人喰い遊園地

井藤 美樹

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第三章 ミラーハウス

駄犬

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 いきなり腕を強く掴まれた。

 そして、勢いよく横に引っ張られ、勇也は何処かに連れ込まれる。バランスを崩したが、痛みは襲ってこない。代わりに、

「へぇ~~いいのみっけ!」

 耳元で若い男の声がした。

 勇也の腕を掴んでいたのは、二十歳前半の小太りの青年だった。いや、小太りじゃない。完全なデブだ。

 ラフな格好をしている。というか、だらしない。ましてや、ダサいし臭い。特に口臭が酷い。マジ、吐きそう。おそらくタメか、二、三歳上といったところか。だがその話し方は、あどけなさが残っている。見た目と話し方にギャップがあって、アンバランスだった。

(どこに、そんな力があるんだ?)

 身形と同じ様にブヨブヨに太った体。筋肉全てが脂肪の塊のような肉体。

 これでも仕事柄、勇也は最低限の護身術は身に付けている。なのに、掴まれた手を振り払おうと足掻くがビクともしない。却って力が込められる。骨が軋む音がする。鋭い痛みに、勇也は顔を歪めた。

(これ以上足掻いたら、マジ折れる!!)

 仕方なく、一旦足掻くのを止めた。すると、青年は感情の籠らない冷たい目で勇也を一瞥すると、

「今度はこの体がいいな。これにしてよ」

 どこかに向かって声を張り上げた。

(体……? つまり、俺と入れ替わりたいって言ってるのか。ということは、こいつの中身はあやかしか) 

 絶対絶命の危機の筈なのに、妙に頭は冴えている。それはおそらく、目の前にウサギの着ぐるみがいたからだ。

『おい。僕たちからその人を奪おうなんて、余程死にたいらしいな。で、いつからお前に、決定権があるようになったんだ? 教えろよ? 駄犬』

 怒りをありありと含んだ声で言い放つレン太。完全にキャラを捨てている。

 レン太に駄犬と言われた青年は、明らかに戸惑っているようだった。狼狽を隠せていない。それでも手を離さない青年に、レン太がついにキレた。

『てめえ。いつまで、汚い手で掴んでるんだ!!!! 勇也様が汚染されるだろーが。今すぐ、その手を離せ!!!! 駄犬が!!!!』

 レン太が低い低い声で恫喝する。周囲の温度がさっきからだだ下がりだ。

(気のせいじゃないよな。いや、間違いなく下がってる。怖っ!)

「……それが地声か? あの高い声はどこから出てるんだ? 俺より低くないか」

 自分が今かなり危険な状況だって理解しているのだが、不思議と怖くなかった。なので、こんな軽口が吐けた。そう言えば、連れ込まれた時も恐怖を感じなかったな。意外とレン太のことを信用しているようだ。これには勇也自身驚いた。

『……勇也様。そのお気持ちは嬉しいんですが、今、それを言いますか? ……駄犬、もう一度言う。今すぐその汚い手を離せ。離さなければ、保管しているお前の肉体を壊す』

 前半は呆れながら勇也に向かって、後半は明らかに青年を脅している。完全に素だ。

「……様? 何を言ってる? こいつは人間だろ? 家畜じゃねーか」

 青年はレン太の言葉に動揺しながらも、掴んだ手は一向に離さない。

(人間は家畜か……。そう思ってんなら、戸惑うよな。にしても、そんなに俺の体が気に入ったのか? まぁ当然か。モブだけど、今の肉体よりはかなりマシだよな)

 どうやら、まだ青年は冗談だと思っているようだ。あれだけ、レン太が殺気を放ってたら普通気付くだろ。余程、鈍感なのか。それか、そう思いたいだけなのか。引けなくなったからなのか。

「そんな事どうでもいいんからさっさと放せ!! でないと、最悪られるぞ!!」

 折角、助言してやったのに完無視だ。

 傍から見ていても、レン太が冗談を言っているようには全く見えないのに、当事者は固まったままだ。混乱してるのか? 勇也は腕を掴まれながら、冷静に青年の様子を観察していた。

(にしても、人間が家畜か……ということは、こいつの中身はやっぱりあやかしか。人格が変わって当たり前だな。柳井さんの言う通り、中身が違うんだから。もう、人でさえないな。だったら……この体の持ち主は? 魂はどこに行ったんだ?)

 疑問が頭を過る。

『警告したぞ、駄犬。ーーやれ!!!!』

 時間切れのようだ。

 青年が人間を家畜と評した。そのことに関して、レン太は否定しない。レン太は短く、だが鋭く厳しい声でどこかに命ずる。

「ちょっーー」

 レン太がそう言い放った声と、青年の焦った声が被さる。最後まで青年は言えなかった。

 青年の体が、突然ゼンマイが切れた人形のように前のめりに倒れ込んだからだ。

 俺は倒れ込んできた青年の体をギリギリ受け止める。少し腕に痛みがはしった。痛みは徐々に強くなる。力が完全に抜けた体は、意外と重いのだ。ましてや、肉の塊だから尚更重い。このままだと潰される。何とか、勇也は青年の体を床に寝かそうと体をずらした時だった。不意に軽くなる。レン太が青年の体を掴んでいた。

 その時だ。背後に複数の生き物の気配を感じた。どこから出て来たのか、わらわらと勇也とレン太を取り囲む。

 そして、同じロゴが入ったポロシャツを着たスタッフたちが、青年の体をどこかに連れていこうとレン太に手を伸ばす。

「どうするつもりだ!?」

 反射的に、勇也はレン太から青年の体を奪い取る。抱き締めながら、勇也はレン太に詰め寄った。絶対に離したらいけない。勇也の感がそう告げる。

『どうするって……決まってるじゃないですか? 再利用するんですよ』

 さも当然のように答えるレン太。答えの意味が分からず、勇也は怪訝な顔をする。

「…………再利用?」

(再利用って何だ?)

 出てきた声はとても掠れていた。頭の隅で分かっていたのかもしれない。

『この体はもう使えませんから、解体して、加工して、販売するんですよ』

 まるで不格好な野菜のように。

 一言、一言区切るように、レン太は告げたのだった。



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