スパダリ社長の狼くん

soirée

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第一章

十八話

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目を覚ました瞬が、食欲をそそるローズマリーの香りとジャズのメロディにほっと吐息をついた。もう何年も──それこそ、狼化しなかった幼かった頃以来感じることのなかった安堵感──ここが家なのだと、もう何も怖いことも隠すこともないのだと、こわばっていた心がようやく解れた瞬間だった。
窓の外に夕焼けに染まった優しいピンク色の空が広がっている。身を起こして、散々泣き叫んだせいで固まった体を伸ばした。
自身の醜態は全て記憶に残っていたが、不思議と羞恥心は湧かなかった。申し訳なさはあったが。きちんと片付けられた部屋も、着せられていた綺麗な部屋着も全て忍がやってくれたのだろう。気づけば忍の部屋のベッドで寝てしまっても妙な反応は起こさないようになっていた。それだけ満たされているからだ。

 部屋の扉を開けると、瞬の好物ばかりが並ぶガラステーブルに安曇が持ってきたと思われるシャンパンが置かれている。中央に鎮座しているケーキに、ようやく瞬は今日がクリスマスイブであることを思い出した。
「あ、起きたね。気分はどう?」
オーブンを覗いていた忍が顔を上げた。
「あ……ああ、だいぶスッキリした、かも……」
瞬の返事に忍が柔らかく微笑む。
「それは良かった。君は今日は甘やかされるのが仕事だから、そこで好きな映画を選んでいてね」
「あっ、でもそれじゃやっぱり落ちつかねぇからなんかやる……」
「その手じゃ難しいんじゃない? オレもいるしいいよ」
 ケーキナイフやカトラリーを手にした安曇がキッチンから出てくる。
仕方なくテーブルの前でリモコンを操作しながら、時折瞬はキッチンをちらりと見遣る。
(俺だって出来ないわけじゃねえ、のにな……)
 安曇と忍の話し声が聞こえて来る。そういえば安曇は瞬などよりずっと忍と長い付き合いに見える。ここにだって今まで何度も来ていたのではないだろうか?
一度芽生えてしまった疑惑はなかなか殺せない。ヤキモキしながらリモコンを操作するも、集中できないせいで観たいものが見つからない。
そこへ扉を開けた安曇とローストターキーを乗せた大皿を手にした忍が談笑しながら顔を見せた。複雑な思いでそれを振り返った瞬に忍が立派なターキーを見せてやる。
「デリバリーとはいえグリルし直せばなかなかのものだよ。好きなだけ食べるといい、君の好きなものしか取っていないからね」
「別に俺、犬だからって肉ばっか食うわけじゃねぇし……」
呟いた瞬が流石に失言に気づいて慌てて取り繕う。
「あっ……いや、今のなしっ……」
忍が怪訝そうにその目を覗く。
「どうしたの? 何かまだ不安があるんじゃ──」
「そうじゃない、違う。本当に何でもない、悪い。俺が寝てる間に全部やってくれたんだな……あ、ありがと……」
消え入りそうな声でもごもごと濁す彼に、心配そうな視線を向けながら忍はターキーをテーブルに下ろす。安曇がシャンパングラスを手にキッチンから顔を出した。
(なんでグラスの場所知ってんだよ……)
もやもやした気持ちを殺せない顔つきの瞬に安曇が内心あちゃ、と苦笑する。嫉妬されているのは明らかだ。かといって弁明すれば感の鋭いこの青年は「ごまかされた」と深読みするような気がする。数知れず踏んできた女性との修羅場経験が安曇を慎重にさせざるをえない。ここはぜひ、当の本人である忍におさめてもらいたいところだ。
「東條さん、だめだよ不安にさせちゃ。シュンは東條さんがオレと必要以上に仲良くしたらそりゃあ」
「?! ちが、そんなんじゃねぇっ」
図星を言いあてられた瞬が面白いほど動揺する。忍が人の悪い笑みを浮かべた。
「いけない子だな。飼い主の言葉を信じられないのかい? ちゃんと言ったじゃないか。僕が自宅へ誰かを入れたのは君が初めてだったって」
「で、でもっ──だって……」
泣きそうな顔で抗議する瞬に、忍が安心させるように髪を撫でる。
「たしかに、裕也との付き合いは長いよ。もうかれこれ10年くらいにはなるかな。とはいえ彼はただの友人で、君は大切な僕の家族。だから安心して」
「オレも奥さん一筋って話したじゃない。大丈夫だよ、東條さん取ったりしないしこんなクセの強い人、シュンじゃなきゃとてもじゃないけど上手くいきっこないんだから。この人がこの見た目でこの歳まで独り身な時点でお察しでしょ」
「失礼な子だね。まぁ、でも裕也の言う通り。僕は今まで浮いた話はあっても特定の誰かと関係を維持したことはないんだ。そこは信じて欲しい。君だけなんだよ、本当に」
「俺、だけ──?」
瞬が上目遣いに忍を見遣る。頷いた忍がその額にキスを落とす。
「そう。わかった?」
甘いやりとりを見ながら安曇が苦笑する。忍のこの甘やかしを受けて落ちない相手はいないだろうに、その対象になり得たのがこの青年一人だけだったと言うのもなんとも理解し難いものではある。だがそれだけ忍の心を射止めた相手も瞬ひとりだけだったということだろうか。
「さぁ、パーティーだ。今年はホワイトクリスマスだね」
窓の外に目をやった安曇がほんとだ、と声を上げる。
「忍」
瞬が名前を呼ぶ。誰より愛しい恋人の名を。
「誕生日おめでと……」
忍が驚いたように振り返る。
「その……お前の、免許見て……か、勝手に見たりしたのはその……ごめん、なさい」
ふっと口元を緩めた忍がケーキの上のいちごを一つ摘み上げて瞬の前に差し出す。
「まったく悪い子だな。そのうちスマホも開かれそうだ。口を開けて」
おず……と瞬が口を開ける。いちごを放り込むついでに指先で瞬の口内の弱いところを責め立てる。
「ふ、あぁ……っ……」
「この先は夜まで我慢ね」
「お邪魔にならないとこでオレは帰るから安心してね」
安曇の言葉に二人が気まずそうに視線を逸らす。
「………………」
さぁ、と安曇が手際よく注いだシャンパンのグラスを渡す。
「メリークリスマス」
チン、とグラスの重なる音が響いた。
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