スパダリ社長の狼くん

soirée

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第五章

最終話

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「忍。起きて。朝飯」
「ん……もうそんな時間か。今朝は何だろう……って……」

 起き上がった忍が瞬の姿を見て絶句する。解決したと思ったはずの瞬の獣人化に目眩を覚えながら布団にまた潜り込む。
「僕は悪夢でも見てるのかな……いや、そもそも僕はあれで助かったわけがない。もしかして僕の死後の夢なのかな……」
 ぶつぶつと呟きながらベッドの奥に消えていく忍から瞬が布団を無理やり剥ぎ取り、戯れ付くようにその首に顔を埋める。瞬の肩越しに見える黒い尾は千切れんばかりに揺れている。不意に自らの腰の下にも違和感を覚え、毛布でも巻き込んだかと手をやった忍がいよいよ言葉を失って蒼白になった。

「お前はやっぱり色素が薄いからかな。白狼なんだな」

 瞬の言葉に恐る恐る忍が腰から引っ張り出したそれに視線を送る。
間違いない。忍の体側はもちろん、潰されていたそれにも感覚がある。
「──……」
「許して。お前を助けるためにはこれしかなくて」
 しばしの沈黙の後、タワーマンションの壁を壊さんばかりの忍の雷が落ちた。







「もう一度整理させて。つまり君の血の中のイヌ科の細胞がどう働くかもわからないまま『多分』僕の体のダメージをカバーしてくれるから『見切り発車で』輸血して、僕は無事回復したけれど今更になって『獣人化』したと──そういうことだね?」
 引き攣った笑みを貼り付けて忍が繰り返す。繰り返される回数が重なるごとに瞬の尾と耳が垂れ、逆に忍の尾と耳はピンと立つ。
 ちらりと上目遣いで忍を見上げた瞬はそれでも本心から反省はしておらず、ただただ忍が今生へと戻ってきたことに対する喜びが抑えられないのが揺れてしまう尾を見ればすぐに分かる。
 はぁ、と深くため息をついて忍は自らを落ち着かせるように瞼を手のひらで覆う。
「……過ぎたことは仕方がない。だけど流石にこれはお仕置きが必要だよね?」
 ちらりと見下ろした忍も、いくら言葉で取り繕っても隠せない尾の動きに辟易している。全力で抑えようとしても勝手に揺れる。
 ちらっとその動きを見た瞬が俄かに嬉しそうな顔になるのを忌々しく眺めて、コマンドを口にする。
「kneel、瞬。セーフワードは『要らない』だよ──全力で君を愛せる体に戻ってるみたいだ。覚悟はいい?」
「言えないセーフワードなんてずるいだろ?!」
冷や汗を滲ませる瞬を組み敷きながら、正直な中心に手を触れる。
「だめだ。君が悪いんだよ。何だろう……ものすごく興奮する。もしかしてこれ、発情? 君に当てられてるの? だとしたら君がそんな気分になるたびに僕もこうなるのか……前途多難すぎる。責任をとってもらうよ」
「そんな……っ、あ、ああぁ……っ」





 体力的にも前よりかなり持久力が上がったなとミネラルウォーターを流し込みながら、気絶している瞬を見下ろしてゆっくりと撫でる。

 本当に、とんだことをしてくれた。

 それでも記憶の隅に残るあの死への恐怖を感じた今、もう死は安らぎでも何でもない。生きたかったのだと情けなくも認めるしかなかった。
 どれほど業の深い人生でも、忍はあのまま死にたくなかった。瞬が死の間際に教えてくれた自分でも長らく聞いてやれなかったその本音を自覚した時の恐怖は凄まじいものがあった。13歳の忍がずっと叫び続けていたのは、実に単純な──僕の声を聞いて、このまま見捨てないでというただ一言だったのだ。37歳の忍が体の生を失う直前にようやくリンクしたその声──そしてその不可能でしかなかった願いを叶えることができたのは、瞬ただ一人だ。
 

 獣人化が収まったらやるべきことが山ほどある。社長職を退くという人騒がせな人事を取り消して、槙野や安曇にも連絡を入れなくてはいけない。佑は諦めずに実家に顔を出すと言っていたからリワードが必要だ。
そして、何よりも。
指先で瞬の耳をなぞる。黒く柔らかな毛並みの耳がぴくっと動いた。
最愛のこの子と、やりたかったこと全てを共に経験しなくては。遺したプレゼントは無効になってしまったが、今はその代わりに本当にずっとそばにいてやれる。気は進まないが、己の過去とケリをつけるためにに秋平とも話をすべきなのだろう。
 大切なものを手放さなくてもいいというのがこれほど幸せなことだとは思っていなかった。
想定外に設置された忍の死という、彼の周りの人間にとっては何よりも高いハードルを超えた今、彼らは忍と同じくらいの光を放っている。
星のように散りばめられたその光を繋いで、どんな未来を描こうか。



 寄り添うように横になる。体の勝手な習性なのか、自然と瞬を抱き込むように体が丸くなる。ふさふさとした白銀の毛並みが瞬の体を撫でた。
「ありがとう」
囁いてそっとその首筋に噛み跡を残した。



                -完結-
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