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4. カポクオーカのお試しスコッチエッグ

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 智美さんから「好きな所に座っていてね」と言われたので、晴継はカウンターの端っこに座る。成り行きとは言え、こんなモダンで高級感あふれるレストランでご飯を食べる事に場違い感しか抱かない。しかも、タダで。
 照明を点けた店内は、想像以上に素敵な空間だった。壁の鮮やかな群青色も映えているし、木製のカウンターも飴色に輝いていてとても渋い。
 お水を出されたけれど、そのグラスもカット加工が入っていて凄くオシャレだ。晴継はまだ未成年だから飲めないけれど、こういうグラスで酒を傾ける大人ってとても素敵だと思う……。
 カウンター席から、キッチンの様子がよく見える。智美さんは腰にコックエプロンを結ぶと、流しで手を洗う。その様もとてもお似合いで、本当に映画の中のワンシーンみたい。
 智美さんは冷蔵庫から殻を剝いた状態のゆで玉子が入ったステンレスバットと、玉ねぎを一個取り出す。
「晴継君はどうして金沢に来たの? 見た感じ高校生っぽいけど、もしかして卒業旅行?」
 智美さんは作業をしながら晴継に話を振るが、手は一切止まらない。玉ねぎの皮をあっという間にくと、まな板の上に乗せて二つに切ってから今度は凄い速さでみじん切りにしていく。
「はい。金沢の大学に合格して、この春から学生になるので、新生活の下見も兼ねて観光に来ました」
「そうなんや! おめでとう!」
 この春から大学生になる事を伝えると、智美さんの表情がパッと明るくなった。今日初めて会った人だけど、誰かから「おめでとう」と言われるのはやっぱり嬉しい。
 あっという間に玉ねぎを細かいみじん切りにすると、大きめのボウルに入れる。それから合いき肉のパックを冷蔵庫から出すと、ボウルの中へ。それからナツメグパウダー・コショウ・塩を投入して、混ぜていく。ここまでの工程を見ているとハンバーグを作っている感じだが、繋ぎとなる玉子は入っていない。
「アンジェは“ジャパニーズ・ボブテイル”という品種なんだけど、目の色が変わっているから最初の頃は猫の仲間に入れてもらえなかったの。そんな境遇がちょっと私を重なって、可愛がっていたらその内に懐いて。そうこうしている間に猫の間でも警戒感が緩んで、今では地域猫として愛されるようになったのよ」
「へぇ、そうなんですね」
 粘り気が出るまでねて肉ダネが出来上がると、今度は先程から出してあったゆで玉子を肉ダネで包むように成形していく。ラグビーボール状の形で、大きさは握りこぶしくらい。
 包み終えたら、今度は薄力粉とパン粉、それに冷蔵庫から玉子を一つ取り出して溶いたものを、それぞれステンレスバットに入れていく。準備が整うと、成形を終えた物を片栗粉・溶き卵・パン粉の順番に付けていく。今度は、メンチカツを作るのと同じ工程だ。
 衣をつけたら、今度は深めのフライパンを取り出してコンロの上に置き、フライパンの中へ油を注いでいく。ある程度に油を入れると、火を点けて加熱する。温度計で確認してから、衣をつけた肉ダネを油の中へ静かに入れていく。シュワシュワと油の中で泡が弾ける音を聞いていると、無意識の内に口の中でよだれが出てくる。
 智美さんは、真剣な眼差しでフライパンの中の様子を注視していた。それまで談笑していた智美さんとは思えないくらい、近寄りがたい雰囲気がにじみ出ていた。晴継も集中している智美さんに話し掛ける事はせず、一緒に調理の過程を眺める。
 油に浸る程度の肉ダネを、智美さんは時々トングで転がしながら揚げていく。やがて、泡が弾ける音がパチパチと変わり、衣もこんがりきつね色になったのを確認してから、バットに上げる。
 別のフライパンで温めていたニンジンのグラッセ、冷蔵庫に保管してあったベビーリーフをお皿に盛りつけ、中央に揚げたてのフライを置く。

「――お待たせしました。『カポクオーカのお試しスコッチエッグ』になります」

 おごそかな口調で料理名を告げた智美さんが、晴継の前に皿をスッと置く。出来上がった料理は、見た目からして美しく、食欲をそそるものだった。出来るのならば写真に収めたいくらいだ。
「晴継君。ご飯とパン、どっちにする?」
「あ、パンをお願いします。……ところで、“カポクオーカ”って何ですか?」
 何か特別な意味があるのかな……と思い、晴継は訊ねてみた。すると、智美さんはイタズラっぽく笑うとあっさり答えてくれた。
「“カポクオーカ”はイタリア語で“女性料理人”って意味ね。何となく、“私が作りました!”って宣言してみたくなったの」
「はぁ……」
 てっきり特別な調理法があるのでは? と少しだけ期待していた晴継だったが、単なる気まぐれと分かり拍子抜けした。ショックが顔に出たのか、智美さんは「ゴメンね」と謝ってくれた。
 ナイフとフォーク、それと付け合わせのロールパンを二つ乗せた小皿を持ってきた智美さんは、自分用に盛り付けた料理をスマホで撮影し始めた。見栄えも試作の内の一つのようだ。
「――いただきます」
 手を合わせて晴継はナイフとフォークを手に取り、早速スコッチエッグにナイフを入れようとすると――。
「ちょっと待って!」
 智美さんから突然待ったが掛かった。何か悪い事や間違った事をしたのかなと一瞬ギョッとした晴継だったが、強めの声を出した事をちょっと申し訳なさそうな顔をして智美さんは言った。
「このスコッチエッグを食べるなら、横からじゃなくて縦からにした方がいいわ。きっと、その方が絶対にテンション上がるから」
 切りやすい横からナイフを入れようとしていたが、智美さんから勧められたので縦から切る。ナイフが入った瞬間にサクッと良い音が上がる。
 奥の方から手前に向かってナイフを入れていき……最後まで切れた。スコッチエッグを開くと、中の玉子から半熟の黄身がトロッと流れ出てくる。確かに、これは見ていてテンションが上がる。
 スコッチエッグの断面を見て、智美さんは「う~ん、ちょっと緩いかな」と漏らす。料理人目線で課題がないかストイックに見ている様子。
 二つに割ったスコッチエッグをさらに一口サイズに小さくカットし、あふれた半熟の黄身をソースのように絡め、口に運ぶ。
「――美味しい」
 素直な感想が、晴継の口からこぼれる。
 肉の旨味と玉ねぎの甘味、玉子のまろやかな味が口の中に広がる。サクサクの衣の食感も楽しい。ハンバーグと半熟玉子とメンチカツの三つの良い所取りをしたような料理だ。
「スコッチエッグ自体はイギリスの伝統料理だから正確にはイタリアンではないけれど、広い意味での“洋食”は西洋料理全般を指すから今回チャレンジしてみたの。まだ試行錯誤の段階だから、お客様に出せるレベルになるまで高める必要があるわ」
 美味しそうに食べる晴継に、解説してくれる智美さん。「このままでも十分に美味しいのに」と思う晴継だが、そこは作り手にしか分からない足りない部分があるのだろう。
 智美さんは、小さなフライパンを2つコンロに掛けて、何かを温めている。暫くして、フライパンの中身をお玉ですくってココットの皿に入れて、晴継の前に置いた。
「晴継君に聞きたいのは、このスコッチエッグにかけるソースの事。一つはトマトソース、もう一つはデミグラスソース。率直な意見を聞かせてほしいの」
 まず出されたのは、トマトソース。カットされたトマトと玉ねぎのソースで、これをスコッチエッグの断面につけて食べてみる。……トマトの酸味と玉ねぎの甘味で、肉のあぶらを緩和してくれる。そのままでも美味しかったけれど、トマトソースを付けるとまた違った美味しさを感じた。
 次に出されたのは、デミグラスソース。ハンバーグやオムライスなど、一般的に洋食ではよく使われるソースだが、スコッチエッグとの相性はどうか。……味わい深いコクのある味がお肉の旨味を引き立てていて、こちらも美味しい。
 両方を味わってみたが、どちらもそれぞれの良さがあり甲乙付けがたい。かなり悩んだ末に晴継が下した選択は――。
「個人的には、トマトソースの方ですかね。ガッツリ食べたい男性ならデミグラスの方だと思うのですけど、トマトソースの方がアッサリしているのでお年寄りの方でも食べやすいかな、と」
「……成る程、ね」
 智美さんは胸ポケットからメモ帳を取り出して、晴継の言った事をメモしていく。デミグラスソースはトマトソースより味付けが濃い分、沢山食べていると飽きが来ると晴継は思った。本当はデミグラスソースの方が好みだったけれど、老若男女に受け入れられる味はトマトソースの方だと思ったので、そう答えた。
 晴継は、ロールパンを小さく千切ると、デミグラスソースにつけてそのまま口に運ぶ。……肉の旨味が合わさったデミグラスソースは、期待通りに美味しい。ちょっと行儀が悪いかな? とは思ったけれど、ソースまで残さず食べたいならこういう食べ方もアリかな、とは思う。
 智美さんもメモを終えると、自分用に作ったスコッチエッグをトマトソースに付けて食べる。しっかりと咀嚼そしゃくして、「……やっぱりコッチか」と呟く。どうやら、自分の中で答えが見つかったみたいだ。

「智美ちゃーん、おるがんけー?」

 突然、入口の方からおばあさんの声が聞こえてきた。そちらの方を向くと、一人のおばあさんが立っていた。
「今日は電気点いとったし、もしかしてお店やっとるんかなー? と思って、声掛けてみたんやわ」
「ごめんなさいねー、今日はちょっと試食してもらってて。お昼の営業はまだやってないんですー」
 おばあさんの金沢弁は、智美さんと比べてかなり訛りが入っている。訛っているとは言え聞き取り辛いという程ではなく、晴継には「これが地元の金沢弁か……」と新鮮な気分だった。
「ほっかー……残念やわー。また、気長にまっとるわ」
 営業していないと分かると、心底残念という感じでしょんぼりとしておばあさんは去っていった。
 そういえば、ランチタイムではあるが営業はしていない。最初は定休日かと思ったが、先程のおばあさんの話だとそうではないみたい。……何か理由でもあるんだろうか?
「……以前はランチも営業していたんだけど、1ヶ月程前にスタッフの人が辞めちゃって。私一人だとどうしても回らないから、お昼の時間は閉めているの。スタッフは募集しているんだけど、なかなか見つからなくて」
 晴継の顔を見て、智美さんは事情を明かしてくれた。
 席数もそんなに多くないお店だが、料理も配膳も片付けもお会計も全て一人で賄うのは流石に難しいと晴継は思った。ひがし茶屋街は観光客も多く訪れるので、お昼時になると大勢の人がお店に来るのが予想出来るから、余計に。
 その時――ふと、晴継に一つの考えが脳裏をよぎった。一瞬、これを口にするのは智美さんにとって迷惑かも、とは思ったが、何かの縁だと思って断られるのも覚悟で訊ねてみる事にした。

「……あのー、スタッフの仕事って、具体的にどんな感じなんですか?」
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