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しおりを挟む「オーディションですか?」
椅子に座ったまま演技の指導を受け、今は休憩中だ
「そうです。本来オーディションは彼方君が拉致された翌日の予定でしたが、事情も事情なので彼方君だけ今日の稽古後に行います。
内容はこちらに。」
志乃さんから紙を貰い確認する
『姫華』20歳 性格は優しくおっとりとしている
『裕太』15歳 不良の中学3年生 直ぐに手が出る
『宝』 4歳 保育園に通う男の子 泣き虫
1人でこの3人を演じる事
時間は10分間
「………エチュードですか…なかなか難しそうですね」
「うん、今回の舞台は客演が入る予定だからね。大抵の事には対応出来る者をってことみたいだよ。」
「客演って、他の事務所から舞台に参加する役者さんですよね?」
「そう、今回の舞台はヒロインが居るからね。うちの事務所は男性のみだから客演を頼んだんだ。けどPEPの舞台って有名でね、客演は滅多に無いから客演のオーディションの倍率は高いんだよ。」
「そうなんですね……。」
3役のエチュードか…
「まだ休憩時間あるから、エチュードしっかり考えて。」
志乃さんは叶さんと打ち合わせがあると出ていった
叶さん…初めてお世話になった日、朝起きたら叶さんのベッドで叶さんに抱きついて寝ていた
なんでも、僕は夜魘されているらしい
お爺ちゃんの家に居る時からだったらしく、あの日以降も同じベッドで寝かせてもらっている
何故か叶さんと一緒に寝ると魘されていないようだ
叶さんは、あんな事があって自覚している以上に心が傷付き疲れているんだろうと言っていた
家に泊めてもらうだけでも迷惑をかけているのに、添い寝までして貰って……叶さんの隣に立てる俳優になりたいなんて、まだまだ遠い道程だ………
初めて泊った翌日、警察の事情聴取にも同席してくれて僕が言葉に詰まると背中を撫でてくれたり、刑事さんが心無い質問を投げかけてきた時には大野弁護士と共に言葉でやり込めてくれた
守って貰ってるのは同じ男として情けなくなるが、僕もこんな男になりたいと憧れてしまう
「よ~お疲れさん」
「頼さん、お疲れ様です。」
志乃さんと入れ替わりに入ってきたのは頼さんだ
「オーディションの事聞いたか?」
「はい、今日の稽古後にあるって…」
頼さんは隣の椅子に腰掛けた
「そうそう。スケジュール的に時間が無いから審査員は社長と演出家、舞台監督、振付師、演技指導者、響、客演の事務所の社長、プロデューサーの8人になった。
客演は別のオーディションで既に決定してるからな。
因みにオーディションは見学自由になったから、結構な人数集まるぞ」
「え…………」
見学自由?
オーディションは個別で立入禁止じゃなかったっけ?
「演技終了後、審査員が直ぐに話し合いをして結果が出る。配役もその時発表される。」
「…それって………」
嫌な予感がする…
「お前が受けるオーディションは、舞台に立てるか立てないかじゃなく、ある役を演じる力があるかどうかを見極める為のオーディションだ。
既に他の役は他の者で決定してる。お前にまだ力が無いと判断されれば、もう1人の候補がその役を演じる。
だから皆見に来るよ、彼方の事を。」
マジかよ………初オーディションでエチュードってだけでも緊張するのに、ギャラリーが居るとか……
「別に緊張を煽る為に話してるんじゃないぞ?オーディションを受ける時になって見学者が沢山居たらパニックになるだろ?」
僕の頭をポンポンと撫でる頼さんは「そんな顔すんな」と苦笑いだ
「そうですね……先に知っとけて良かったです。ありがとうございます。」
エチュードは稽古で何度もやったけど1人芝居は初めてだ
舞台も勉強の為に最近DVDで見ただけだし…基本テレビとかもお笑い番組しか見てこなかったから、芝居自体が僕にとっては難しい
ましてやエチュードなど、想像力を総動員させなければならない
1人芝居……1人…芝居……………1人…
もう1度貰った紙に目を通す
……そっか、これなら僕にもできそうだ
頭の中でエチュードのシナリオを組み立てていく
オーディションまで後2時間
「あの、小道具って使うのOKですか?」
「ああ。構わねぇけど?」
「ちょっと買ってきて欲しい物があるんですけど…」
僕は頼さんに買い物を頼んだ
時刻は19時
オーディションが行われるスタジオの壁際には沢山の人が並んでいる
審査員席の後ろにはマスコミのカメラや記者も居る
頼さんによると、毎年恒例のこの舞台は配役発表の際、宣伝のためマスコミを入れるのだとか
だからってオーディションの時から入れなくても……
緊張から手が震える
失敗したらどうしよう…僕の演技が伝わらなかったらどうしよう………
いや………あれだけ毎日稽古をして、沢山の人からアドバイスを貰ったんだ
その成果をここで出さなきゃどこで出す!
自分を叱咤し、パイプ椅子に深く腰掛ける
「相田彼方君、足の怪我の具合はどうかな?」
突然髭を生やした審査員の男性に声をかけられた
「お医者さんからは後2週間は松葉杖を使い歩行するようにと言われています。痛み止めを使っているので、松葉杖があれば痛みもありません。」
「なるほど。いつから自分の足で歩く事ができそうかな?」
「1週間後からリハビリを開始しますので、来月の頭には松葉杖無しで歩けるようにします。」
「歩けるようにする…か、あまり無理はしないようにね。ではオーディションを始めよう。」
髭を生やした男性はニッコリと微笑んだ
「彼方に演じてもらうのは『姫華』『裕太』『宝』の3役だ。10分間演じきってくれ。
足の負担を考え座ったままでもかまわない。
こちらから『アクション』と言ったら始めてくれ。」
社長にそう言われ姿勢を正す
「相田彼方です。本日はよろしくお願い致します。」
座ったまま深々と頭を下げた
「では開始します。見学の方、マスコミの方は演技が終わるまで1歩も動かないでください。
勿論声を出すのも禁止です。携帯電話の電源は落としてますか?今一度確認してください。」
社長の言葉に携帯を確認する人達を見ていく
ドキドキしていた心臓が緩やかな鼓動を刻み出した
「それでは始めよう。アクション!」
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