」
 ぽん、と肩に手を置いて体を揺さぶる。
 その振動ではっとしたハルは、
「は、いや、え?カレンさん?」
「そうだが」
「いやいや、は?なに、お見合いってカレンさんなの?」
「だからそうだと言っている。私の唯一の眷属だからな、吸血鬼とフルドラ民の良いところどりのカレンの子供がどうなるのか、魔王様は興味津々で話し」
「いやいやいや!お前、物事は正確に言えよ!お前の見合いかと思っちまったじゃねぇか」
「私の見合いだなどと、一言も言ってないぞ」
「そうだけど!確かにそうだけども!」
 アルノを女と見てしまい悶々としてしまったのは何だったのだ、と恥ずかしさに顔から火が出そうなハルは、うがあっ、と吠えた。





「んで、カレンさんは見合いするわけ?」
 落ち着いたハルは、何となくやってられないというか自分に対していたたまれない気分になって、ビールではなく白酒を注文する。ちびり、と口をつけてはヴィー牛の煮込みとの相性最高、と現実逃避をアクセントにしつつ尋ねた。
「いやまあ、本人次第ではあるんだがな。眷属とは言え私もカレンの人生を縛るつもりはないから、結婚したいというのなら反対はしない」
「何だ、不満そうだな」
「まあ……カレンも私の眷属だから」
「ん?それが何の……ああ、そう言うことか」

 魔王とアルノ以外の魔族は長寿命であっても不老不死ではない。
 そのことをよく知っているアルノがカレンを眷属だからという理由で言葉を濁すということは、つまりカレンも人生を共に過ごす相手がいないということなのだろう。
「魔王様も無理強いするつもりはないようだし」
「その辺は人族より、ほんと出来た王様だよな」
「こんな風に時折困ったことを持ち出さなければな」
 いいなあ、と羨ましく思いながら白酒を口にしつつ。
 ハルは「ならお前がカレンさんと結ばれれば」とは言わなかったし、アルノも「お前がカレンとくっつけば」とは言わなかった。

 珍しく微妙に探り合うような会話だけで、「夜に鳴く鶏亭」の時は過ぎていった。
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