スパダリ社長の狼くん

soirée

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第一章

八話

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「うん、やっぱり似合うね。君は一級品の見た目をしているし」


 届いた服を試着している瞬の背後から忍が顔を覗かせる。
部屋に置かれた姿見で本当に似合っているのかと言いたげな顔で己の姿を見ている瞬に、忍が笑った。
「よく似合ってるよ。かなりハイレベルな見た目になってるんだ、自信を持っていいんだよ」
「こんなに洒落た服着たことねーからなんか俺じゃないみたいだな」
そうはいいつつもまんざらではない顔をしている。
忍をチラチラと横目で窺う視線に吹き出しそうになりながら、忍は鏡の前でその隣に立つ。
「僕が隣に立てばよくわかるだろう? 君は僕の飼い犬として全く遜色がない。──自慢したくなるね」
 その言葉に瞬が真っ赤になる。嬉しすぎるとこうも赤面するものかと本人が愕然とするほどだ。
「kneel」
 忍が足下を指差す。素直に膝をついた青年の髪を優しく撫でた。
「君は僕の自慢の家族だよ。最高の家族だ。僕があそこに行くまでよく待っていてくれたね。僕に巡り会うまでたくさん辛い目を我慢してきてくれてありがとう」
 感極まったのか、涙を浮かべた瞬を愛しさをもって抱きしめる。縋り付いてきた瞬が忍のシャツに顔を埋めているのは、泣き顔を見られたくないからだろうか。ふっといたずらっぽく微笑んで忍がその顎を指で上向ける。
「いい子だ」
囁けばさらに溢れる涙を指先で拭ってやる。


 愛しさが暴走しそうなのを忍自身も自制するのが精一杯だ。この青年はそんな真似をすれば容易く傷ついてしまうから。
そう思っていたのに、あろうことか瞬が自ずから忍の唇に己の唇を重ねてくる。
(──自制できないじゃないか、こんなことされちゃ)
そう独白しながら、瞬の口付けを受け止めてさらにその先へと進める。巧みに口内を探り、口蓋を舌先で擽りながら絡めた舌を吸い上げる。
瞬の首筋が朱に染まる。欲情が滲む吐息に、忍の瞳に獰猛な色が幽かに浮かんだ。

「こんな可愛いことされたらその先もいいって解釈しちゃうんだけど、いいの?」
忍の声にハッとしたように瞬が身を離そうとするが、忍がそれを留める。
「恋人に服を贈るっていうのは昔から脱がせる楽しみがあってこそとはいうけれどね」
忍の恋愛経験は、見た目の通り豊富だ。
あっという間に素裸にされた瞬がどうしていいのかわからないというように視線を逸らす。
「嫌なら嫌って言ってね、僕も君を傷つけたくはないから」
乱れた服の上で忍に押し倒された形の瞬が一瞬恐怖を滲ませた。
 

 今までの相手には嫌と言えば殴られた。拒絶してもやめてくれるはずはなく、こうなれば待っているのは永遠にも思える苦痛と屈辱の時間だったからだ。
目を逸らした瞬の全身が震えている。

(怖ぇ……こいつも俺のこと……)

その隠しきれない怯えを見てとった忍がやれやれと笑って瞬の上から身をひいた。解けて垂れた髪の一筋を払いながらジャケットを脱ぎ、瞬の体に掛けてやる。
「ごめんね、つい君の都合も考えずに──こんなに可愛い子がいるのに手を出さずにいるのもなかなか自制心がいるな」
苦笑したその手が瞬の頬を撫で、部屋から出ていく。
独り残された瞬は、安堵とともに物足りなさを感じて自己嫌悪に瞳を閉じた。

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