スパダリ社長の狼くん

soirée

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第二章

一話

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朝一番で目を覚ました瞬がソファの足元で眠っている忍の肩に触れる。冷え切った感触に罪悪感を覚えた。

瞬の体にかけられていたふかふかの毛布は忍が愛用しているものだと言うのはもう知っている。おそらくはひどい混乱の直後の瞬に少しでも安心感を与えるために自分のものを持ち出してくれたのだと、そっと体から剥いだそれで忍の体を包む。瞬の体温を帯びたやわらかな感触に、忍が身じろぎをする。こんな冬の最中、いくら断熱がしっかりした建物であっても寒くないわけがない。

(俺……こいつに無理ばっかりさせてんな……)

瞬の顔に翳りが落ちる。いつまでもこうして忍の優しさに溺れたままでいいはずがない。彼に与えられるものばかりを貪って、瞬の傷ばかりが癒やされていくが……はたして忍に相応しいと言える自分になっているかと自問すると全く自信がなかった。
瞬は男で、忍とは法的に家族になることは難しい。それくらいは瞬も知っていた。今の関係がいつまで続くのかなど何の保証もなく、未来は不透明なまま欲望のままにここにいるだけなのだ。
(このままじゃダメだ……いいわけがない……)

 考え込んだ瞬の眼前で、青みを帯びた薄い瞼がすっと開く。一瞬驚いたように瞬を見やった碧水の瞳が微笑んだ。

「おはよう。……どうした?」
「なんでもねぇ。飯、作るよ」

精一杯の誤魔化し笑いをして、ソファから立ち上がる。忍がその手を掴んで引き寄せた。ここへ来てから幾度も交わした目覚めのキスは、今日ばかりはそろそろ夢から覚める時だと瞬の心にちくりとした痛みを残した。





 スーパーに並ぶ食材を眺めながら、悩む。忍は実はああ見えて野菜が苦手だというのは同居してすぐに気がついた。もちろん、良識のある忍らしく瞬の手料理にケチをつけることなどなければ残すこともしないが、真正面で食べていれば箸のスピードが落ちていることは分かる。

(んん……野菜嫌いか。あいつの好みで、尚且つ食べたくなる料理……)

思い返すと彼が好んで食べる野菜といえばクレソンなどの香草と瞬が気まぐれに作ったキャロットグラッセ程度しかないように思う。意外と子供舌なんだなと苦笑が漏れた。
「クレソン平気ならサラダにベビーリーフとか使うのは平気なんだろうな……あとは食べやすいようになるべく出汁の効いたスープとかか……」
無意識に呟いた瞬の背後で、思わぬ声がかかる。
「あれ? ねぇ、ひょっとして、瞬くん?」

 聞き覚えのない声に、反射的に身構える。声をかけられる時といえば顔も知らぬ新たな飼い主か警察の補導という経験しかない瞬だ、仕方がない。
 聞こえなかったふりをして、立ち去りかける。だがすぐに振り向いた。足音に聞き覚えがあった。安曇だ。
「シュン? へぇ、買い出しからシュンの仕事か。大変だねぇ」
 カゴを手にした安曇の隣に、スタイルのいい可愛らしい女性がいる。奥さん一筋と公言して憚らない安曇の連れ合いといえば、もちろん。
「はじめましてー。あたし、裕ちゃんの奥さんです。話は聞いてたのよ、最近東條さんが付き合ってる男の子」

 瞬が赤面する。公衆の面前でそんなことを暴露しないでほしい。

「あの、俺……」

 見かねた安曇が助け舟を出した。
「シュン、この発言で東條さんが男ってわかる奴いないから大丈夫」
 こそっと耳打ちしてくる安曇にそれもそうかと安堵し、次の瞬間己の反応に居た堪れない顔で視線を逸らした。


 カゴを覗き込んだ女性がうーん、と悩む。
「すごいオシャレな食材ばっかり。何作るのか全然見当つかない、すごいなぁ……料理、プロ並みだって聞いてたしそのうちお呼ばれしてみたいくらい。……あ、安心して。行かないから」
 天真爛漫とはこのことだろうか。安曇同様男性同士の恋愛に理解があるといえばその通りで、それはありがたいことのはずなのだが、なぜか全て見透かされているようで落ち着かないことこの上ない。
「あいつ、野菜食わねぇから……食いやすい料理、考えてて。えっと……名前……」
「あ、ごめん! 名乗ってなかった。春香でいいよ。呼び捨てで全然気にしないっていうか、ちゃん付けしていいのは裕ちゃんだけだしさん付けも年下の立場だとかえって気を使うから呼び捨てにして」
そう言われても、さすがに気が引ける。
「さすがにそれは……安曇さんじゃダメっすか……」
「だーめ。他人行儀だもん。ほら呼んでみて」
気圧された瞬が救いを求めて安曇を見る。視線を受け止めて安曇が苦笑する。
「ムリムリ、オレも敵わないからさ。諦めて言われた通りにしたほうがいいよ」
「け、ど……俺……名前で、呼んでるの……その、あいつだけで……」
 気まずそうに口に登らせたその言葉に、春香がはっと両手を胸元まで上げた。
「ごめん! それは私のことは呼んじゃダメね! じゃあ仕方ないから安曇さんで許してあげる、ごめんね!」
 ほっと瞬が胸を撫で下ろす。そんな瞬に安曇が気軽な提案をした。
「ね、せっかく時間あるんでしょ? オレんち来る? クリスマスお呼ばれしたっきりお礼もしてないし、ちょっと遊んでったら?」
 瞬がためらう。忍には別に叱られる案件ではないだろう。行き先が安曇の家ならば何も問題もない。スーパーの入り口の時計を見る。午後四時半。忍が帰宅するまで、あと一時間半……。
「……行っても、いいか?」

 その顔に浮かんだ思い詰めた表情に、安曇が笑う。やはり何か抱え込んでいるようだ。分かりやすい青年である。
 ちゃりっと車のキーを見せる。
「行こ。帰りも送るから」
3人でレジを済ませ、艶やかな車体のジュリエッタに乗り込んだ。
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