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ショックだった

もちろん話には聞いていた

でもまさか、本当に賢者に剣を向けるとは思わなかった

出発前に読ませて貰った異世界人取扱説明書

異世界人のわがままや横暴な願いならば叶えなくて良いが、できるだけ願いを叶える事はこの世界の人の第一優先事項と書かれていた

それからどんな事があっても、賢者を傷つけてはならないと記されていた

何故なら召喚は黒の王復活の1年前から一度だけ行えるものだからだ

もし召喚した賢者が死んでしまえば、二度と賢者を召喚することはできない


なのに王派の騎士は斬りかかってきた………俺めがけて…



「一旦そこで休憩しましょう。」


隣で馬を走らせていたカインが指差す場所を見ると、小さめの湖のある開けた所だった


既に城を出て3時間以上は経っている


太陽は沈み月が明るく輝いている



馬を放し飼いにし、俺達は湖の畔に腰を下ろした


カインが鞄から3つ水筒とお菓子を取り出した


それを貰い一息つく



「ソウ様、お疲れになったでしょう。」


カインが心配そうな顔をする


「ん………疲れた…と言うか……驚いたと言うか………本当に斬りかかって来るとは思わなかったから………」


今更になって恐怖が首をもたげた

体が震える


「……そうですよね。ソウ様が居た世界では、殺し合う事などなかったでしょう。
でもこの世界では、平和と言えども殺し合いがあるんです。
4大国に戦争はありませんが、内戦はあります。
小国は今でも戦争がありますから。」


俺の世界でも他国では戦争が今でもあった

平和な世界で生きてきた俺には心の負担がデカかった


後からギュッと抱きしめられて、フワリと大好きな匂いに包まれる


「私が必ず守る。」


「レイド…ありがとう。さっきも助けてくれて…」


「当たり前のことだ。それにしても、向こうは巧くやれているのだろうか?」


そう、さっきのアレンさんとカインのやり取りはただの演技

王や王子が賢者に何をしたのか、噂ではなく事実として皆に聞かせる為と、王と王子そして神官長を陥れる為の布石だったのだ


俺達が青の国へ行く間に、王妃派が王と王子の王位剥奪をし、賢者への冒涜並びに殺人未遂で捕まえ裁判にかけるというシナリオだ


それが済んだら黒の王の討伐について各国が集まりどうするのか協議する事になっている


「大丈夫ですよ。既に王と王子に忠誠を誓っている騎士は先程の雷で殺しました。残っているのは自分の意志ではなく家や立場で王に仕えている者だけです。
あとは叔父上が巧くやりますよ。」



カインはニッコリと笑い立ち上がる



「もう少し先に進みましょう。明日の昼前には死の森へ入らなければいけません。」


「わかった。」


俺達はまた馬を走らせた




その間ずっと考えていた


カインは人を殺す事を怖いと思わないのだろうか?

あの雷は王派で王に忠誠を誓っている者に命中し、忠誠は誓ってないが王派に居る者には感電し傷を負わせるものだった


逃げる際後ろを振り返った


俺の目に飛び込んできたのは、凛とした表情で雷に撃たれる者を見るカインだった


悲しげでもなく、辛そうでもなく、後悔でもなく、喜ぶでもなく、作戦が成功した安堵でも無いその表情は、何も感じてない【無】だった


あの時、カインは何を思っていたのだろう


同じ18歳の筈なのに、何故こんなにも違うのか


世界が違うとこんなにも違うものなのか…?







「今日はこの小屋に泊まります。」


カインに連れてこられたのは小さなコテージのような山小屋だった

馬小屋もあり、中に入ればキッチンと10畳くらいのリビングのような部屋だった


丸い机と椅子が5脚


掃除はされているようで、綺麗だった



「すぐ夕飯の支度をしますのでゆっくりしててください。」


カインは休むこと無く、鞄から材料を取り出し食事の支度を始めた


俺達は言われるままに武装を解き、カインから貰った鞄の中に入っていたふわふわな絨毯を床に敷いた

実は馬に乗るのは初めてで大分お尻が痛いのだ

今は椅子に座れる状況ではない

しかも太腿が疲れすぎて痙攣している


「ソウ、うつ伏せになってごらん。」


レイドに言われうつ伏せになる


「『ヒール』」


痛かったお尻が暖かさを感じだすと痛みが消えていく


太腿も痙攣が収まった


「これでもう大丈夫だ。よく頑張ったな。」


優しく頭を撫でられた


「ありがとう。このままじゃ明日どうなるかと思ったよ。」


「明日は休憩の度にしよう。今日より長時間馬に乗らなくてはいけないからな。」


横向きになりレイドの膝に頭を乗せる


「うん。明日の昼には死の森か……」


「入口辺りを進むから、魔獣にはそこまで遭遇しないよ。遭遇しても守るから心配するな。」


頬にキスをされ、さっきよりも濃い匂いに包まれる


この匂い安心する……俺が怖がってるの分かってて安心させようとしてくれてるんだな…



「おまたせしました。夕飯ができたのでこちらへどうぞ。」


タイミングを図ったようにカインが俺達を呼ぶ


「ありがとうカイン。いつも悪いな。」


レイドが礼を言うと、カインは首を振る


「お二人は料理をされたことがないでしょう?僕は趣味でやってましたから、適材適所ですよ。」


「適材適所って言っても、カインは何でもできるじゃん。」


俺がそう言うと


「ただの器用貧乏ですよ。剣は使えても騎士の方ほど使えませんし、ソウ様の様に柔軟な考えは持っていません。
私がソウ様の立場だったらきっと今頃餓死してますよ。」


「なんで餓死?」


「知らない食べ物を、自分を勝手に召喚した者が選んだ付き人から渡されて食べるのが怖いからです。何か入れられていたらとかマイナス思考に走ってしまいます。」


「へぇ……カインって意外と石橋を叩きまくって壊しちゃうタイプか。」


「そうかもしれません。さ、召し上がってください。今日は、トマトベースのベーコンとジャガイモのスープとチキンの香味揚げです。パンも沢山有りますからスープに浸けて食べても美味しいですよ。デザートはグワンの実です」


カインが作る料理はどれもこれも美味しい



お腹がいっぱいになるまでお替りを2回し、デザートは別腹でグワンの実も沢山食べた

グワンの実は桃の様な味で、桃が大好物だった俺はどんだけでも食べれてしまう


明日の死の森は怖いが、通る道はグワンの実が生息している所だというので、見つけたら収穫する事になっている

その部分に関しては楽しみだ




お腹が満たされると眠気に襲われる



「ソウ、眠たいのか?」


「ん………ねむ……ぃ………」


片足を夢の世界へ突っ込んでいる俺は動かしにくい口を必死に動かし返事をした


「『浄化』…寝袋を準備しますから、今日はもうお二人共寝てください。外には結界を張っておきますから安心してくださいね。」


ガサゴソと音がして体が浮く



「助かる。何でも任せて済まないな。」


「いいえ。これが僕の役目ですから。ラウ様はソウ様を守り抜く事だけをお考えください」


「………ああ。…あまり無茶をするなよ。じゃあおやすみ。」


「おやすみなさいませ。」


暖かいものに包まれ、大好きな匂いにも包まれる


最高の気分のまま俺は夢の世界へ旅立った










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