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4. 準決勝・一回裏
しおりを挟む土曜日。遂に、準決勝の日を迎えた。
白い雲が青空を幾つか悠々と泳いでおり、崩れる気配は見えない。天候の心配は必要ないみたいだ。
準決勝の相手は航空学園能登。関東に本校を構える航空関連に特化した学校の姉妹校で、その特性上全国各地から生徒が集まってくる。県外出身者も多く在籍しており、スポーツ分野でも年々頭角を現しつつある。既に高校ラグビーでは県内随一、高校野球でも十年程前に夏の大会で甲子園へ初出場を果たしている。
航空能登のベンチ入りメンバーを見てみると、いずれも真っ黒に日焼けして屈強な肉体の部員が揃っている。身長も体型も凹凸な泉野高とは大違いだ。
相手の注目選手はサードの福山。百九〇センチを超える長身と並外れたパワーで今大会も既に三本のホームランを放っている。彼の前にランナーを出さないことが重要だと試合前のミーティングで確認した。
一回表。先攻は泉野高。
航空能登の先発である百四〇キロ中盤のストレートと落差の大きいフォークが武器の本格派右腕の前に三者三振に抑えられる。攻撃の糸口さえ掴めなかったが、これも想定の範囲内。貧打の泉野高が初回から猛攻を仕掛けた方が逆に恐ろしく感じる。
攻守交替のタイミングで岡野はゆっくりとした歩調でマウンドへ向かう。
『点を取られなければ負けることは無い』
『ウチの打線は所詮弱小校と同じレベル。大量点なんて夢のまた夢。だから相手がミスするまでひたすら粘る』
『無名の弱小校相手にゼロ行進を続けていたら、必ず相手は焦る。そこを逃さず突く』
考え方としては、中日ドラゴンズの黄金時代を築いた落合監督に近い。当時の中日も中軸以外で長打が望める状態ではなかったし、最終年に至ってはリーグ最少の得点数だった。それでも投手力と堅守で勝ちを積み重ね、リーグ優勝・日本一に導いた。
サッカーで例えるならば、ひたすら自陣で守ってカウンターを狙う戦術と言って良いだろう。弱いなら弱いなりの戦い方で挑むしか、勝ち目は無い。
岡野はマウンドに上がると一つ深呼吸をした。秘かに続けているルーティーンだが、見た目は至って普通である。
(俺が見栄えのいいことしても桑田や前田健太みたいに似合わないからな)
地味で平凡な外見の人間が儀式的な作法をしても様にはならない。自覚しているのでやらないことにしている。
そうこうしている内に航空能登の先頭打者が打席に入ってきた。いよいよ、岡野の試合が始まろうとしていた。
打席に立つ前からギラギラとした目でこちらを見ている。やる気に満ち溢れた熱血タイプといった感じか。
初球。岡野が投じたのはど真ん中へ渾身のストレート。意表を突かれた相手は慌ててバットを振るも空を切った。すると凄い剣幕で睨みつけてきたが、岡野は困惑した。投げろと指示を出したのは新藤だ、と思わず言ってやりたくなった。
この開幕全力ど真ん中ストレートは時々やる奇襲戦法だが、投じるこちらは内心ヒヤヒヤしている。それでもバッターは“いきなり失投は来ない”と頭から信じきっているので意外と効果がある。
頭に血が上るとこちらの思うツボ。次にストライクゾーンから逃げていくスローカーブを投げるとムキになったバッターは喰らい付くように打ってきた。強引に当てても一塁線を切れるファールになるか、フェアゾーンに転がってもボテボテのゴロになる。今回もファースト正面への詰まったゴロになり、落ち着いて捌いてまず一つアウトを取れた。
ピッチャーの心理からすれば最初のアウトが取れるとホッとする。試合前の緊張や不安で固くなった気持ちが程よく解れるからだ。
二人目は三ボールと不利なカウントから投じたシンカーを引っ張られたが痛烈なショートライナー、三人目は初球のストレートを打ち損じて平凡なライトフライに仕留めて初回を無事に終えた。一つ目のアウト、一つ目のチェンジ。この二つを経てようやくエンジンが暖まる感覚だ。
安堵の溜め息を一つ洩らしてマウンドを下りる。感覚的には調子が良いように思う。
(今日も勝てればいいなぁ)
そんなことをぼんやり考えながら小走りでベンチへと引き揚げていった。
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