スパダリ社長の狼くん

soirée

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第二章

二十二話※R18

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 夕食をとりながらぼんやりとテレビを眺める瞬の様子を眺めて、忍が声をかけた。
「毎日こんなに品数多く作っていたら大変じゃない?」
 ワンプレートに盛られた彩りのよい和食は、実に一汁五菜にも及ぶ。どれもよく味が沁みている。おそらくは前日から下拵えをしたものだ。五穀米が形よく握られているのを口に運びながら、それよりも気になっていることを確認するか悩む。
 作った本人の箸はほとんど動いていない。瞬はたしかに作ることに喜びを感じる人間ではあるが、食べることも嫌いではないのは知っている。味を確認しながら次のレシピへ活かしていることも。
 視線をテレビに据えたまま、瞬が上の空で返事をする。
「ん? いや。卵安かったんだ」
 話を聞いていないことが明白すぎて困ってしまう。
 社内で起きた騒動については報告が来ている。近々懲戒委員会を開くことも指示を出した。槙野から瞬がはっきりと怒りを示したことも聞いた。だが、エントランスまでは人懐こい様子で社員たちと会話していた瞬は車に乗り込むと同時に黙り込んで今に至る。こんなことになるならと、立場上すぐに瞬の様子を見にいけなかったのが悔やまれた。
 今までの瞬であれば帰宅と同時に縋りついてきても何も不思議はないのだが、黙々と炊事をこなした彼はそのまま殻に閉じこもったようにこの有様だ。
(瞬が自分で解決したいと思っているなら、僕が必要以上に手を出すのはよくない……けれど……)
 ため息をついてリモコンを取り上げ、問答無用でテレビを消した。何も映っていないモニターを眺めたままこちらを振り向かない瞬の指が震えていることに今更気づく。テーブル越しに手を伸ばして指先を握ってやると、その手が緊張で硬く強張るのが伝わった。
「怖かったんだろう? 話してごらん。聞いてあげるから。僕の手にすらこんなに怯えるほどなんだね……?」
 穏やかな声に喉仏が引き攣ったのを見遣って、彼が話し始めるのを待つ。無音の部屋に響く瞬の呼吸音がだんだんと早くなることが、瞬がどれほど理性を保とうと努力してきたかを物語っている。
「大丈夫だよ。君は悪くない。そんなに抱え込まなくていいから。言ったよね? 一人で耐えようとなんてもうしなくていいよって」
 声も立てずにモニターを見据えたままの瞬の瞼から涙が伝う。嗚咽を殺しているわけではない。ただ静かに涙だけが落ちる。
「俺さ……」
 しばらくして抑揚のない声で瞬が呟く。
「なんで俺、そういう目でしか見られねえんだ……? だって会社の人間は俺の身体が特殊だなんて誰も知らない。それでも俺はそういう対象なんだろ……? 槙野さんの教えてくれた挨拶は普通のやつだったら……いい社員が入ったなって、そういう印象を持たれるはずなのに……俺がやるとそういう」
 自尊心を挫かれたような姿に忍が静かに否定してやる。
「違うよ。君が色仕掛けをしてるとか、そういう陰口も聞こえてくるだろうけど……そんなことはない。社員が君に魅力を感じるのはそんなことばかりじゃない。それは君は確かに、君自身は自覚していないかもしれないけれど見た目がかなりハイレベルだ。どうしても君に憧れてしまう人間は出てくる。でもだからって君の本当の魅力はその人柄だよ。猿にも劣るような人間の卑劣な行為で君が君を責める必要なんてどこにもない」
 震える指先が助けを求めるように忍の指先を握り込む。
「現に僕を見てごらん。たしかに君にそういう魅力はあるけれど、僕がただそれだけのために君のそばにいると思う?」
 黙って首を振る瞬に頷いてやる。
「君は悪くないんだよ。大体が常識があればいくら相手に魅力を感じても、それを露骨に表したりなんてしない。理性のない人間はどっちかな? 君に勝手に欲情する方だろう?」
 振り向いた瞬がテーブルに突っ伏すのを手を伸ばして撫でてやる。
「大丈夫だよ。君はきちんと君の言葉で、君は慰み者じゃないと言い切った。よく頑張ったね。すごく頑張った。偉いね」
「俺が……俺がイヤらしいからとか、そういう……」
「絶対にそれはない。安心して」
 席を立った忍が瞬の椅子のとなりでしゃがみ込む。
「怖かったよね。気持ち悪かっただろう? もう大丈夫。すぐに助けに行けなくてごめんね」
 忍の首に両腕を回した瞬が肩に前髪を押し付けてくるのを撫でてやる。しばらく無言で俯いていた瞬が、
「風呂……入る。気持ち悪い……」
と呟いて席を立った。ほとんど何も口にしていないけれど……とプレートを一瞥した忍は、それでも特に咎めはしない。
「行っておいで。全部洗い流してしまうといい」
 その手が忍の肩を掴んでくるのに苦笑を向ける。
「一緒に入りたいの?」
「……いいだろ? 忘れたい、から……」
 クスッと笑った忍が給湯パネルを指差す。
「じゃ、風邪をひくからお湯を張ろう。沸くまでにきちんと食事をとって。元気を出さなくちゃね」
 赤面した瞬がスイッチを押して戻ってくる。もう忘れたいであろう今日の出来事には触れず、他愛のない言葉を交わしながら、ただ二人で上質な夜を待つ。
 電子音が響く。急に意識して誤魔化すように食器を片付け出す瞬の手を忍が押さえた。
「後でいいから」
 囁いた声の甘さに思考回路に霞がかかる。
 珍しく忍を抱き上げた瞬の腕に腰を預けて忍が笑った。
「君だって我慢できないんじゃないか」
 抱き上げた忍の体に顔を埋めるように脱衣所へ足を向ける。すでに熱を持って暴走を始める欲望のままに服を脱ぎ捨て、忍のネクタイを解く。剥ぎ取るようにシャツを奪う瞬に忍が「stay」とコマンドを落とした。
 まともに体も洗わないままバスタブの中で忍に縋り付いてくる瞬の唇を塞いで舌を差し込む。跳ねる水はどんな動きをしても音を立ててしまう。反響する乱れた吐息に羞恥で赤く染まる瞬の肌に手を滑らせた忍が、半分のしかかっているような瞬のものに触れて含み笑いを漏らす。
「随分期待してたんだね……?」
ゆっくりと弄びながら乳首に唇を寄せ、後ろにまで指を挿し込む。湯が沸くまでの間にすっかり焦らされてしまった瞬の蕾が指を締め付けてくるのを解しながら、じわじわと敏感な一点へと進めていく。性感帯を余すことなく一度に刺激する忍に瞬の腰が揺れる。一際大きく湯が跳ねた。
「はっ……あ、ぅ……んんっ……」
 目を閉じて嬌声を堪えている瞬の胸を軽く齧ってやると、殺しきれなかった啼き聲が浴室に反響した。大きく響く喘ぎ声に煽られた瞬の痴態がどんどん激しくなっていくのをニヤリと眺めて、ふいに忍は蕾から指を抜いた。瞬の背がビクビクと震える。
「たまには瞬が自分で動いてくれるのもいいな」
「そ……れ、は……」
 瞬が真っ赤になって俯くのをさらに煽るように指先でくるっと蕾をなぞる。そのまま前を扱く手まで止めてしまう忍に、瞬が「意地悪っ……」と囁くのを人の悪い笑みで下から見上げる。
「ほら、のぼせちゃうよ。イきたいなら動いてごらん」
「…………っ」
 視線を逸らす瞬の鈴口を押し広げるように触れてやる。
「もう我慢できないだろう?」
 瞬が躊躇いがちにバスタブの中で腰を上げ、忍のものをあてがう。それだけでもかなり恥ずかしいのに、このあと自分で動くのか……と居た堪れない顔をする。ゆっくりと腰を沈める。擦られる快感が抵抗感を奪い、プライドが消えていく。あと少し……と息を詰めた瞬間、足先が湯の中で滑る。一気に貫かれた瞬が背をしならせた。
「あっあぁ……!」
 いい光景だなと忍がにやりとする。
「動かないと気持ちよくならないよ?」
 忍の声に、瞬が腰を持ち上げる。滑ってしまって上手く制御できないままに、最も感じる一点に強く当たってしまった衝撃で目の前に火花が散る。
「あぅっ……こ、こ……だめっ」
「嘘ばっかりついて……良かったんだね?」
 ぐっと突き上げてくる忍に瞬の焦点がブレる。次第に理性を失ってゆく瞬が自分からいいところに当たるよう腰を振って乱れ始めるのに、湯が盛大に跳ねる。水音に混じって響く吐息と嬌声が忍を煽っていってしまっていることに気づきもしていない。ふいに忍が瞬の肩を抑えた。そのまま押し倒すように体位を変えて、激しすぎるほどに突き上げる。
 瞬が過呼吸気味に喘ぎ声を漏らすのを唇で塞ぎ込み、口蓋を執拗になぞってやる。
気がつけば湯はやや霞んでいる。どちらのものかもわからない精液にも抵抗はなく、ただただ求めるままに貪っては求められるままに突く。
 瞬の体が痙攣を繰り返す。ぐったりと力の抜けた瞬の中に忍もまた熱を吐き出した。


 すっかりのぼせてしまった瞬に冷えたタオルを渡してやり、自分の首にもかける。
熱は冷めたはずなのに、二人とも顔から火照りが引かない。思わず顔を見合わせて笑ってしまう。
「手加減しなさすぎだろ」
 瞬の言葉に忍が悪戯っぽい顔をする。
「君があんまり乱れるからそんな余裕がないんだ」
 忍がミネラルウォーターに口をつけて喉を鳴らす。普段はコーラが多い瞬も今日ばかりはがぶ飲みできるスポーツドリンクを飲んでいる。
「どうしようか。熱がこもりすぎてとてもじゃないけど眠れない。夜更かしをしても風邪をひきそうだ」
「トランプでもしようぜ。大富豪とか」
「いいね。オセロもいいな。ボードゲーム大会にしよう」
 タオルを首に巻きつけたまま、カードを引き合う。偶然に触れる指さえも愛おしい。
 瞬がやっと、心のうちをこぼす。
「忍。お前と家族になれたら、ずっとこうなのかな」
 忍が眩しそうに目を細めた。
「僕はもう、とっくに家族になったつもりなんだけどな? ずっとこのままだよ。こればかりは絶対に『変えない』状況だよ」
 自然とお互いの唇を求めてしまう。バードキスを交わして微笑んだ。
「変わることにもだけれど、変えないことにだって努力が必要だ。僕は喜んで努力するよ」
 瞬が頷く。忍の言葉は魔法のようだと思いながら、誓う。
「…………俺も」
 未来を保証するものは、紙切れ一枚の契約なんかじゃないのかもしれない。共に寄り添うために、今日も明日も……10年後も、20年後も、いつだって努力したい。 きっとそれが何よりの絆になるから。
「俺にできることならなんだってする」
「僕はできることはなんでもするよ」
 被ってしまった声にまた笑ってしまう二人を穏やかにジャズのメロディが包み込んだ。

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