上 下
1 / 5

1. これから住む街、金沢

しおりを挟む
 3月下旬。高校3年生の新田にった晴継はるつぐは、始発の新幹線に乗って金沢に来ていた。
(やっと、着いた……)
 東京から約2時間半。遠いと言えば遠いけど、ずっと車窓を眺めていたから退屈はしなかった。ホームに降り立った今、晴継の心はウキウキしていた。
 大学受験で幾つかの地方大学を受験し、その中で唯一合格通知が届いたのが金沢の大学だった。この春からの新生活に向け、まずは住居を確保するべく1週間前に両親と共に金沢へ来ていたが、その時は自由行動なんて一切無かった。
 今回また訪れたのは、高校の卒業旅行とこれから住む街の下見を兼ねて、観光しようと思ったからだ。
 時刻は、9時前。これから観光するにはちょうどいい時間だ。
 晴継は期待に胸を膨らませながら、エスカレーターで下っていった。

 金沢を観光するには、交通手段は大きく分けて二つあるらしい。
 一つは、“まちのり”と呼ばれるシェアサイクル。一番安いプランだと、500円で自転車に乗って観光が出来る。1000円払えば電動アシスト付き自転車に乗れる。駅から程近い場所の事務局に行く必要があるが、自転車を一々ポートと呼ばれる返却場所に返さなくて済むので楽チンではある。あと、1日パスは1650円とやや高めなので、お金を節約したい学生の身分には少し手が出し辛い。
 もう一つは、周遊バス。金沢の主要な観光地や繁華街をグルッと一周するバスで、右回り・左回りがあって使い勝手がかなり良い。バス代は1回につき200円だが、一日乗り放題のフリー乗車券が600円で販売されている。つまり、3回乗れば元が取れる計算だ。
 晴継が選択したのは……周遊バスの一日フリー乗車券。利用するにはバス停に行かなければならないという手間はあるが、600円で乗り放題というのは大きい。それに、15分間隔で運行されているので、待ち時間はそんなに無いと思ったのも要因だった。
 乗り場に滑り込んできた臙脂えんじ色の車体のバスに乗り込んだ晴継は、観光案内所で貰ったパンフレットに目を通しながら、今日行きたい場所に思いを馳せていた。

 まず最初に向かったのは、兼六園。
 岡山の後楽園・水戸の偕楽園と並んで日本三名園の一つに挙げられる日本庭園で、金沢に観光で来た人は必ず訪れると言っても過言ではないくらいに有名な場所である。
 兼六園へ向かう坂の片側には、ずらりと土産物屋が軒を連ねている。「なんか、観光地に来た感じだな」と思えてきた。店先に並ぶ土産物を眺めながら、坂を上がっていく。
 坂を上がると、右手に白い壁に白い瓦のお城と門構えが見えた。あれは金沢城跡で、あの門は石川門、兼六園と金沢城と繋ぐ橋を石川橋と言うらしい。ただ、歴史に特別思い入れのない晴継はそれ程お城に興味がないので、時間があれば行こうかな程度に考えていた。
 入園料を払い、園内へ。砂利が敷き詰められた道を真っ直ぐ進んでいくと、開けた場所に着いた。
 左側を見れば、高台から金沢市内を一望出来る。今日が晴れていて良かったと心から思う。右側を見れば、金沢の写真でよく使われている徽軫ことじ灯篭がある。みんな知っている様子で、徽軫灯篭を背景に写真を撮る観光客が代わる代わる出てきていた。
 時期的には梅の花が見頃から少し日にちが経っていたが、遅咲きの梅が園内を彩っていた。あと1ヶ月程後だと今度は桜が咲き誇り、その時期は地元の花見客も殺到するので観光するには時期的に良かったかも知れない。
 兼六園の名前は、松平定信が中国の書物を参考に『宏大・幽邃ゆうすい・人力・蒼古そうこ・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園』と評した事が由来のようだ。実際、広大な敷地内には様々な景色や植物が植えられ、日本庭園の事はよく知らない晴継でも見ていて飽きなかった。また、所々に茶店があり、歩き疲れた人が椅子に座って休憩している姿を何度も見かけた。
 晴継もかなり歩き回って脚が疲れてきたので、近くのベンチに腰掛けて休憩する。スマホの時計を見たら、入園してから1時間以上が経っていて少し驚いた。
(……静かだな)
 ペットボトルのお茶を飲みながら、晴継はふと思った。
 風で葉っぱが揺れる音、流れる水の音、鳥の鳴き声、砂利を踏む音。都内だと様々な音が雑多に存在しているので、こうして自然の音に耳を傾ける機会はあまりなかった。音だけでなく、匂い、肌に触れる風など、色々なものを感じ取れる。……こういう時間、たまには良いかも知れない。
 暫くの間、自然の音を堪能していたら、疲れも大分抜けた。晴継は立ち上がると、最初入ってきた入口の方へと歩き出した。
 これから住む街、金沢。案外、悪くないかもな。そう思えていた晴継の足取りは心なしか軽やかに映った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

トラットリア・ガット・ビアンカ ~勇気を分けるカボチャの冷製スープ~

佐倉伸哉
ライト文芸
 6月第1週の土曜日。この日は金沢で年に一度開催される“金沢百万石まつり”のメインイベントである百万石行列が行われる。金沢市内の中心部は交通規制が行われ、武者行列や地元伝統の出し物、鼓笛隊の演奏などのパレードが執り行われる。4月から金沢で一人暮らしを始めた晴継は、バイト先の智美からお祭り当日のランチ営業に出てくれないかと頼まれ、快諾する。  一方、能登最北端の町出身の新垣恵里佳は、初めてのお祭りに気分が高揚したのもあり、思い切って外出してみる事にした。  しかし、恵里佳を待ち受けていたのは季節外れの暑さ。眩暈を起こした恵里佳の目に飛び込んできたのは、両眼の色が異なる一匹の白猫だった――。  ※『料理研究家リュウジ×角川食堂×カクヨム グルメ小説コンテスト』エントリー作品  ◇当作品は『トラットリア・ガット・ビアンカ ~カポクオーカのお試しスコッチエッグ~(https://www.alphapolis.co.jp/novel/907568925/794623076)』の続編となります。◇  ◇この作品は『カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/16816927860966738439)』『小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n4211hp/)』でも投稿しています。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...