人喰い遊園地

井藤 美樹

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第四章 ドールハウス

人鬼

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 今中央モニターに映っているのは、憐れなクズ女たちの〈ざまぁ〉後の姿だった。

 二人とも化粧が崩れ、涙とよだれを垂れ流しながら、失禁し、白目をむいてピクピクと震えている。口元には何故か笑みが浮かんでいた。完全に精神が殺られている。

 つい、二時間前の容姿からは想像出来ない有り様だった。

 あまりにも悲惨な姿に勇也は目を逸らせる。だが、すぐに矛盾していることに気付いた。

(血の痕がない?)

 モニターには一切赤いものは映っていなかったのだ。

 ここに来た時、勇也たちが見たのは一斉にアイスピックで刺される里奈の姿だった。そして小さなモニターには、貨物エレベーター内が映っていた。すぐに違う映像に変わったが、確かにこの目で見た。

 真っ赤に染まったクズ女たちの末路をーー。

『実際に、切断などするわけなかろう。あ奴らに見せたのは幻覚じゃ。それも、とびきり濃いやつを見せてやったわ。幻覚の中での死は、死にようによっては精神崩壊を確実に招くじゃろうな』

 勇也の疑問に答えた声は、幼さが残る少女のものだった。でも、少女らしき姿は見えない。スタッフの一人か。にしては、レン太と道化が大人しいのも気になる。

 だがそれよりも、少女が言っていた内容が今は気になって仕方がない。

 少女の言う通りなら、わざと殺ったと宣言しているようなものだ。

(もう人として終わったってことか……)

 わざと殺ろうがそうでなかろうが、結末は変わらないだろう。殺したのが精神か、肉体かの差だけだ。モニターを見るかぎり、どちらにせよ人として終わったのは間違いない。

 それは、あの中川という男子学生が望んだことだ。

 自分の全てを【対価】にしてまで願った【復讐】

 クズたちに同情はしない。因果応報といえばそれまでだ。けど、なんか釈然としない。モヤモヤとしたものが残る。それは勇也たちの表情にも出ていた。

『まぁ、それが普通の反応じゃろうな。所詮、【復讐】は当事者しか分からぬものよ。その苦しみも、心に巣食う闇もな』

 声の主が姿を現す。

 勇也に話し掛けてきたのは、を抱いた十歳ぐらいのあどけない表情をした少女だった。少女は愛しそうに、の髪を撫でている。

(その……?)

 見覚えがあった。

 確か……中川と最後に会った、あの女のあやかしが抱いていたに似ている。間違いない。あの人形だ。

(まさか……特等席って……)

 少女はにこりと笑う。それが答えだった。

 中川の魂が入った人形を抱いた少女。その少女自体が人形のようだと錯覚する程、可愛らしい容姿をしていた。だけどその少女は、やけに容姿に似つかわしくない、大人びた、いや、古い話し方をする。

 その見た目と相反した存在感に、勇也はこの少女が人間ではないことを感じ取った。そもそも、人の魂が入った人形を抱いていること事態人間じゃない。

 少女は何が可笑しいのか、コロコロと笑い出す。

『そんなに、我の話し方は古臭いか?』

 この少女もレン太と道化同様、心を読んでいる。

 勇也が返答に困ってると、レン太が助け船をだしてくれた。

レイさん、何勝手に出て来てるんですか!?』

 レン太が十歳ぐらいの少女に向かって、慌てながらも敬語で話し掛けている。道化も少女に向かって一礼した。妙な緊張感がある。

 どうやら、この少女がこの中のあやかしの中で一番上位のようだ。

『堅いことを言うな、レン。主の許可はきちんと貰っておるわ』

(レン? それが、このウサギの名前か。レンだからレン太。捻りがないな。にしても、こんな小さな子がレン太や道化よりも上なのか?)

『当然じゃ。我はこ奴らより強いからのう』

 また、コロコロと麗と呼ばれた少女は笑う。

 あやかし全てが、他者の考えが読めるのかは知らないが、このあやかしたちは人の考えが読める。分かっていたが戸惑いを隠せない。

 そんな勇也を見て、麗は一層可笑しそうに笑った。

『勇也。もっと、近くに来い。我にその顔をじっくり見せよ』

 少女の姿をしているとはいえあやかしにそう言われて、素直に近寄れる程危機感がないわけじゃない。といって、正面から断ることに二の足を踏む。今自分がいる立場を考えると当然だった。

 そんな勇也の葛藤を不快に思うこともなく、麗は楽しそうに見ている。

 考えあぐねている勇也を庇うように、柳井と華が立つ。巽が勇也の腕を掴むと、自分の方へ引き寄せた。

「人鬼。勇也君を喰うつもりか?」

 柳井と華が麗を睨み付ける。

(ジンキ? 俺喰われるのか!?)

『安心せい。ぬしを喰うつもりは毛頭ない。にしても……我を一目で人鬼と見破るとは、さすが退魔師というところか。じゃがのう、我はお前たちに用はない。下がっておれ』

 モニター室が一瞬ざわつく。そして、水を打ったように静まり返る。

(タイマシって、あの退魔師か? 探偵じゃないのか? まぁある意味、あやかし相手の探偵って言えるか……。ジンキって、あの人鬼だよな……)

「そう言われて、素直に下がることは出来ない」

 平然とした口調だが、その内面はかなり緊張していることに、勇也は気付いていた。柳井だけじゃない。華も緊張している。それだけ、目の前にいる麗が厄介だということか。

『その勇気は誉めてやろう。じゃが、邪魔じゃ。座っておれ』

 そう麗が言った瞬間、柳井と華が崩れるように膝を折り、その場に座り込む。その額には脂汗が滲み出ていた。

『麗さん、戯れはそこまでに。私たちは、勇也様たちをご案内するようを受けております。そのを途中で放り出せと』

 道化の声に、若干の苛立ちが含まれているのを、麗は気付いていた。麗にとってそれは、子犬がじゃれつくようなものだ。

『……仕方ないのぉ。今回は道化の顔をたてるとしよう』

 仕方なくそう麗が告げた途端、その場に崩れ落ちる柳井と華。心配して側に行こうとしたが、巽が腕を掴んだままなので行けなかった。

 麗の片眉が僅かに上がる。が、軽く溜め息を吐くと話を戻した。道化の肩から力が抜ける。

『知っておるか、勇也。血の臭いというのは、いくら綺麗に掃除しても染み込むものなのだ。それが、人工物である、鉄やコンクリートだったとしてもな。ここは【夢の国】。そこに、血の臭いは無粋じゃからの』

((遊園地だから流さない。だとしたら、他で流すということか?))

 口に出さずに、勇也と巽は内心呟く。

 麗がニヤリと笑った。鋭い牙が二本、口元から覗く。

 ーー肯定。

 スタッフが連れていったあの青年も、そこで解体されされたのか。

 麗はタイミングよく微笑む。それも、背筋がゾッとするような笑みだ。麗はやはり人の考えを読む能力がある。その能力は、レン太にも道化にもあった。

 目の前にいる少女は人を喰らう。

 それは確信に近いものだった。



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