ただのADだった僕が俳優になった話

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「このバカタレ!」

バシッという音と共に頭に痛みが走る

頼さんに叩かれた

「すみません……」

「全く!なんて無茶をするんですか!!」

志乃さんが氷を持ってきて足首を冷やしてくれている

志乃さんも激怒だ

「すみません……」

僕は謝ることしか出来ない

「まぁ、オーディションとしては素晴らしかったけどな。よく短時間にあれだけの物考えたな」

呆れた顔をしながらも、頭を撫でてくれる頼さん

「ただ、僕にはまだ3人の人間を演じ分けることが出来ないと判断しただけです。
今大学のレポートで解離性同一性障害について書いててそれがヒントになったんですよ。」

「だからって多重人格がまさか演技で本人が殺人鬼だなんてどんでん返しもいいとこだろ」

「結末を考えた時に、ただ多重人格をしてもどう締めくくれば良いか分からなかったんです。
1人芝居ですが、客席を巻き込んではいけないとは言われなかったので、審査員を敵役にして話を進めてしまえばいいと思って。
それなら狂人を演じ、10分になる時に誰かに襲いかかってしまおうと……ストップがいつまでたってもかからなかったので焦りましたが……」

もう少し早くストップがかかると思ってたんだけど…

「そらしゃーねーわ。審査員もお前に飲まれてオーディションって事頭から飛んでたみたいだし。実際俺もお前の演技に惹き込まれちまって体が動くまでに時間がかかったからな。」

頼さんは苦笑いだ

「響がストップをかけなければどうなってたことか……」

志乃さんが溜息を吐く

確かに、あの時叶さんだけが表情を変えず僕の演技を見ていた

「響には、彼方の演技構成がわかってたのかもな?」

「それってどんな芝居をするかがわかってたって事ですか?」

僕と志乃さんは頼さんの言葉にポカンとする

「彼方の演技を間近で見てたのは響だからな。何か感じ取ったのかもよ?」

「そんな犬じゃあるまいし」

志乃さんがフフフッと笑う

「誰が犬だって?」

突然割って入った声にビクッと体がはねた

振り返ると、ドアに持たれ腕を組む叶さんの姿

ドアに持たれてるだけなのに、雑誌の表紙を飾れる程にかっこいい

「響…一体いつからそこに……」

ヤバァ…と顔に書いた頼さんが口元を引き攣らせている

「『演技構成が~』の辺りから。因みに、構成が分かっていた訳ではなく彼方の演技がいつもと違ったから。
『宝』を演じ始めたけど、『宝』を演じているにしては『宝』が作り上げられていなかった。
本当に多重人格を演じるのであれば、3人格をきっちり作り上げているはずだ。
その事に気づいて、これはただの多重人格の芝居じゃないって思って見ていただけだよ。」

「へぇー……『宝』を見ただけでそこまで分かるのか」

「彼方の演技の仕方は数ヶ月だけど隣で見てきたからね。それより、結果が出たよ。スタジオに戻ろう。」

叶さんがこちらに来て僕を軽々抱えあげる

「か…叶さん!自分で歩きますから!!」

「ん?」

抱き上げる腕に力が入り、笑顔のはずの叶さんから黒いオーラが見える…

あ…怒ってらっしゃる………

「うぅ……ごめんなさい……」

「まったく…君にはパイプ椅子じゃなくて車椅子を用意するべきだったな。まさかパイプ椅子を蹴りあげたり、走ったりするとは思わなかった。」

叶さんの言葉がグサグサ刺さる

「あれは…夢中だったので……」

「なるほど。頼、彼方は夢中になると無茶をするようだ。車椅子に固定した方が安全だぞ。」

「ひぇ!!それだけはご勘弁を!!」

最近知ったが、叶さんは過保護だ

自宅でもちょっと松葉杖なしにうろつこうものなら、抱き上げてソファに座り膝に僕を抱えたままテレビを見たり雑誌や本を読んだりする

何故膝の上かと言うと、僕が恥ずかしさから大人しくなるからだとか

僕の扱いを理解したらしい叶さんには頭が上がらない

そのまま抱えられスタジオに入ると、既に皆床に座り発表を待っている

皆の視線が痛い……そりゃそうだろうなぁ……
この事務所のトップスターに新人が抱っこされて入ってきたら、そりゃガン見するよ

叶さんは気にもしてないのか、1番後ろに用意されていたパイプ椅子に僕を抱えたまま座った

もう1つ横並びに置かれたパイプ椅子に足を乗せるよう言われ、その通りにすると直ぐに頼さんに足首を先程のように氷を当てて冷やされた

「それでは今から舞台の台本を配る。」

社長がそう言うと前から順に台本が配られていく

「今回の舞台はある考古学者が、海底遺跡で隠された部屋を見つけ、抱き合ったまま埋葬されたミイラを発見、棺の中には装飾品や日記の様な物なども入っていた。
日記を解読すると、そこには海に沈んだとされる最も進んだ文明を持っていた『インペリオ』について書かれている事が判明する。
何故『インペリオ』が海底に沈んだのか、この2つの遺体は一体誰なのか。
語り手が物語を進めていく今までに無かったスタイルの舞台になる。
演出家は速水さん、脚本家は速水さんの奥さんの由奈さん、演技指導は内水さん、舞台監督は伊藤さんです。」

社長の紹介に1人1人立ち上がり頭を下げる

その度にカメラのフラッシュが光る

叶さんに台本を渡されページを捲る

「では次に配役を発表します。まず語り手の考古学者は叶響」

え?

僕を抱き抱えたまま台本を見ている叶さんを仰ぎ見る

主役じゃないの…?

そう顔に出ていたのか、叶さんと目が合いフッと笑われた

「次にW主演となる1人目、『インペリオ』の姫、ラーニャを演じるのはジェイエンスプロダクション所属、平野愛来。
もう1人の主演はラーニャの護衛騎士であるジェイドを演じる新谷昴。」

周りからワッと声が上がる

新谷さんって、演技の稽古の時よくアドバイスをくれたムキムキのイケメンさんだ

「続いて、ジェイドの親友であるガイアを演じるのは六花。」

あ、あの人新谷さんと仲がいい人だ

いつも一緒にいるイメージ…親友役かぁ、息ぴったりなんだろうなぁ

配役がどんどん発表されていく

名前を呼ばれない……オーディションは落ちたって事なのだろうか……

他の人の名前が呼ばれていく内に僕は心の中でそんな事を考えていた





「最後に、神官ヴェルサを演じるのは相田彼方」

「…………!!」

パッと顔を上げると、社長と目が合ってニヤッと笑われた

「おめでとう」

耳元で掠めるように呟かれた言葉に、叶さんを見た

優しい笑顔を向けられ、舞台に立てるという実感が込み上げる

言葉にならず、何度も頷く


「では今名前を呼ばれた者は前へ。」

記者達の前に1列に並ばされる

僕は足の怪我の為叶さんに抱き抱えられたままだが……

その姿を写真や映像に映されてしまうという恥ずかしめを受けたのだが、社長に助けを求めたら「無茶をした罰だ」と記者さん達の前で言われ、記者さん達にも「無理をしちゃダメだよ」とか、「足の具合は?」とか言われてしまった

プチ記者会見が終わった後、演出家さん達と改めて挨拶をしたが、その時も皆さんからお叱りを受けた

けど、主演の平野さんや新谷さんはオーディションの演技凄かったねとフォローしてくれ心折れずに済んだのだった


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