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第14話

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「私は官吏として生きると決めました。王弟妃となる未来はございません」

冗談だったのか、うん、と王弟殿下も返事は簡素だ。

「私と君が婚姻などすれば、担ぎ上げられる未来は想像に難くないないしね。なんにせよ、王位継承を迅速かつ問題なく進めなければ。アルカンタルの動向も気になるしね」
「はい」

アルカンタルと我が国は、長く同盟関係にあった。ペネロペの婚約が早々に結ばれたのも、それが原因だろう。帝姫が大公に嫁いできた事例もある。直近に嫁いできた帝姫は、嫁ぎ先の邸が火事になった際に、一家全員で焼死してしまったが。

「というわけで、官吏として生きると決めているご令嬢、貴女は誰が玉座に適任だと思うかい?」

突然意見を求められ、フェデリカは紫の瞳を瞬かせた。恐らくは模範通りの答えを述べると、首を振られる。

「私は、官吏の解答を聞きたい訳ではない。貴女の選択を知りたい」

フェデリカは目を瞑る。

「……非礼を承知で申し上げます。貴方です、王弟殿下」

王弟殿下はキョトンと首を傾ぐ。

「私?」
「王位継承候補に残された方々は、多かれ少なかれ、貴族につけ入る隙を与えてしまいます。その点、殿下ならば満場一致でしょう」
「私はもう、王位を継がないと宣言し、その為にこんな事態になっているのに?」
「殿下ならばお気づきでしょう。王位を継がないと宣言していようが、妃を娶らないと宣言していようが、適当な娘に夜這いさせ、別の種であれど子を孕んだと言ってしまえば、種を知らない貴族たちは、婚姻はなくとも血統が繋がれる、と考えます」
「そうだね。尚且つ、私がいると、初めは新たな王も執務をしにくいだろう」
「ロレンツィ侯爵以外であれば気にされるでしょう。その気持ちは臣下にも伝わる。二王並立のような状況になりかねません」

王弟殿下は目を細めた。

「……王位を継がぬことを、君も責めるか」
「いいえ。私は王国の進退に興味はありませんので、責めは致しません。それに、王弟殿下の決断は王弟殿下だけのもの。理由を私は存じませんが、その決断をするに足る理由があったのならば、私は咎める術を持ちません」
「くっ、ははっ! 王国の進退に興味はないか、いいね、面白い」

笑い転げたあとで、有難う、と王弟殿下は言う。

「……有難う」

静かに呟かれた言葉を最後に、会話は終わった。王弟殿下の御前を辞して城門に急いでいた時だ。殿舎の柱に佇む人影に気づき、フェデリカは居住まいを正した。

「――ご機嫌麗しく、ロレンツィ侯爵」
「アンヌンツィアータ嬢。今日は遅いですから、門まで送っていきましょう」
「これはご親切にありがとうございます。ではお言葉に甘えまして」

城門前に止めた馬車までの、短い道中。フェデリカは暗がりの中、ちらりとロレンツィ侯爵を見上げる。フェデリカと同じ、黒の髪に紫の瞳。ラヴィニアが記録を塗り替える前、最年少として14歳で官吏学科に入学し、あろうことか3年の課程を飛び級して16歳で卒業。昨年、20歳にして早々に爵位を継ぎ、婚外子という負の要素を持ちながらも、社交界で不動の地位を築いている人。観察使という職業柄、恨まれることも多いと言うが、その分親しい貴族も多いだろう。

「――アンヌンツィアータ嬢。貴女はもう少し、自重なさった方が宜しかろう」
「......どういう意味でしょう。仕事を控えろと?」

ボルギ伯爵の件かと言外に問うと、緩く首を振られる。

「ラ・ヴァッレの子息と賭博場に乗り込む勇気は、褒められたものではない。貴女のおかげで蜥蜴の尾切りに合わずに済みはしたが。今回のレーピド伯爵夫人の件にも、深入りされぬことをお勧めする。どうやら、貴女の企みの結果引き起こされた事態を、私以外も知っているようだ」

フェデリカは目を細めた。元王太子の婚約破棄、その裏側を知ると告げる人は、いつもと変わらない態度だ。抑揚のない声と、変わらない表情から、感情を読み取ることは難しい。

「観察使は何もかもご存じのようですね」
「私個人の動きと観察使の動きの別をつけることは、困難だろう」
「侯の好意なのか警告なのか、判断つきかねるご返答ですね」
「お好きなように」

好意だろうと思う。観察使が全てを知っているのなら、それを国王に奏上しているのなら、フェデリカは今生きてここにいないから。

「……お礼申し上げます」
「お礼を言われるようなことではない。此度は多くの事例にアルカンタルが絡んでいる。アルカンタルの動きがはっきりするまで、我々王の紫とが動くことは控えた方がいいと思ったまでのこと」
「ロレンツィ侯は、我々の存在をどう捉えておいでなのでしょう」
「……さて。厄介事の種、と答えておきましょうか」
「では、アルカンタルの目当ては、その厄介事の種だとお考えなのですか?」

ロレンツィ侯爵は足を止めた。紫の瞳が、同じ色の瞳を見下ろす。

「......かの皇帝は、死者の願いにどこまでも忠実だ」

独り言ちるように、ロレンツィ侯爵は言う。意味が分からず眉を顰めると、仄かに笑みをこぼした。

「良い夜を」



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