戻るなんて選択肢はないので、絶対魔法使いの弟子になってみせます。

第三章 働き始めていきなりこれですか

第八話 玄武と死神（１）

【常世】は聖獣麒麟きりんが治める大陸、神王都を中心に、東は聖獣青龍、西を白虎、南を聖獣朱雀、北を聖獣玄武が治めている。

　人々は聖獣たちを〈五聖獣様〉と呼び尊んだ。

　それぞれ聖獣には〈眷族〉と呼ばれる者が存在し、眷族の殆どは主が統治する大陸でその生涯を閉じる。

　因みに『なんでも本屋』は玄武様が治める、北の大陸に店を出していた。

　北の大陸は他の大陸に比べて、特に厳しい土地柄だと認識されていた。

　土地が痩せているとか、治安が不安定という意味じゃない。

　厳しいのは冬が他の大陸よりも長く、その分夏が短いことだ。まぁそのお陰で、豊かな土壌なのだが。

　土地柄故に、比較的寒さに強い鬼人が多く住んでいる。鬼人は玄武様の眷族でもあった。厳しい土地柄だが中央を除く他の大陸に比べ、どの眷族にも属さない多種多様なあやかしが生活している。

　そして西は、虎族と獅子族が眷族のせいか、猫科の獣人、動物のあやかしが多く住んでいた。

　東は魚人が眷族なので水の属性を持つあやかしが多い。

　南は鷹族と鷲族が眷族なので、自然と鳥族の獣人や動物のあやかしが多くを占めている。

　睦月を連れ去ったのは、背に翼を持つ一族。

　南に拠点を置く鳥人のあやかし。

　そう、天狗だったーー。

　サスケも桂たちも、その姿をはっきりと目撃している。疑い様がない。それに、誘拐犯が残していった確固たる証拠、黒い羽も手元にあった。

　天狗たちは、五聖獣たちが取り決めしていた暗黙のルールを破り、睦月を無理矢理連れ去った。

　それがどういう意味か、理解した上での行動かどうかはさておき。

　聖獣玄武様に会うのは、一応筋を通すためと、自由にしてもよいという確約を貰う必要があったからだ。あくまで念のためにだ。

　その前に陣には、玄武様の報告と聖獣朱雀様の牽制を頼んでおいた。

　伊織は朱雀様が表に出て来る可能性を、出来るだけ低くして起きたかった。水面下ではどうだか分からないが。

　睦月の身柄は、聖獣麒麟様から、玄武様を通して『なんでも本屋』で保護することに決まっていた。

　なのに、誘拐されたーー。

　天狗一族が死神を協力を仰げる程の実力を有しているかは疑問だが、もしそうだとしても、引くつもりは始めからなかった。

　下手したら、そのまま保護を目的として、僕の睦月が南に捕られる可能性も大いにある。

　それだけはどうしても、伊織は避けたかった。

　一度捕らわれれば、時間が経ち過ぎて、もう二度と日本に戻れなくなる可能性が高くなる。

　もしくは、籠の鳥として囚われ続けるかもしれない。長い時を……。まぁそうなったらそうなったで、全面戦争も辞さないが。

　取り合えず、筋を通すことと保険とは別に、伊織自身、玄武様に確かめておきたいことがあった。

　ちょっとした疑念だが。

　もし、自分の考え通りだったら……。

　伊織は厳しい表情でグッと唇を噛み締めた。