アイレシアの祝祭

神喰 夜

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第一章

第3話 王命と人命

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「ふざけないでよ」
「何がだ」
「第六王女よ。何が治癒していい、よ、させるつもりなんて毛頭ないくせして」

王太子は低く笑う。

「気づいたのなら及第点だ。父上もさぞやお喜びだろうよ」
「自分の妃に不倫されて何がお喜びよ」

—―第四妃の症状は梅毒、それも末期。初期ならば治療も可能なこの病が放置されていたことからして、第四妃の廃棄の決定が見て取れた。国王以外の男と関係を持った、妃の末路。

「何、辺境伯爵家を脅すいい材料ができた」
「......そりゃよござんしたね」

第四妃の実家は南の辺境伯爵家だ。

「ほかに聞くことはないのか」
「ない」

聞くということは、面倒ごとに首を突っ込むことと同義だ。

「第七王女までは血は確かだぞ」
「だから聞かないってば」
「独り言だ」
「もう出ていく」
「まぁ待て」
「何よ、余計なことなら聞かないわよ」
「第四妃の廃棄期限は一週間後だ」
「――そう」

努めて無表情を装う。

「じゃあね」
「あぁ」

関係ない、どうでもいい他人。私とは、文字通り生きる世界が違う人の話。
—―私なら、救えるかもしれない人の話。

『......あぁもう』

なんでこうも、面倒くさいのだろう。
無意識のうちに、私は爪を噛んだ。





「――聖女さまから茶会の申し込みをされるとは、驚きましたわ」

第七王女はそう言って、慣れた手つきでお茶を注いだ。姉王女よりも色の濃い青の瞳を上品に細めて微笑む姿は、とても私より一つ年下の少女のものとは思えない。

「突然の申し出にも関わらず快く受け入れてくださったこと、心より感謝申し上げます」
「堅苦しいことはおよしくださいな。ひとつしか年も変わらないではありませんか」
「ありがとうございます......第六王女殿下はいかがお過ごしでしょう、まもなく婚姻の儀と聞き及びましたが」
「姉は元気にしております。嫁ぐのがよほど楽しみなのでしょう」

第六王女の嫁ぎ先は、二つ隣の国の後宮だそうだ。第七王女も、遠い南の国の後宮に入ることが内内に決まっているという。上五人の王女がそれぞれ正室として嫁いでいったことを考えると随分な処遇だが、これも母妃の不始末のしりぬぐいなのだろう。

「わたくしも早く国のため、嫁ぐことができればよかったのですが。姉と妹の婚儀がかぶっては大変ですものね」
「第七王女殿下の婚儀は、第六王女殿下の婚儀の1年後でしたか」
「えぇ。楽しいことが遠からずあると思えば、国民の気も晴れるというものでしょう」

第七王女の顔色は、ほとんど変わらない。自分の父親より年上の男に嫁ぐ例はないこともないと聞いていたけれど、病でほとんど寝たきりだという老人に嫁ぐ彼女は、実際どう思っているのだろう。
——私には、関係ない、けれど。

「あっ」

私は手を滑らせると、カップの中のお茶が第七王女の方へ飛んで行った。第七王女は反射的に手をかばう。

「申し訳ありません、第七王女様!」
「構いませんわ、すぐに冷やせば」
「いえ、姉君の婚姻の儀に参列なさるのに、手を痛めていては困りもの。どうぞ私に治癒させてくださいませ」
「そんな、聖女様のお手を煩わせるわけには」
「いいえ、私の不手際ですもの。どうか」
「......わかりました、ではお言葉に甘えて」

差し出された手を取る。この王女は、私のしたことに気づいた後、どうするのだろう。

【聖魔術上級、第二術式展開】

私にしか見えない光が、勢いよく地面を覆っていく。同時に違う術式を展開して、上空から空間を認識する。魔術による光の効果は、第七王女の手の上以外で見えないように、また別の術式を。三つの術式を展開し終えると、私は目を閉じた。

【広範囲治癒】

額に滲む脂汗を悟られないようににっこりと笑みを浮かべる。

「......いかがでしょう」
「素晴らしいわ、痛みが全くありません、さすがは聖女様ですわ」
「ありがとうございます」

それからしばらく談笑していたのだが、途中で騎士がひとり、乱入してきた。騎士が第七王女に耳打ちすると、第七王女は目を見開く。

「あなた」
「はい、なんでしょう」

そ知らぬふりを装って微笑むと、第七王女は眉を顰めた。

「......どういうおつもりです」
「なんのことでしょう。私はただ、王女様とお話していただけですよ?」
「治癒を! あのとき、どうやって」
「あら、皆様もご覧になっていたでしょう? 第七王女殿下の手の上でしか、私の魔術は効いておりませんでしたよ?」
「っ......私はご忠告申し上げました」
「えぇ、ありがとうございます。けれど私は、あの男——王太子殿下の操り人形でも、国王陛下の傀儡でもございません。私は私の意思に従い行動いたします」
「後悔なさいますよ」
「さぁ、どうでしょう。私、反省をしたことはあっても、後悔をしたことはないのです」

第七王女は呆然と私を見上げていた。

「体調が悪いものとお見受けいたします。私はここで失礼しますので、どうかお休みになって」

私は一礼して王女の殿舎を辞した。聖女宮まで歩いたところで、堪えきれず膝をつく。

「聖女様!?」
「はぁっ......]

汗がひどい。頭痛がする。平衡感覚がおかしい、世界がぐるぐるしている。
あぁくそ、この一週間ずっと術式を作っていたせいだ。上級の術式だって、まだ覚える予定はなかったのに。三つの術式の同時展開、あれもきつかった。
意識が、たもて、ない。
聖女様、と侍女が叫ぶ声を聴いたのを最後に、私の意識は落ちた。
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