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第一章 闇からの誘い
依頼
しおりを挟む机の上に置かれた資料を見ながら、神崎勇也は大きな溜め息を吐いた。
(朝から嫌な予感してたんだよな……)
口には出さずにぼやく。聞かれたらマジ厄介なことになる。
「……俺が全部調べるんですか? 巽さん」
とはいえ、心底嫌そうな表情を特に隠すこともなく、勇也は上司に向かって不満を平然と口にした。
「今、暇なのはお前だけだろ、勇也。嫌なら、別の奴にやらせるが。そうなったら、お前、クビな」
全く部下らしくない言い方と態度に苦笑しながらも、はっきりとクビを宣言する上司に、勇也はあたふたと焦り出す。
この人なら、絶対クビにする。躊躇うことなくクビにする。となれば、平の自分が言える言葉はたった一つだけだ。
「いえ、不満などありません!! 分かりました。至急、調査させて頂きます!!」
(うん。これ一択しかない)
クビ回避のために、今後の生活のために勇也は直立不動で返事する。こういうやり取りは昔から変わらない。
高校、大学が一緒。部活も一緒だった可愛い後輩で、今は部下の勇也に巽はニヤリと笑う。そして更にもう一冊資料を勇也に手渡した。
「これが最新の資料だ。ちゃんと、覚えとけよ」
巽は所長らしく念を押す。
(最新の資料って言っても、書かれている内容は然程変わんねーだろ)
捜査に進展があったとは聞かない。受け取りながら、声を出さずに勇也は言い捨てる。
「は~い。で、巽さんはもう帰るんですか?」
ジャケットを掴んだ巽に、勇也はまたしても不満の声を上げた。巽はそれを無視する。
「鍵、きちんと閉めとけよ」
そう言い残して、巽は事務所を出て行った。
「薄情だよなぁ……」
ぶつぶつと文句を口にしながら、勇也は手渡された資料をパラパラと捲る。
(あ~~マジやりたくない)
ぼやいても仕方ないけど、ぼやきたくもなる。
新人の勇也でも、この案件の話は聞いたことがあった。わりと有名な案件だ。とはいえ、まさか自分が関わり合うとは、露ほどにも思ってもいなかったが。でもまぁ、請けたからにはちゃんとらやらないとな。
一枚目の用紙には、子供の写真と名前、性別、そして行方不明になった時の服装などが事細かく書かれていた。全部で三十枚程ある全てが別人のものだった。
そのほとんどが、親、或いは親族から捜索依頼が出ている。今も継続中だ。
彼らは最後の願いを込めて、探偵事務所に依頼してくる。しかしここ最近は、探偵事務所でも渋るらしい。実際、ここに来た依頼者の大半は、他の探偵事務所で断れたと聞く。
勿論、警察にも届けている。届けていても見付からない。捜査経過の報せも一切ない。本当に捜査してくれているのか不安になる。それを確かめに行けば、おざなりの言葉しか返って来ない。
精神的に辛い状態が何年も続く。
結果、依頼者は精神的にも肉体的にも追い詰められる。
(ほんと、負の連鎖だ)
だから打開策として、親や親族たちは警察のOBである大手探偵事務所に依頼する。そして断られ、誘導されるように巽の所に依頼を持って来る。弱小ながらも巽が率いるこの探偵事務所は、人探しにおいて業界内で結構有名だからだ。
三十枚にわたる行方不明たちは、ざっと確認した限り、性別、年齢、住所、行方不明になった時期、全てバラバラだった。共通点がまるで見当たらない厳しい案件。
ただ一点を除いてはーー
行方不明者が最後に立ち寄った場所。
それが、この事件の唯一の共通点である【桜ドリームパーク】だった。
「桜ドリームパークか……」
呟く声はとても小さい。
実は勇也自身、この職に就いてまだ日が浅かった。
たがそれでも、不思議な、嫌……不気味な事件だと感じさせるには十分だった。
だからといって、このまま資料を机の奥にしまうことが出来ないのが悲しいところだ。マジでクビが掛かっている。
勇也は早速自前のパソコンの電源を入れると、インターネットで調べることにした。このご時世、インターネットは最大の情報ツールだ。足で調べる前に、一通りネットで調べるのは常識になっていた。
〈桜ドリームパーク〉と打ち込む。
単語を打ち込むだけで、ありとあらゆる情報が画面上に出てきた。
(マジか……)
その情報のあまりの多さに唖然とする。これら全てに目を通すと思うと、一瞬目の前が暗くなった。ほんと、マジ帰りたい。
その見出しの多くが、肝試しの類いや都市伝説の類いで、オカルト関連のものばかりだっだ。
想像はしていた。していたが……
辟易としながらも、勇也はそれを一つ一つ丁寧に確認していく。そして、根気よく精査していった。
分かったのは、桜ドリームパークが十年前に閉園されたこと。
開園してから閉園するまでの三年間に、二十三名の行方不明者が出たこと。
行方不明事件は計八件。
明らかに異常な件数だ。
そして最も不思議なのが、行方不明者自身に共通点が見られないことだ。老若男女、あらゆる年代の世代が行方不明になっている。まぁこれは、書類に記されていることだ。
当然、当時は大事件として騒がれ大々的な捜査が行われたが、結局誰一人見付かることはなかった。手掛かりさえも見付からなかったらしい。これだけ周囲に人がいながらだ。
そして驚いたのは、今尚、遊園地の跡地で結構な数の人が行方不明になっていることだった。
先日、テレビで放送された心霊番組は、この遊園地を【人喰い遊園地】と呼んでいた。ネットにもそう書かれていた。確かにその通りのネーミングだと勇也は思った。
とりあえずもう一度、勇也は桜ドリームパークで起きた八件の行方不明事件について調べることにした。そこがこの事件の根っこだからだ。
当時の新聞をネットで閲覧し、丁寧に裏付けを取る。確かに、行方不明になった人数も、行方不明者の特徴も、一般にネットで記載されていることと大差なかった。にしても、
「……よく調べてるな」
この手の噂は、日が経つにつれ過大になっていくものだ。真実など、一割混じっていれば良い方。なのに、この件について、ほぼ八割近く真実が書かれている。それも十年前の案件なのにだ。
明らかに何かがおかしい。
言い様のない違和感と不気味さが勇也を襲う。
(これは、ただの行方不明事件じゃない)
直感的にそう感じた。
まさにその瞬間だった。
ゾワリと何かが項を撫でたのはーー
勇也は首に手をやり反射的に立ち上がった。そのまま背後を勢いよく振り返る。勢いがあり過ぎて、さっきまで座っていた椅子が大きな音をたてて倒れた。その音が自分しかいない事務所に響く。
「…………気のせいか……」
この時になって、はじめて自分が着ているシャツが、冷や汗でビッショリと濡れていることに、勇也は気付いたのだった。
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