王妃が死んだ日

神喰 夜

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本編

第五夜

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国葬の日。
その日は朝から霧雨が降っていた。
王族とごく一部の高位貴族を招き、ユリアーナはその地位に似つかわしくない質素な形で葬られた。
葬儀に出席した王族は、国王であるトバイアスらを除くと、双子のみ。上王・王太后夫妻は遠距離を理由として葬儀を欠席した。
時間が掛かっては怪しまれるから、ということで献花もなしとし、空の棺は燃やされた。

「……献花もなしなんて、ひどいわ」
「すまない、マーガレット」
「……仕方ないとは思うけれど、上王陛下もいらっしゃらないし……」

マーガレットは不貞腐れている。

「いいわ、それよりアナの動機は分かったの? あと実質4日しかないけど」

実質4日、というのは、公布する日は朝から忙しいので探す暇がないからである。尤も今日も大した時間は取れないから、3日といったところだが。

「……鋭意捜査中だ」
「頑張ってね」
「ああ。それより、体調はどうだ」
「全然平気!……とは言えないけど、大分悪阻も治ってきたよ!」
「今回はウェンリーの子だったか」

ひとり目は、フェリックスの子であった。

「多分。でも、誰の子でも、無事に生まれてくれたら、それだけで嬉しいわ」

言って、マーガレットは視線を落とす。

「……アナも、我が子を抱く喜びを知っていたら、違ったかもしれないのに」
「メグ……」

努力不足、と言われるかも知れないが、これに関してはしょうがない。伽を命じるのはユリアーナであるが、大体1週間に一度で、ひと月ごとの交代。月のものがある間を除くと、大体一ヶ月に3回ほど。それも公務やら何やらで忙しい日は伽がなくなることも多く、この3年間で両手で数えられるほどしかユリアーナと体を重ねた覚えがない。恐らく2人も同様だろう。

「……今更言っても仕方ないよね。わたしだってアナが思い詰めてたことに気づかなかったんだから」
「メグのせいじゃない」
「そうかもしれないけど、でも、何かできたかもしれないじゃない」

マーガレットとユリアーナは遠縁で、一歳しか年が変わらないこともあって、親しくしていた。マーガレットが孤立していたユリアーナを構っていた、とも言えるが。

「メグ、気に止むことはない。元より俺たちが気づいていればよかった話なのだから」
「……それでも……」
「そんなことより、メグ。王妃の位の話だが、ウォルポール侯爵が、1年後に退位する誓約書を書いたらどうかという話をしていたんだが、どう思う?」
「誓約書?......うっ」
「メグ! すまないトバイアス、また今度!」
「あ、あぁ。いや、ウェンリー、待ってくれないか」

メグを支えていたウェンリーが足を止める。その間にメグたちは嵐のように走り去った。

「何だい?」
「この男に見覚えはないか」
「ん......あぁ、確かウォルポール侯の側仕えだと思ったが」
「ウォルポール侯の?」
「あぁ。どうかしたのか?」
「北の離宮の管理人を呼び寄せたのだが、この男が昨年国王の証書を持ってきたと言われてな」
「......偽造か?」
「ありえない話ではないが、目的がわからんだろう」
「そうだな」

ウェンリーは首を捻った。

「――昨年、というのは襲撃の前か? それとも後か?」
「確か、前、と聞いたように思うが」

一年前のこの頃、宮殿でパーティーが催された。賑やかな宴は、しかし、途中で悲劇に変わる。
なんと、ユリアーナとマーガレットが襲われたのだ。共に毒を塗られた矢を射られたのである。幸い、どちらも命に別状はなかったが、妊娠していたマーガレットは、ショックでその場で破水してしまい、あわや死産となるところであった。宮医を総動員してなんとかその事態を免れたものの、今考えても背筋が凍る話である。

「ふむ。その頃なら、よくお前がファロン家グリーンハルシュ侯爵に手紙を送ってきたから、偽造は容易かろうな。ウォルポール侯はもともと国王に目されていた人物だったから、印鑑も見慣れているだろう」
「だが、目的が分からぬ」
「さて、それは本人に聞かねば分からんだろうさ。フェリックス経由で聞いておこうか」
「頼めるか」
「あぁ」

ウェンリーと別れたところで、ジェレミーの侍従がへろへろの体で1冊の本を持ってきた。
栞の挟まったページに書いてあったのは、
ー今の世を喩えるならば、昼は男、夜は女と言えよう。
この一文である。

「これは」
「昨夜探し回り、朝方ようやく見つけました……ただ、太陽に関しては未だ見つかっておらず」
「いや、これだけでも十分だ! 給料を上げよう!」
「ありがとうございます!」
「昼と夜が逆、即ち昼が女で夜が男、ということだな。つまり、女がいない部屋の太陽……?」
「女人禁制、ではありませんが、女がいない部屋なら、合議室では?」
「ああ、そうだな。太陽というのが何なのか……」
「引き続き調べます」
「頼む」

侍従を送り出したところで、一息ついた。
朝早くから国葬の支度に追われ、後処理も含めてようやく終わったと思えば既に夕餉の刻だ。

「ユージン」
「はい、兄上」
「オリヴィア姫の婚約者候補についてはどうなっている?」
「そうですね。今までは諸外国の王族を見繕っていましたが、我々との兼ね合いも考えて、国内の貴族で絞り込んでいます。今のところ、ナイトレイ侯爵家子息あたりがいいかと思っていますが、如何でしょう」
「ふむ、そうだな。ナイトレイであればアビゲイルの婚約者たちともさして立場は変わらないからちょうどいいな」
「はい。ですが公爵夫人にも困ったものですね。公爵からの手紙で書かれていましたが、当分は領地にいてもらうようですね」
「……そうだな。我が母ながら困った方だ。父上は大変だろう」

トバイアスは父から送られてきた手紙を思い出して苦笑した。母が癇癪を起こして疲れている、と筆跡からも疲れが滲み出ているような手紙であった。父には申し訳ないが、暫くは領地に居てもらわねばなるまい。

「貴族ともなればどこも似たようなもんだろ。はーあ、フェリックスが羨ましいぜ。マーガレットの旦那なんてさ。全く変わってほしいもんだ」

ユリアーナと取り替えるのでもいいけどさー、とペラペラユリアーナを侮辱し始めたジェレミーに対し、ユージンが低く声をかけた。

「……ジェレミー。殺されたいのか?」
「うぉっ、ユージン兄さん、なんだよいきなり。殺されるって、大袈裟だな」
「影は国王に服従しているが、その実王家の狩人だ。王妃を侮辱するようならば、相手が国王であっても牙を剥くだろう。これ以上不用意な発言をしてその首を危うくしたくなければ、口を噤んでいろ」

いつになく長いユージンの言葉に、ジェレミーは気圧されたように黙り込み、分かったよ、と吐き捨てるように言った。反省した様子の見えない弟を見遣り、トバイアスは溜息混じりに言った。

「……ジェレミー。お前には明日、塔での謹慎を命じよう」
「はぁ!? この状況でかよ! 兄さん、正気か!?」

塔とは、城の西にある白い塔のことだ。主に貴人の幽閉に使われている。

「その言葉、そっくりそのままお前に返そう。前々から失言が多かったが、最近は輪をかけてひどくなっている。外での失言は俺たちが何とか誤魔化してきたが、これ以上は無理だ。頭を冷やして、出直してこい」
「……分かったよ」

不承不承といった体でジェレミーが頷き、執務室を出て行こうとする。トバイアスがそれを止めた。

「明日、と行っただろう。まだ行くな」
「部屋に戻るだけだ」

ジェレミーを見送り、ユージンがのんびり声を上げる。

「兄上も珍しく思い切ったことをしましたね。いつもなら厳重注意と反省文50枚で済ませるのに」
「……お前の言う通りだと思ってな。あいつの首はいい加減危うそうだ。ユージン、ありがとう。最近俺も気が緩んでいた」
「兄上が殺されそうになったら教えますよ」
「……俺も殺される側に入っているのか?」

さぁ、という淡々とした返事に、トバイアスはまさか殺される側に入っていないよな、と慌てる羽目になるのであった。

「影の主の引き継ぎは当日まで行いませんから、言葉にはくれぐれも注意しましょう」
「……そうだな、そうしよう」
「あぁ、ですがジェレミーが請け負っていた仕事はどうしましょうか」

トバイアスはさして考える風もなく言った。

「俺がやろう。どうせあいつは大したこともしていないし、ユージンは調べで忙しいだろう」
「そうですね。兄上がやってくださるなら助かります」
「任された」




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