4 / 5
4. カポクオーカのお試しスコッチエッグ
しおりを挟む
智美さんから「好きな所に座っていてね」と言われたので、晴継はカウンターの端っこに座る。成り行きとは言え、こんなモダンで高級感溢れるレストランでご飯を食べる事に場違い感しか抱かない。しかも、タダで。
照明を点けた店内は、想像以上に素敵な空間だった。壁の鮮やかな群青色も映えているし、木製のカウンターも飴色に輝いていてとても渋い。
お水を出されたけれど、そのグラスもカット加工が入っていて凄くオシャレだ。晴継はまだ未成年だから飲めないけれど、こういうグラスで酒を傾ける大人ってとても素敵だと思う……。
カウンター席から、キッチンの様子がよく見える。智美さんは腰にコックエプロンを結ぶと、流しで手を洗う。その様もとてもお似合いで、本当に映画の中のワンシーンみたい。
智美さんは冷蔵庫から殻を剝いた状態のゆで玉子が入ったステンレスバットと、玉ねぎを一個取り出す。
「晴継君はどうして金沢に来たの? 見た感じ高校生っぽいけど、もしかして卒業旅行?」
智美さんは作業をしながら晴継に話を振るが、手は一切止まらない。玉ねぎの皮をあっという間に剝くと、まな板の上に乗せて二つに切ってから今度は凄い速さでみじん切りにしていく。
「はい。金沢の大学に合格して、この春から学生になるので、新生活の下見も兼ねて観光に来ました」
「そうなんや! おめでとう!」
この春から大学生になる事を伝えると、智美さんの表情がパッと明るくなった。今日初めて会った人だけど、誰かから「おめでとう」と言われるのはやっぱり嬉しい。
あっという間に玉ねぎを細かいみじん切りにすると、大きめのボウルに入れる。それから合い挽き肉のパックを冷蔵庫から出すと、ボウルの中へ。それからナツメグパウダー・コショウ・塩を投入して、混ぜていく。ここまでの工程を見ているとハンバーグを作っている感じだが、繋ぎとなる玉子は入っていない。
「アンジェは“ジャパニーズ・ボブテイル”という品種なんだけど、目の色が変わっているから最初の頃は猫の仲間に入れてもらえなかったの。そんな境遇がちょっと私を重なって、可愛がっていたらその内に懐いて。そうこうしている間に猫の間でも警戒感が緩んで、今では地域猫として愛されるようになったのよ」
「へぇ、そうなんですね」
粘り気が出るまで捏ねて肉ダネが出来上がると、今度は先程から出してあったゆで玉子を肉ダネで包むように成形していく。ラグビーボール状の形で、大きさは握りこぶしくらい。
包み終えたら、今度は薄力粉とパン粉、それに冷蔵庫から玉子を一つ取り出して溶いたものを、それぞれステンレスバットに入れていく。準備が整うと、成形を終えた物を片栗粉・溶き卵・パン粉の順番に付けていく。今度は、メンチカツを作るのと同じ工程だ。
衣をつけたら、今度は深めのフライパンを取り出してコンロの上に置き、フライパンの中へ油を注いでいく。ある程度に油を入れると、火を点けて加熱する。温度計で確認してから、衣をつけた肉ダネを油の中へ静かに入れていく。シュワシュワと油の中で泡が弾ける音を聞いていると、無意識の内に口の中で涎が出てくる。
智美さんは、真剣な眼差しでフライパンの中の様子を注視していた。それまで談笑していた智美さんとは思えないくらい、近寄りがたい雰囲気が滲み出ていた。晴継も集中している智美さんに話し掛ける事はせず、一緒に調理の過程を眺める。
油に浸る程度の肉ダネを、智美さんは時々トングで転がしながら揚げていく。やがて、泡が弾ける音がパチパチと変わり、衣もこんがりきつね色になったのを確認してから、バットに上げる。
別のフライパンで温めていたニンジンのグラッセ、冷蔵庫に保管してあったベビーリーフをお皿に盛りつけ、中央に揚げたてのフライを置く。
「――お待たせしました。『カポクオーカのお試しスコッチエッグ』になります」
厳かな口調で料理名を告げた智美さんが、晴継の前に皿をスッと置く。出来上がった料理は、見た目からして美しく、食欲をそそるものだった。出来るのならば写真に収めたいくらいだ。
「晴継君。ご飯とパン、どっちにする?」
「あ、パンをお願いします。……ところで、“カポクオーカ”って何ですか?」
何か特別な意味があるのかな……と思い、晴継は訊ねてみた。すると、智美さんはイタズラっぽく笑うとあっさり答えてくれた。
「“カポクオーカ”はイタリア語で“女性料理人”って意味ね。何となく、“私が作りました!”って宣言してみたくなったの」
「はぁ……」
てっきり特別な調理法があるのでは? と少しだけ期待していた晴継だったが、単なる気まぐれと分かり拍子抜けした。ショックが顔に出たのか、智美さんは「ゴメンね」と謝ってくれた。
ナイフとフォーク、それと付け合わせのロールパンを二つ乗せた小皿を持ってきた智美さんは、自分用に盛り付けた料理をスマホで撮影し始めた。見栄えも試作の内の一つのようだ。
「――いただきます」
手を合わせて晴継はナイフとフォークを手に取り、早速スコッチエッグにナイフを入れようとすると――。
「ちょっと待って!」
智美さんから突然待ったが掛かった。何か悪い事や間違った事をしたのかなと一瞬ギョッとした晴継だったが、強めの声を出した事をちょっと申し訳なさそうな顔をして智美さんは言った。
「このスコッチエッグを食べるなら、横からじゃなくて縦からにした方がいいわ。きっと、その方が絶対にテンション上がるから」
切りやすい横からナイフを入れようとしていたが、智美さんから勧められたので縦から切る。ナイフが入った瞬間にサクッと良い音が上がる。
奥の方から手前に向かってナイフを入れていき……最後まで切れた。スコッチエッグを開くと、中の玉子から半熟の黄身がトロッと流れ出てくる。確かに、これは見ていてテンションが上がる。
スコッチエッグの断面を見て、智美さんは「う~ん、ちょっと緩いかな」と漏らす。料理人目線で課題がないかストイックに見ている様子。
二つに割ったスコッチエッグをさらに一口サイズに小さくカットし、溢れた半熟の黄身をソースのように絡め、口に運ぶ。
「――美味しい」
素直な感想が、晴継の口から零れる。
肉の旨味と玉ねぎの甘味、玉子のまろやかな味が口の中に広がる。サクサクの衣の食感も楽しい。ハンバーグと半熟玉子とメンチカツの三つの良い所取りをしたような料理だ。
「スコッチエッグ自体はイギリスの伝統料理だから正確にはイタリアンではないけれど、広い意味での“洋食”は西洋料理全般を指すから今回チャレンジしてみたの。まだ試行錯誤の段階だから、お客様に出せるレベルになるまで高める必要があるわ」
美味しそうに食べる晴継に、解説してくれる智美さん。「このままでも十分に美味しいのに」と思う晴継だが、そこは作り手にしか分からない足りない部分があるのだろう。
智美さんは、小さなフライパンを2つコンロに掛けて、何かを温めている。暫くして、フライパンの中身をお玉で掬ってココットの皿に入れて、晴継の前に置いた。
「晴継君に聞きたいのは、このスコッチエッグにかけるソースの事。一つはトマトソース、もう一つはデミグラスソース。率直な意見を聞かせてほしいの」
まず出されたのは、トマトソース。カットされたトマトと玉ねぎのソースで、これをスコッチエッグの断面につけて食べてみる。……トマトの酸味と玉ねぎの甘味で、肉の脂を緩和してくれる。そのままでも美味しかったけれど、トマトソースを付けるとまた違った美味しさを感じた。
次に出されたのは、デミグラスソース。ハンバーグやオムライスなど、一般的に洋食ではよく使われるソースだが、スコッチエッグとの相性はどうか。……味わい深いコクのある味がお肉の旨味を引き立てていて、こちらも美味しい。
両方を味わってみたが、どちらもそれぞれの良さがあり甲乙付け難い。かなり悩んだ末に晴継が下した選択は――。
「個人的には、トマトソースの方ですかね。ガッツリ食べたい男性ならデミグラスの方だと思うのですけど、トマトソースの方がアッサリしているのでお年寄りの方でも食べやすいかな、と」
「……成る程、ね」
智美さんは胸ポケットからメモ帳を取り出して、晴継の言った事をメモしていく。デミグラスソースはトマトソースより味付けが濃い分、沢山食べていると飽きが来ると晴継は思った。本当はデミグラスソースの方が好みだったけれど、老若男女に受け入れられる味はトマトソースの方だと思ったので、そう答えた。
晴継は、ロールパンを小さく千切ると、デミグラスソースにつけてそのまま口に運ぶ。……肉の旨味が合わさったデミグラスソースは、期待通りに美味しい。ちょっと行儀が悪いかな? とは思ったけれど、ソースまで残さず食べたいならこういう食べ方もアリかな、とは思う。
智美さんもメモを終えると、自分用に作ったスコッチエッグをトマトソースに付けて食べる。しっかりと咀嚼して、「……やっぱりコッチか」と呟く。どうやら、自分の中で答えが見つかったみたいだ。
「智美ちゃーん、おるがんけー?」
突然、入口の方からおばあさんの声が聞こえてきた。そちらの方を向くと、一人のおばあさんが立っていた。
「今日は電気点いとったし、もしかしてお店やっとるんかなー? と思って、声掛けてみたんやわ」
「ごめんなさいねー、今日はちょっと試食してもらってて。お昼の営業はまだやってないんですー」
おばあさんの金沢弁は、智美さんと比べてかなり訛りが入っている。訛っているとは言え聞き取り辛いという程ではなく、晴継には「これが地元の金沢弁か……」と新鮮な気分だった。
「ほっかー……残念やわー。また、気長にまっとるわ」
営業していないと分かると、心底残念という感じでしょんぼりとしておばあさんは去っていった。
そういえば、ランチタイムではあるが営業はしていない。最初は定休日かと思ったが、先程のおばあさんの話だとそうではないみたい。……何か理由でもあるんだろうか?
「……以前はランチも営業していたんだけど、1ヶ月程前にスタッフの人が辞めちゃって。私一人だとどうしても回らないから、お昼の時間は閉めているの。スタッフは募集しているんだけど、なかなか見つからなくて」
晴継の顔を見て、智美さんは事情を明かしてくれた。
席数もそんなに多くないお店だが、料理も配膳も片付けもお会計も全て一人で賄うのは流石に難しいと晴継は思った。ひがし茶屋街は観光客も多く訪れるので、お昼時になると大勢の人がお店に来るのが予想出来るから、余計に。
その時――ふと、晴継に一つの考えが脳裏を過った。一瞬、これを口にするのは智美さんにとって迷惑かも、とは思ったが、何かの縁だと思って断られるのも覚悟で訊ねてみる事にした。
「……あのー、スタッフの仕事って、具体的にどんな感じなんですか?」
照明を点けた店内は、想像以上に素敵な空間だった。壁の鮮やかな群青色も映えているし、木製のカウンターも飴色に輝いていてとても渋い。
お水を出されたけれど、そのグラスもカット加工が入っていて凄くオシャレだ。晴継はまだ未成年だから飲めないけれど、こういうグラスで酒を傾ける大人ってとても素敵だと思う……。
カウンター席から、キッチンの様子がよく見える。智美さんは腰にコックエプロンを結ぶと、流しで手を洗う。その様もとてもお似合いで、本当に映画の中のワンシーンみたい。
智美さんは冷蔵庫から殻を剝いた状態のゆで玉子が入ったステンレスバットと、玉ねぎを一個取り出す。
「晴継君はどうして金沢に来たの? 見た感じ高校生っぽいけど、もしかして卒業旅行?」
智美さんは作業をしながら晴継に話を振るが、手は一切止まらない。玉ねぎの皮をあっという間に剝くと、まな板の上に乗せて二つに切ってから今度は凄い速さでみじん切りにしていく。
「はい。金沢の大学に合格して、この春から学生になるので、新生活の下見も兼ねて観光に来ました」
「そうなんや! おめでとう!」
この春から大学生になる事を伝えると、智美さんの表情がパッと明るくなった。今日初めて会った人だけど、誰かから「おめでとう」と言われるのはやっぱり嬉しい。
あっという間に玉ねぎを細かいみじん切りにすると、大きめのボウルに入れる。それから合い挽き肉のパックを冷蔵庫から出すと、ボウルの中へ。それからナツメグパウダー・コショウ・塩を投入して、混ぜていく。ここまでの工程を見ているとハンバーグを作っている感じだが、繋ぎとなる玉子は入っていない。
「アンジェは“ジャパニーズ・ボブテイル”という品種なんだけど、目の色が変わっているから最初の頃は猫の仲間に入れてもらえなかったの。そんな境遇がちょっと私を重なって、可愛がっていたらその内に懐いて。そうこうしている間に猫の間でも警戒感が緩んで、今では地域猫として愛されるようになったのよ」
「へぇ、そうなんですね」
粘り気が出るまで捏ねて肉ダネが出来上がると、今度は先程から出してあったゆで玉子を肉ダネで包むように成形していく。ラグビーボール状の形で、大きさは握りこぶしくらい。
包み終えたら、今度は薄力粉とパン粉、それに冷蔵庫から玉子を一つ取り出して溶いたものを、それぞれステンレスバットに入れていく。準備が整うと、成形を終えた物を片栗粉・溶き卵・パン粉の順番に付けていく。今度は、メンチカツを作るのと同じ工程だ。
衣をつけたら、今度は深めのフライパンを取り出してコンロの上に置き、フライパンの中へ油を注いでいく。ある程度に油を入れると、火を点けて加熱する。温度計で確認してから、衣をつけた肉ダネを油の中へ静かに入れていく。シュワシュワと油の中で泡が弾ける音を聞いていると、無意識の内に口の中で涎が出てくる。
智美さんは、真剣な眼差しでフライパンの中の様子を注視していた。それまで談笑していた智美さんとは思えないくらい、近寄りがたい雰囲気が滲み出ていた。晴継も集中している智美さんに話し掛ける事はせず、一緒に調理の過程を眺める。
油に浸る程度の肉ダネを、智美さんは時々トングで転がしながら揚げていく。やがて、泡が弾ける音がパチパチと変わり、衣もこんがりきつね色になったのを確認してから、バットに上げる。
別のフライパンで温めていたニンジンのグラッセ、冷蔵庫に保管してあったベビーリーフをお皿に盛りつけ、中央に揚げたてのフライを置く。
「――お待たせしました。『カポクオーカのお試しスコッチエッグ』になります」
厳かな口調で料理名を告げた智美さんが、晴継の前に皿をスッと置く。出来上がった料理は、見た目からして美しく、食欲をそそるものだった。出来るのならば写真に収めたいくらいだ。
「晴継君。ご飯とパン、どっちにする?」
「あ、パンをお願いします。……ところで、“カポクオーカ”って何ですか?」
何か特別な意味があるのかな……と思い、晴継は訊ねてみた。すると、智美さんはイタズラっぽく笑うとあっさり答えてくれた。
「“カポクオーカ”はイタリア語で“女性料理人”って意味ね。何となく、“私が作りました!”って宣言してみたくなったの」
「はぁ……」
てっきり特別な調理法があるのでは? と少しだけ期待していた晴継だったが、単なる気まぐれと分かり拍子抜けした。ショックが顔に出たのか、智美さんは「ゴメンね」と謝ってくれた。
ナイフとフォーク、それと付け合わせのロールパンを二つ乗せた小皿を持ってきた智美さんは、自分用に盛り付けた料理をスマホで撮影し始めた。見栄えも試作の内の一つのようだ。
「――いただきます」
手を合わせて晴継はナイフとフォークを手に取り、早速スコッチエッグにナイフを入れようとすると――。
「ちょっと待って!」
智美さんから突然待ったが掛かった。何か悪い事や間違った事をしたのかなと一瞬ギョッとした晴継だったが、強めの声を出した事をちょっと申し訳なさそうな顔をして智美さんは言った。
「このスコッチエッグを食べるなら、横からじゃなくて縦からにした方がいいわ。きっと、その方が絶対にテンション上がるから」
切りやすい横からナイフを入れようとしていたが、智美さんから勧められたので縦から切る。ナイフが入った瞬間にサクッと良い音が上がる。
奥の方から手前に向かってナイフを入れていき……最後まで切れた。スコッチエッグを開くと、中の玉子から半熟の黄身がトロッと流れ出てくる。確かに、これは見ていてテンションが上がる。
スコッチエッグの断面を見て、智美さんは「う~ん、ちょっと緩いかな」と漏らす。料理人目線で課題がないかストイックに見ている様子。
二つに割ったスコッチエッグをさらに一口サイズに小さくカットし、溢れた半熟の黄身をソースのように絡め、口に運ぶ。
「――美味しい」
素直な感想が、晴継の口から零れる。
肉の旨味と玉ねぎの甘味、玉子のまろやかな味が口の中に広がる。サクサクの衣の食感も楽しい。ハンバーグと半熟玉子とメンチカツの三つの良い所取りをしたような料理だ。
「スコッチエッグ自体はイギリスの伝統料理だから正確にはイタリアンではないけれど、広い意味での“洋食”は西洋料理全般を指すから今回チャレンジしてみたの。まだ試行錯誤の段階だから、お客様に出せるレベルになるまで高める必要があるわ」
美味しそうに食べる晴継に、解説してくれる智美さん。「このままでも十分に美味しいのに」と思う晴継だが、そこは作り手にしか分からない足りない部分があるのだろう。
智美さんは、小さなフライパンを2つコンロに掛けて、何かを温めている。暫くして、フライパンの中身をお玉で掬ってココットの皿に入れて、晴継の前に置いた。
「晴継君に聞きたいのは、このスコッチエッグにかけるソースの事。一つはトマトソース、もう一つはデミグラスソース。率直な意見を聞かせてほしいの」
まず出されたのは、トマトソース。カットされたトマトと玉ねぎのソースで、これをスコッチエッグの断面につけて食べてみる。……トマトの酸味と玉ねぎの甘味で、肉の脂を緩和してくれる。そのままでも美味しかったけれど、トマトソースを付けるとまた違った美味しさを感じた。
次に出されたのは、デミグラスソース。ハンバーグやオムライスなど、一般的に洋食ではよく使われるソースだが、スコッチエッグとの相性はどうか。……味わい深いコクのある味がお肉の旨味を引き立てていて、こちらも美味しい。
両方を味わってみたが、どちらもそれぞれの良さがあり甲乙付け難い。かなり悩んだ末に晴継が下した選択は――。
「個人的には、トマトソースの方ですかね。ガッツリ食べたい男性ならデミグラスの方だと思うのですけど、トマトソースの方がアッサリしているのでお年寄りの方でも食べやすいかな、と」
「……成る程、ね」
智美さんは胸ポケットからメモ帳を取り出して、晴継の言った事をメモしていく。デミグラスソースはトマトソースより味付けが濃い分、沢山食べていると飽きが来ると晴継は思った。本当はデミグラスソースの方が好みだったけれど、老若男女に受け入れられる味はトマトソースの方だと思ったので、そう答えた。
晴継は、ロールパンを小さく千切ると、デミグラスソースにつけてそのまま口に運ぶ。……肉の旨味が合わさったデミグラスソースは、期待通りに美味しい。ちょっと行儀が悪いかな? とは思ったけれど、ソースまで残さず食べたいならこういう食べ方もアリかな、とは思う。
智美さんもメモを終えると、自分用に作ったスコッチエッグをトマトソースに付けて食べる。しっかりと咀嚼して、「……やっぱりコッチか」と呟く。どうやら、自分の中で答えが見つかったみたいだ。
「智美ちゃーん、おるがんけー?」
突然、入口の方からおばあさんの声が聞こえてきた。そちらの方を向くと、一人のおばあさんが立っていた。
「今日は電気点いとったし、もしかしてお店やっとるんかなー? と思って、声掛けてみたんやわ」
「ごめんなさいねー、今日はちょっと試食してもらってて。お昼の営業はまだやってないんですー」
おばあさんの金沢弁は、智美さんと比べてかなり訛りが入っている。訛っているとは言え聞き取り辛いという程ではなく、晴継には「これが地元の金沢弁か……」と新鮮な気分だった。
「ほっかー……残念やわー。また、気長にまっとるわ」
営業していないと分かると、心底残念という感じでしょんぼりとしておばあさんは去っていった。
そういえば、ランチタイムではあるが営業はしていない。最初は定休日かと思ったが、先程のおばあさんの話だとそうではないみたい。……何か理由でもあるんだろうか?
「……以前はランチも営業していたんだけど、1ヶ月程前にスタッフの人が辞めちゃって。私一人だとどうしても回らないから、お昼の時間は閉めているの。スタッフは募集しているんだけど、なかなか見つからなくて」
晴継の顔を見て、智美さんは事情を明かしてくれた。
席数もそんなに多くないお店だが、料理も配膳も片付けもお会計も全て一人で賄うのは流石に難しいと晴継は思った。ひがし茶屋街は観光客も多く訪れるので、お昼時になると大勢の人がお店に来るのが予想出来るから、余計に。
その時――ふと、晴継に一つの考えが脳裏を過った。一瞬、これを口にするのは智美さんにとって迷惑かも、とは思ったが、何かの縁だと思って断られるのも覚悟で訊ねてみる事にした。
「……あのー、スタッフの仕事って、具体的にどんな感じなんですか?」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
トラットリア・ガット・ビアンカ ~勇気を分けるカボチャの冷製スープ~
佐倉伸哉
ライト文芸
6月第1週の土曜日。この日は金沢で年に一度開催される“金沢百万石まつり”のメインイベントである百万石行列が行われる。金沢市内の中心部は交通規制が行われ、武者行列や地元伝統の出し物、鼓笛隊の演奏などのパレードが執り行われる。4月から金沢で一人暮らしを始めた晴継は、バイト先の智美からお祭り当日のランチ営業に出てくれないかと頼まれ、快諾する。
一方、能登最北端の町出身の新垣恵里佳は、初めてのお祭りに気分が高揚したのもあり、思い切って外出してみる事にした。
しかし、恵里佳を待ち受けていたのは季節外れの暑さ。眩暈を起こした恵里佳の目に飛び込んできたのは、両眼の色が異なる一匹の白猫だった――。
※『料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト』エントリー作品
◇当作品は『トラットリア・ガット・ビアンカ ~カポクオーカのお試しスコッチエッグ~(https://www.alphapolis.co.jp/novel/907568925/794623076)』の続編となります。◇
◇この作品は『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16816927860966738439)』『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n4211hp/)』でも投稿しています。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
時々おまけを更新しています。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る
家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。
しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。
仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。
そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる