3 / 30
3
しおりを挟む
『婚約破棄』というワードに女はどう反応するのか男は気がかりだったが、懸念した反応は返ってこない。
「相手に好きな子が出来たそうだ、娘に庇護はないが、傷物になったという事実は隠せないだろう」
「…」
今度は女が無言になる番だ。
「相手からは相応の慰謝料を払ってもらった…、表向きはそれで終わりだろう、だが娘が負った傷はそんなもので癒せるはずがないんだ!」
あの時の悔しさが蘇ってきたようで、男は手を握りしめ拳を固くしている。
「娘が、フランシーヌがかわいそうで…」
残酷な現実だが、婚約を一方的に破棄しても相応の償いをしてしまえば相手からしてみれば既に終わったこと。
いつまでも同じ場所で悲しみ続けているのは娘、前向きに、あんな男のことは忘れて、なんて他人事で慰める訳にはいかない。
「どうして私にそんなことを言いに来たのですか?」
女は読めない表情で男に聞く。
「…娘のことで君を思い出したんだ。あの時、君がどうやって立ち直ったのか、教えてほしいんだ」
娘が何を求めているのか、その答えは経験者にしか分からないことだろう。だから男は恥知らずになろうとも女に会いに来た。
「どの面を下げて、と思うだろうがフランシーヌは君にとっても姪にあたるんだ。親戚のよしみで力を貸して欲しい!」
女に向かって頭を下げる男は、娘のためなら何でもするのだろう。
「本当に、どの面下げて、ですわね?」
女は忘れてなどいない、あの時の絶望と屈辱を。
「私に何をしたのか、あなたは覚えているでしょう?よくそんなこと聞きにこれましたわね?」
男は何を言われても仕方ないと、全てを受け止める覚悟でここに来ていた、だから女の言葉も想定内。
「私からは何も言えません、婚約破棄は残念でしたわね、とでもお伝えください」
「っ頼む!少しでもいいんだ、フランシーヌが一歩を踏み出せるよう、協力してほしい!」
「お断りですわ、どうぞお帰りください」
女は帰りを促す、きっぱりと受け付けない様だが男は諦めるわけにはいかなかった。
その様子にため息をついた女は、いよいよ立ち上がると扉を開け放つ。
「お帰りください」
とりつく島もないとはこのことだろう、女はきっぱりと男を拒絶した。
「頼むから…、レオノーラ…」
「その名前は捨てました。あなたの言うレオノーラはこの世に存在しません」
そうだ、あの時、女は全てを捨てた。
地位も名誉も全て。
女は杖をダン!と床に叩きつけ、男の視線を奪う。
「あなたが、いえ、あなた方が私をこんな身体にした、覚えているでしょう?」
「そ、それは…」
仕方のないことだった、とは口に出せない。
「仕方のないことだったとでも?」
女はズバリと言い当てた。
「国の事情はある程度推察出来ますの、それだけの教育は受けてきましたから。私は体のいい人質だった。だから婚約破棄されても軟禁されていた」
「…」
男は無言で肯定する。
「少しでも『恥』という言葉を理解しているのなら、どうぞお帰りください」
男は何も言えず立ち上がると、ゆっくりと歩き出す。
ただ女の前でピタリと立ち止まると、
「申し訳なかった、レオノーラ」
とだけ言い、去って行った。
「相手に好きな子が出来たそうだ、娘に庇護はないが、傷物になったという事実は隠せないだろう」
「…」
今度は女が無言になる番だ。
「相手からは相応の慰謝料を払ってもらった…、表向きはそれで終わりだろう、だが娘が負った傷はそんなもので癒せるはずがないんだ!」
あの時の悔しさが蘇ってきたようで、男は手を握りしめ拳を固くしている。
「娘が、フランシーヌがかわいそうで…」
残酷な現実だが、婚約を一方的に破棄しても相応の償いをしてしまえば相手からしてみれば既に終わったこと。
いつまでも同じ場所で悲しみ続けているのは娘、前向きに、あんな男のことは忘れて、なんて他人事で慰める訳にはいかない。
「どうして私にそんなことを言いに来たのですか?」
女は読めない表情で男に聞く。
「…娘のことで君を思い出したんだ。あの時、君がどうやって立ち直ったのか、教えてほしいんだ」
娘が何を求めているのか、その答えは経験者にしか分からないことだろう。だから男は恥知らずになろうとも女に会いに来た。
「どの面を下げて、と思うだろうがフランシーヌは君にとっても姪にあたるんだ。親戚のよしみで力を貸して欲しい!」
女に向かって頭を下げる男は、娘のためなら何でもするのだろう。
「本当に、どの面下げて、ですわね?」
女は忘れてなどいない、あの時の絶望と屈辱を。
「私に何をしたのか、あなたは覚えているでしょう?よくそんなこと聞きにこれましたわね?」
男は何を言われても仕方ないと、全てを受け止める覚悟でここに来ていた、だから女の言葉も想定内。
「私からは何も言えません、婚約破棄は残念でしたわね、とでもお伝えください」
「っ頼む!少しでもいいんだ、フランシーヌが一歩を踏み出せるよう、協力してほしい!」
「お断りですわ、どうぞお帰りください」
女は帰りを促す、きっぱりと受け付けない様だが男は諦めるわけにはいかなかった。
その様子にため息をついた女は、いよいよ立ち上がると扉を開け放つ。
「お帰りください」
とりつく島もないとはこのことだろう、女はきっぱりと男を拒絶した。
「頼むから…、レオノーラ…」
「その名前は捨てました。あなたの言うレオノーラはこの世に存在しません」
そうだ、あの時、女は全てを捨てた。
地位も名誉も全て。
女は杖をダン!と床に叩きつけ、男の視線を奪う。
「あなたが、いえ、あなた方が私をこんな身体にした、覚えているでしょう?」
「そ、それは…」
仕方のないことだった、とは口に出せない。
「仕方のないことだったとでも?」
女はズバリと言い当てた。
「国の事情はある程度推察出来ますの、それだけの教育は受けてきましたから。私は体のいい人質だった。だから婚約破棄されても軟禁されていた」
「…」
男は無言で肯定する。
「少しでも『恥』という言葉を理解しているのなら、どうぞお帰りください」
男は何も言えず立ち上がると、ゆっくりと歩き出す。
ただ女の前でピタリと立ち止まると、
「申し訳なかった、レオノーラ」
とだけ言い、去って行った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
ある平民生徒のお話
よもぎ
ファンタジー
とある国立学園のサロンにて、王族と平民生徒は相対していた。
伝えられたのはとある平民生徒が死んだということ。その顛末。
それを黙って聞いていた平民生徒は訥々と語りだす――
うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?
プラネットプラント
ファンタジー
全寮制の高等教育機関で行われている卒業式で、ある令嬢が糾弾されていた。そこに令嬢の父親が割り込んできて・・・。乙女ゲームの強制力に抗う令嬢の父親(前世、彼女いない歴=年齢のフリーター)と従者(身内には優しい鬼畜)と異母兄(当て馬/噛ませ犬な攻略対象)。2016.09.08 07:00に完結します。
小説家になろうでも公開している短編集です。
【完結】騎士団長侯爵家の災難―王太子妃候補者募集外伝1―怒る母を抑える男たちの災難
宇水涼麻
ファンタジー
三男ウデルタの愚行により怒り狂う母メヘンレンド侯爵夫人。寄り添うように怖い笑顔の嫁アーニャ。
それをなだめるのは、強いくせに嫁には弱いメヘンレンド侯爵と長男と次男。
そんな家族に降り注ぐ災難のお話。
『大募集! 王太子妃候補! 貴女が未来の国母かもしれないっ!』外伝1
『大募集! 王太子妃候補! 貴女が未来の国母かもしれないっ!』あらすじ
シエラとの不貞により、ラビオナに婚約破棄された王子メーデル。それに巻き込まれて婚約破棄されたウデルタとノエルダム。
両陛下は、メーデルの新たな婚約者を求人した。約一年かけて様々な試験をして婚約者を決定する。
メーデルの新たな婚約者は……
ゼルアナート王国の面々の様子の外伝として書き始めたのですが、思いの外長くなりそうなので、これだけ単体にいたしました。
婚約破棄?とっくにしてますけど笑
蘧饗礪
ファンタジー
ウクリナ王国の公爵令嬢アリア・ラミーリアの婚約者は、見た目完璧、中身最悪の第2王子エディヤ・ウクリナである。彼の10人目の愛人は最近男爵になったマリハス家の令嬢ディアナだ。
さて、そろそろ婚約破棄をしましょうか。
才女の婚約者であるバカ王子、調子に乗って婚約破棄を言い渡す。才女は然るべき処置を取りました。
サイコちゃん
ファンタジー
王位継承権を持つ第二王子フェニックには才女アローラという婚約者がいた。フェニックは顔も頭も悪いのに、優秀なアローラと同格のつもりだった。しかも従者に唆され、嘘の手柄まで取る。アローラはその手柄を褒め称えるが、フェニックは彼女を罵った。そして気分が良くなってるうちに婚約破棄まで言い渡してしまう。すると一週間後、フェニックは王位継承権を失った――
婚約破棄された令嬢の隠れた才能
vllam40591
ファンタジー
婚約者から一方的に婚約を破棄された令嬢が、実は王国に伝わる伝説の魔法使いの生まれ変わりだったことが判明する。彼女は自身の力に目覚め、王国を脅かす古代の魔物と戦うことになる。かつて彼女を捨てた婚約者や、彼女を蔑んでいた貴族たちは、彼女の真の姿を目の当たりにして後悔することになる。
侯爵家執事 セバスチャンの日常
蒼あかり
ファンタジー
皆様、はじめまして。 わたくし、セルディング侯爵家執事長のセバスチャンと申します。 本日は、わたくしの日常を書いてくださるという事で、何やらお恥ずかしい限りでございます。特段事件などもおきず、日々の日常でございますので面白おかしいことなどもなく、淡々としたものになるかと。 それでももし、興味を持たれましたならば、ご一読いただけますと嬉しく思います。 どうぞ、よろしくお願いいたします。 執事セバスチャンでございました。
召喚された聖女トメ ~真名は貴方だけに~
緑谷めい
ファンタジー
大学3年生の彩音は学食でランチを食べている最中に、突然、異世界に召喚されてしまった。異世界のその国では、建国以来ずっと、日本人女性が「聖女」として召喚されてきたらしい。彩音は異世界人に対する猜疑心から、本名を隠し、「トメ」という偽名を名乗ったまま「聖女」となった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる