40 / 43
閑話〈大学生編〉
時間はゆっくりある(2)
しおりを挟む『…………なかなか、エグいですね。麗さん』
さすがのレンも口元に手を当てている。道化は言葉さえ出てこない。二人とも真っ青だった。
モニター室にいたスタッフたちも、気付けば、三分の二程が逃げ出していた。咎める声はない。
この部署に配属されるあやかしの殆どが、人肉を食したことがある者ばかりだ。中には、主食の者もいる。そんなあやかしたちでも、解体される様はあまり見たくないのが本音だろう。人間が牛や豚の屠殺場を見たくないのと同じ感覚だ。
とはいえ、この部署で働いている限り、こんな場面は何度も何度も見てきた筈。なのに、経験を積んだあやかしたちが逃げ出す程の映像が、今中央モニターに映し出されている。それも大画面で。臨場感半端ない。
中央モニターには、中川が宣言した通り、ゆっくりとゆっくりと解体されていく、人間の肉体が映し出されていた。
まず、両手両足の爪が剥がされた。次に皮が剥がされていく。そして足の肉が削がれ、腕の肉も削がれていく。
本来、動物の解体は頭を切り落として逆さにし、血抜きをしながら腹を裂き内蔵を取り出すのが通常だ。だがそうしたなら、すぐに村山と松井は死んでしまう。
それは面白くない。
それに、絶対に死なせてはいけないのだ。
途中で死なないように、意識を保たせながら解体していく。細心の注意をはらいながら。普通なら無理なことを成し続けている中川の腕は、相当なものだった。神レベルの。
勿論、中川自身がしているわけじゃない。中川の中に入っている、あやかしがしているのだ。
そう……今モニター上で行われているのは、零が見せている幻覚じゃない。実際にリアルタイムで起きていることだった。
一人麗だけが、平然と笑って眺めている。その膝に一体の人形を抱きながら。何故か、その人形は顎が上がっていた。視線の先は中央モニターだ。
『始めに、そう言っただろうが。我は。それで、勇也にこれを見せてよかったのか?』
そう訊かれて、レンと道化は咄嗟に答えられない。心情では否だ。しかし……。
『普通の人間なら、耐え切れないだろうな。運よく耐えられたとしても、その精神は深い傷を負っている筈じゃ。それも、致命傷に近い傷をな。そんな状態の勇也を、この場に留め置くことはまず無理だろうよ。それとも、お前たちは勇也が壊れても、側に居て欲しかったのか?』
『『…………』』
レンと道化は答えられない。この映像を見る限り、麗の行動は頷ける。レンも道化も、麗の立場なら同じことをしていた筈だ。
レンも道化も壊れた勇也様を見たくはなかった。それはそれで愛しいだろうが……。
勇也様にとって、勝手に繋がされた縁は不本意でしかなかっただろう。ここにも来たくなかった筈だ。
そんな中でも、勇也様は言葉を返してくれた。壊れてしまえば、テンポよく返ってくる会話が出来なくなる。それが、レンと道化は嫌だった。楽しかったのだ。僅かな時間だったが、とても嬉しかったのだ。
そんなレンと道化の気持ちなど、麗には 手にとるように分かっていた。精神を壊した勇也は、いくら愛しくても、必ず飽きる時がくる。当然だ。もはや、麗たちが知っている勇也ではないのだから。
いつしか、モニター室には三人しか残っていなかった。人形として生きることになった、中川は別として。
人形は視線を逸らせることなく、中央モニターを見続けている。
逃げ出さなかったレンと道化に笑みを浮かべると、麗は人形の頭を撫でながら柔らかな口調で言った。
『まぁ、時間はゆっくりある。事を急いては失敗するぞ。なぁに、解けたと思っている縁は、今も繋がれたまま。四か月後には、クリスマスという一大イベントが待っておる。今度はゆっくり滞在してもらおうかのぉ……』と。
麗は笑みを深くする。レンと道化もだ。
あやかしたちは四か月後に思いを馳せていた。
中央モニターから流れる村山と松井の呻きに近い悲鳴をBGMにしながら……。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる