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それでも、私はその言葉に救われたの
しおりを挟むラキさんは小さく頷く。
そっか~やっぱりあのままだと、私はヘドロになっていたわけね。
『……そうです。貴女には、執着心すらありませんでしたから』
今日のラキさんは、やけに人間臭いね。いつもの飄々としたラキさんも好きだけど、こっちのラキさんの方が近い感じがして好きかな。
「執着心ね……まぁ、確かになかったわね」
そもそも、執着を抱くものがなかったし。
今でこそ、蓮君に恋をして、色々悩んだりしているけど、当時の私には悩みすらなかった。悩みって、何かに執着してるから生まれるものでしょ。当時の私は、悩みすら思い浮かばなかったわ。
正直、それは仕方ないと思う。
だって、人生の大半を病院のベッドで過ごしてみてよ、次第に色々麻痺してくるから。
まだ、不満を抱けれるうちは、多少なりとも元気だった。病室からあまり出られなくても、外を見る元気はまだ残っていた。夢や希望もあった。でもね……徐々に動けなくなっていって、薬の量が増えて、朦朧とする時間が増えて、機械がセットされていくと、何も考えられなくなっていくの。放棄したっていうか、面倒くさくなったっていうか……
単調な世界がさらに拍車を掛けたわね。
両親だった人たちは、医療費を月末に払いに来るだけで、私の見舞いには来なかったし、来ても数分で帰っていったし、鉢合わせしたら喧嘩してたわね。看護師さんは忙しい中、色々声を掛けてくれたけど、ずっとじゃないしね。
そんな中、じっと寝てたら麻痺するって。自分の心を護るために。
それになんとなくわかるんだよ。
あ~もう自分は、このベッドから下りられないってね。事実、そうだったし。
『最低限、抱くべき、生への執着心すらありませんでした』
「それは仕方ないよ。そういう環境に長年置かれていたんだし。同じ病死でも違うわ。……それで、ラキさんたちはヘドロを増やしたくなかったのね」
『そうなりますね……』
つまり、ヘドロをこれ以上増やさないための処置、特例だったわけか……正直、ショックとかはないかな。今、私ちゃんと生きてるって実感してるしね。
「ふ~ん、ラキさんたちも大変だね。もし、私があの時、自分の願いを口にしなかったらどうなっていたの?」
『何も……しばらく、眠りにつくだけです』
「いや、死んだ人間がさらに眠りにつくって……」
心底、ヘドロにはさせたくないんだ。まぁ、最後の手段ってやつかな。一歩間違えたら、自分も同じ道を辿っていたってことね……ちょっと、怖っ。
『魂が癒やされるのを待つだけですよ。それよりも、平然と受け入れてますが、なんとも思わないのですか?』
どういうこと?
「ごめん、質問の意味がよくわからない」
『不愉快にならないのですか?』
「どうして? 不愉快になる所一つもないけど」
『ないのですか……?』
そんなに、まじまじと見られてもないからね。
「うん、ないよ。だって、私が死んだあの時、ラキさんに突然話し掛けられて、吃驚はしたけど、煩わしいとか、嫌だとは思わなかったから。まぁ、表情筋が死んでたから、そう思われてもしょうがないけどね。この機会だから告白するけど、私はあの時、ラキさんに救われたんだよ」
『救われた?』
「初めてだったから。私に、何がしたいか、目を見て訊いてきたの。それに、ずっと傍にいてくれたしね」
さすがに、蓮君に抱くような恋愛感情はないけど、代わりに家族に抱くような感情を、私はラキさんに抱いている。絶対、気付いているよね。
それが、ラキさんにとっては思う壺かもしれないけど、それでも、私が救われたのは事実。騙されたとか、上手いこと誘導されたとか思わないよ。おそらく、ラキさんが気にしてるのはそこだよね。
『そうですか……貴女はそう思うのですね』
「ラキさん、私は貴方から与えられた時間、あとあまり残ってないけど、精一杯生きるよ。約束する。だから、あと少し一緒にいて」
『もとから、そのつもりです』
その言葉が聞けただけで、私はとても幸せなの。
「ありがとう、ラキさん」
初めて会った時が嘘のように笑えてるの、ラキさんが傍にいてくれたからだよ。私の隣で、飽きることなく、笑う練習に付き合ってくれたのもラキさんだよね。野菜を食べるように言ってくれたのも、ラキさんが初めてだよ。可笑しいよね、もう死んでるのに。
そんなラキさんを、何故私が不愉快に思うの?
感謝しかないよ。私に真摯に付き合ってくれたの、ラキさんが初めてなのに。怒ってくれたのもね。私が蓮君に恋できたのは、ラキさんのおかげなんだよ。
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