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先週クランクインした映画『涙の花束を』の現場は現在凍りついていた
『涙の花束を』は元々ドラマで、暗殺者と刑事のサイコ・サスペンスとなっている
視聴率もよく、出ている俳優も実力派俳優とベテラン達で人気のドラマだった
今回そのドラマが映画化されることになり、ドラマに出ていた俳優は勿論新たなキャストが発表された
現在人気急上昇のアイドル『ナイト』のYUKIである
演技は初めてのアイドルをなぜキャスティングしたのか
それは大人の事情と言うやつらしい
だが大人の事情など映画を観る者には関係のないことだ
お金を出す価値のある物を作らなくてはならない
しかし今のこの現場では作ることは叶わないだろう
「いい加減にしろ!何回やってんだ!!」
鬼の赤松と呼ばれる監督が激怒する声がかれこれ1時間前から何度も響き渡っている
その度に僕達スタッフは急いでセットを直さないといけないし、他の俳優陣は初めは和やかだったけど流石にうんざり顔になってきている
助監督が先程休憩を挟んだけど効果はない
ずっと現場はピリピリとしていた
そして今しがた現場を凍らせたのはこの映画の主演である暗殺者役の【叶 響】だ
ただ一言「控え室戻っておきますね」と言っただけなのだが、今撮っているシーンはこの叶響とアイドルのYUKIが出会うシーンなのだ
監督曰く、YUKIの役は感情を失った男の子だから感情を出すなと言っている
けどYUKIは叶響の大ファンらしく、撮影中ずっと顔を赤らめ涙目で目を泳がせている
既に同じシーンをクランクイン初日から毎日1時間以上やってるのだから、叶響自身に慣れてもいい頃だと思う
叶響が控え室に戻ってしまうとこのシーンは撮ることができない
イコール他のシーンを撮って、YUKIは一人で練習しろって事なんだろう
「あ………すみません………もう一度だけ!お願いします!!」
やる気だけはあるのだろう、頭を下げるYUKIに叶響は溜息を一つ吐きセットへ入っていく
もし次NGを出せばどうなってしまうのか…
僕達スタッフは不安を隠しきれない
少しずつでも、監督の言った事ができるようになっていればここまで共演者を苛つかせることも無いだろうに、素人の僕達から見ても進歩はないし、同じことを繰り返しているだけなのだ
「じゃあシーン31、………アクション!」
カチンーーーーー
カチコンの音がスタジオに響いた
『お前………わざわざ出てくるなんて馬鹿なのか?それとも死にたいのか?』
死体役のエキストラを手から離し、ゆっくりとYUKIに近づいていく叶響
『………殺したいなら殺せばいい』
茹でダコのように顔を赤くし、少し目が泳ぎ、声が震えている……
本人もちゃんと演じようと必死なのだろうが……態度に出てしまっている
けど相手は役者で自身も役者としてそこに居るなら、役になりきらないといけないだろうに…
『………そうか。じゃあ死ね』
え?セリフが違う…?
『お前は死にたいのか?』だったはずだ
「うわぁぁぁああああ!!!」
叶響は持っていた撮影用ナイフを振り上げていて、YUKIは頭を抱えて蹲っている
「カーット!!叶さん!急にどうしたんですか!?」
助監督が慌ててカットをかけた
監督はじっと叶響を見つめたまま何も言わない
叶響も監督をじっと見つめたまま微動だにしなかった
スタッフや他の共演者がザワつくなか、YUKIがマネージャーに連れられてこちらにやってきた
急いで椅子を準備し、座ったらすぐにひざ掛けを掛け温かい飲み物を渡す
相当叶響が怖かったのか顔面蒼白だ
まぁ、あの殺気の籠もった目でいくら演技と言え殺されかけたからな
素人目に見ても叶響の演技は今までに無いくらいの迫真の演技だった
まるで本物の殺人鬼のように思えた
叶響の演技力は世界が認めるほどのものだ
国際映画祭では何度も受賞しているし、ハリウッドにも何度も呼ばれている
叶響と共演した者は、叶響の影響を受けるらしく演技に磨きがかかり、実力派俳優としてステップアップしていく
そんなのただの噂だと思っていたが、叶響の演技を目の当たりにすれば噂ではなく真実だと理解できる
叶響の演技に引っ張られ、同じ画面に映る以上無様な姿を晒せない
どの役者も必死に自分の演技を磨くのだろう
「おい!そこのAD!!」
監督の怒りの声がザワつくスタジオにまた響いた
「他に何かいりますか?」
僕はYUKIのマネージャーに声をかける
「あ…いや……それより呼ばれてるよ?」
マネージャーが指を指したほうを見れば、赤松監督が腕を組みこちらを見ている
やべっ!僕か!と思いつつ、マネージャーに軽く頭を下げて急いで監督の元へ走った
「すみません、何でしょうか?」
何か監督の気に入らない事でもしたかな?と頭の隅で考えながらも尋ねてみた
「お前『咲夜』の台詞覚えてるか?」
『咲夜』とはYUKIが演じている感情を失った少年の事だ
「え?…まぁ……台本は僕達も頂いてますので……」
この現場は珍しくADにも一人一冊台本が用意されていた
赤松監督は自分が監督をする際、作品を作るのは役者だけではなく裏方もメンバーだからと、作品が終了するまでスタッフの入れ替えは行わず、照明や音響、小道具や大道具、メイクさんに至るまで意見を聞くためにスタッフにも台本を配ると先輩から聞いた
せっかく貰った台本だったから、隅から隅まで何度も読み込んでしまった
だから正直、全員の台詞を覚えてしまったのだ
「なら話は早い。カメラ回すから『咲夜』やれ。」
は?カメラ回すから『咲夜』やれ??
いやいや、何言ってんだこの監督…
「あの……僕素人ですけど……」
他のスタッフに指示を出す監督に恐る恐る答える
「だから何だ?アレも素人同然だろーが。それとも……俺の言うことが聞けねぇってか?」
ギロリと睨みつけられ、何も言い返すことができない
ただのアルバイトADが世界でも名を馳せる監督にNOと言えるわけもなく、僕は監督の意図を理解できないままカメラの前へ立つことになってしまった
『涙の花束を』は元々ドラマで、暗殺者と刑事のサイコ・サスペンスとなっている
視聴率もよく、出ている俳優も実力派俳優とベテラン達で人気のドラマだった
今回そのドラマが映画化されることになり、ドラマに出ていた俳優は勿論新たなキャストが発表された
現在人気急上昇のアイドル『ナイト』のYUKIである
演技は初めてのアイドルをなぜキャスティングしたのか
それは大人の事情と言うやつらしい
だが大人の事情など映画を観る者には関係のないことだ
お金を出す価値のある物を作らなくてはならない
しかし今のこの現場では作ることは叶わないだろう
「いい加減にしろ!何回やってんだ!!」
鬼の赤松と呼ばれる監督が激怒する声がかれこれ1時間前から何度も響き渡っている
その度に僕達スタッフは急いでセットを直さないといけないし、他の俳優陣は初めは和やかだったけど流石にうんざり顔になってきている
助監督が先程休憩を挟んだけど効果はない
ずっと現場はピリピリとしていた
そして今しがた現場を凍らせたのはこの映画の主演である暗殺者役の【叶 響】だ
ただ一言「控え室戻っておきますね」と言っただけなのだが、今撮っているシーンはこの叶響とアイドルのYUKIが出会うシーンなのだ
監督曰く、YUKIの役は感情を失った男の子だから感情を出すなと言っている
けどYUKIは叶響の大ファンらしく、撮影中ずっと顔を赤らめ涙目で目を泳がせている
既に同じシーンをクランクイン初日から毎日1時間以上やってるのだから、叶響自身に慣れてもいい頃だと思う
叶響が控え室に戻ってしまうとこのシーンは撮ることができない
イコール他のシーンを撮って、YUKIは一人で練習しろって事なんだろう
「あ………すみません………もう一度だけ!お願いします!!」
やる気だけはあるのだろう、頭を下げるYUKIに叶響は溜息を一つ吐きセットへ入っていく
もし次NGを出せばどうなってしまうのか…
僕達スタッフは不安を隠しきれない
少しずつでも、監督の言った事ができるようになっていればここまで共演者を苛つかせることも無いだろうに、素人の僕達から見ても進歩はないし、同じことを繰り返しているだけなのだ
「じゃあシーン31、………アクション!」
カチンーーーーー
カチコンの音がスタジオに響いた
『お前………わざわざ出てくるなんて馬鹿なのか?それとも死にたいのか?』
死体役のエキストラを手から離し、ゆっくりとYUKIに近づいていく叶響
『………殺したいなら殺せばいい』
茹でダコのように顔を赤くし、少し目が泳ぎ、声が震えている……
本人もちゃんと演じようと必死なのだろうが……態度に出てしまっている
けど相手は役者で自身も役者としてそこに居るなら、役になりきらないといけないだろうに…
『………そうか。じゃあ死ね』
え?セリフが違う…?
『お前は死にたいのか?』だったはずだ
「うわぁぁぁああああ!!!」
叶響は持っていた撮影用ナイフを振り上げていて、YUKIは頭を抱えて蹲っている
「カーット!!叶さん!急にどうしたんですか!?」
助監督が慌ててカットをかけた
監督はじっと叶響を見つめたまま何も言わない
叶響も監督をじっと見つめたまま微動だにしなかった
スタッフや他の共演者がザワつくなか、YUKIがマネージャーに連れられてこちらにやってきた
急いで椅子を準備し、座ったらすぐにひざ掛けを掛け温かい飲み物を渡す
相当叶響が怖かったのか顔面蒼白だ
まぁ、あの殺気の籠もった目でいくら演技と言え殺されかけたからな
素人目に見ても叶響の演技は今までに無いくらいの迫真の演技だった
まるで本物の殺人鬼のように思えた
叶響の演技力は世界が認めるほどのものだ
国際映画祭では何度も受賞しているし、ハリウッドにも何度も呼ばれている
叶響と共演した者は、叶響の影響を受けるらしく演技に磨きがかかり、実力派俳優としてステップアップしていく
そんなのただの噂だと思っていたが、叶響の演技を目の当たりにすれば噂ではなく真実だと理解できる
叶響の演技に引っ張られ、同じ画面に映る以上無様な姿を晒せない
どの役者も必死に自分の演技を磨くのだろう
「おい!そこのAD!!」
監督の怒りの声がザワつくスタジオにまた響いた
「他に何かいりますか?」
僕はYUKIのマネージャーに声をかける
「あ…いや……それより呼ばれてるよ?」
マネージャーが指を指したほうを見れば、赤松監督が腕を組みこちらを見ている
やべっ!僕か!と思いつつ、マネージャーに軽く頭を下げて急いで監督の元へ走った
「すみません、何でしょうか?」
何か監督の気に入らない事でもしたかな?と頭の隅で考えながらも尋ねてみた
「お前『咲夜』の台詞覚えてるか?」
『咲夜』とはYUKIが演じている感情を失った少年の事だ
「え?…まぁ……台本は僕達も頂いてますので……」
この現場は珍しくADにも一人一冊台本が用意されていた
赤松監督は自分が監督をする際、作品を作るのは役者だけではなく裏方もメンバーだからと、作品が終了するまでスタッフの入れ替えは行わず、照明や音響、小道具や大道具、メイクさんに至るまで意見を聞くためにスタッフにも台本を配ると先輩から聞いた
せっかく貰った台本だったから、隅から隅まで何度も読み込んでしまった
だから正直、全員の台詞を覚えてしまったのだ
「なら話は早い。カメラ回すから『咲夜』やれ。」
は?カメラ回すから『咲夜』やれ??
いやいや、何言ってんだこの監督…
「あの……僕素人ですけど……」
他のスタッフに指示を出す監督に恐る恐る答える
「だから何だ?アレも素人同然だろーが。それとも……俺の言うことが聞けねぇってか?」
ギロリと睨みつけられ、何も言い返すことができない
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