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同情は一切しない
しおりを挟むズタボロ状態ってこういうことを言うんだね……
頭脳と美貌。利用するものはとことん利用し、敵をもうまく懐柔し確固たる地位を築き上げてきた人物が、なにも言えずに歯を食いしばっている。
『ご理解いただけましたか、コーマン王女殿下。さぁ、お引き取りを』
背筋がゾッとするような低い声で、リアお姉様は追い払おうとしています。
『無礼な!! 一騎士団長風情が、一国の王族に対して、なんたる不敬!! 今すぐ、地面に『黙れ』
ユベラーヌ専属の護衛騎士か、王女殿下を背中に庇いながら憤怒の顔で抗議するが、リアお姉様の一言で二句がつけなくなっている。完全に迫力負け。経験不足。
「傍付きの護衛騎士って、顔だけで選んでいるのかしら。少しでも頭が働くのなら、不敬で怒鳴られてもいいから、ユベラーヌを担いで連れて帰るでしょ」
あまりにも色々情けなくて、つい口に出してしまった。
だって、連れて帰れば、こちらは不問にしてあげるって譲歩しているのに、さらに火を付けてどうするつもりよ。ましてや、交渉に当たってるのが、第三騎士団の団長だよ。こっちの本気度伝わってないのかな……ていうか、あの女止めないの? 矜持すべてを粉々にされても、王女殿下でしょ。兄を差し置いて、自分が王位を継ごうと思っているほどの野心家でしょ。
「……ユリシア、お前ならここをどう切り抜ける?」
静かに傍観していた国王陛下が硬い声で尋ねてきた。
えっ!? またテストですか!? 皆、私を注目するの止めてよ~!!
緊張する私を応援するように、カイナル様がポンポンと頭を叩いてくれて、微笑んでくれる。
ヒントもなしですか!! いいわよ、間違っててもガッカリしないでよね!!
軽く深呼吸をしてから、私は口を開いた。
「……もし私なら、まず、止めよ、と護衛騎士に叱責してから、リーレルア第三騎士団様に深々と頭を下げ、謝罪してから引きます」
非は自分に、いや……この場合は明らかにコーマン王国側にある。自分の振る舞い一つが国の沽券に、あるいは存続に関わるのだから。
そこまで考えて、ふと気付いた。私はあらためて国王陛下に視線を向ける。
「気付いたようじゃな、賢い子だ。ならば、さらに質問をしよう。それでも、護衛騎士が引かぬ場合はどうする?」
「その場で、護衛騎士を解任します」
「縋りついてこようとしたら?」
「剣を取り上げ、他の護衛騎士に捕縛させます。もし、私が剣を持っていたとしたら、利き手の筋を切り、二度と剣を持てないようにします。そして、再度頭を下げ謝罪し帰路につきます」
「ふむ……果たして、それができるかが問題だな」
確かに、例題があって答えてるだけ。実際の場面でできなかったら意味がない。つまり、国王陛下が言いたいのは……
「いかなる場面においても、自分を見失わない。怒りをコントロールするすべを身に付ける。自分が王族であることを忘れない……」
「それが一番大事なことだ。それを忘れると、ああなる」
国王陛下は映し出されている映像を見ながら告げた。
そこには、リアお姉様に腕を切られて痛さで呻いている護衛騎士がいた。
おそらく、護衛騎士が国境を越えたからだ。怒りで気付かないうちに――
奇声を発しながら、ユベラーヌ王女殿下は一緒に来ていた従者たちの手で馬車へと押し込まれている。腕を失った護衛騎士は、同僚たちに連れていかれた。
「……怖いですね。自分の行動一つで、仕えている者の生き死にが決まるのは」
あの護衛騎士は、これから長い人生を不自由な体で暮らすことになる。補償など出ないでしょうね。
それが貴族であり、王族であり、権力を持つってことなんだと思う。ほんと、怖いな……
「そうだな。ユベラーヌ王女はたまに非情な手段をとるが、利己的で自分をいかに見せれば好感を得るか知っておった。努力家でもあったな。カイナルを欲したのも、愛情と自分の野心のためだ。だが、怒りのコントロールといらない矜持のために、今まで積み上げてきたものを、己の手で壊してしまった……ユリシア、この映像を忘れるでないぞ。当然、アジルとスノアもだ」
「「「はい」」」
教訓にしては、いささか行き過ぎた教材だったと思うけど、でも同情はしない。
高いドレスを着させてもらい、美味しい食事が用意されていて、暖かいベッドで眠る。その恵まれた生活をおくれるのは、様々な責任と役目を背負っているから。
ユベラーヌが怒りを抑えきれずに醜態をさらしたのは、自分に対して、すべてが用意されているのが当たり前だと思ってしまったから。自分のために野心を抱き行動した結果なんだよ。
その裏に責任と役目、そして、国が存在していることを忘れてしまった。
だから、怒りで我を忘れてしまった。
すべて、自分が招き入れたこと――
そこに、同情の余地は一切ない。
ユベラーヌがそのまま消えるかどうかはわからないけど、少なくとも、次代のコーマン国王にはなれないでしょうね。
私たち王族にとって、幸にも一番厄介な問題が消えたことは間違いないわね。
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