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第二章
21話
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「おい、東條。大丈夫か」
ドアを開けて声をかけた秋平に、忍が熱に潤んだ瞳を向ける。ああ、昔はこうして涙を浮かべた忍を見るとひどく興奮して自分が止められなくなったな……とちくりと胸を刺すような後悔がよぎる。
秋平のDom性──強すぎる嗜虐欲は、普段はそれほどまでに暴走しない。忍と縁が切れてから再会するまで、取っ替え引っ替えの相手で済んでいたように、特定の相手を作らなければその欲はそれほどひどくならない。ただ、一度執着できる相手を見つけると際限なくエスカレートし、生活態度や性行為、その他全てを管理のもとに置かなくては気が済まなくなるのだ。元々子供に手を出していたことからも、相手を屈服させることにも強い満足感を覚える嗜好だとカウンセラーに告げられた時、自分は間違いなく異常者だなと自嘲した。
そう、別に秋平はペドフィリアでもなんでもない。ただ相手を支配下に置くこと、そこに喜びを感じる人間だというだけだ。Domならば誰でもこの傾向はあり、Glareが強い分Dom性も強い秋平はそれが抑制できないのだとそのカウンセラーは言った。人形のように愛らしい、少女のような女性の心理療法師。確か、名前は── 桜乃実。柳原桜乃実。
物思いに耽りかけた己を現実に引き戻し、忍の枕元に歩み寄ってその額に手を当てる。確かにかなりの高熱だ。感触としては39度前後……40度行っているかもしれない。瞬が狼狽するはずだ。懐から取り出した体温計を忍の体を軽く持ち上げて脇に挟む。上腕を抑えて待つこと30秒、体温計にはやはり40.2℃という数字が浮かび出た。
「お前、どうして解熱剤使わなかったんだ。渡しておいただろうが」
「ごめん、忘れていた……瞬のことで手一杯になっていたんだ」
珍しく率直に大変だったと口にしてしまい、しまったと眉を寄せる。聴覚のいい瞬に聞こえてしまっていないかと気にするその額を秋平が軽く指で弾く。
「いった……」
「バカが。そんなことだから自分のことを忘れるんだよ、お前は。嫌だろうがなんだろうが我慢してもらうぞ。動くなよ」
そのままうつ伏せにしようとする秋平に忍が弱々しく待ったをかける。
「いや、それは僕が自分でやる……」
「できるならな」
淡々と言い放ち、その指に坐薬を持たせる。すぐに取り落とす忍を眺めて「どうするんだ」と問えば、諦めたように「頼む」と嘆息した。
学生の頃だったらこのままひどい強姦に持ち込んだだろうが、幸か不幸か医師としてのキャリアが長いせいでそれほど興奮もしない。こんなことでいちいち勃っていたら仕事にならないのだ。手早く医療用の使い捨て手袋をはめて、忍の尻を割り開く。そしてこれもキャリアが長いせいで嫌でも見慣れているそこを眺め、相変わらずこいつは肌だけは綺麗だなと場違いな感想を抱きながら手早く挿入し、指で数センチ奥にぐっと押し込んでしばらく待つ。忍の方もまともに体力があれば多少の羞恥は感じたかもしれないが、熱のだるさの方が今は強く、直腸の感覚もよくわからない。非常に淡々としたまさに医療行為としてだけの空気が流れることにお互いに苦笑した。
「すぐには動くなよ。もう一度挿れられるのも嫌だろ」
指を抜いて釘を刺す秋平に「わかってる」と答え、服を整えようとして突っ伏す。秋平が手慣れた手つきで体を持ち上げ、ボクサーパンツと部屋着を引っ張り上げた。
「ポジションは知らん。自分でやれ」
「いや、今それはどうでもいいな……」
くだらない会話をしながら、秋平が忍の枕元のミネラルウォーターのボトルを遠慮なく取り上げて、代わりに持って来ていた経口補水液のボトルを押し付ける。
「説教されたいのか? Domのくせに」
「お見通しか」
「佑は後でお仕置きしてやらないとな」
忍が仰向けになるのを手伝ってやって、布団を肩までかけてやると、忍が
「瞬は大丈夫だったかな」
と問いかけてくる。今は副反応だから別にいいのだが、本当に風邪でも引いた時にはこいつらは二人とも引き剥がしてやらないと治らないなと頭の隅で考えながら、
「いい子にしてるよ、今はな」
と小さく笑った。
「あいつがいい子でいられる時間はそんなに長くないのは知ってるだろ。何かしでかす前に回復するように少しでもちゃんと寝ろ」
ぽん、と髪に手を乗せられて複雑な顔をする。
「……先輩。再会できたことを僕は良かったと思ってる」
呟くようにそう言ってくれる後輩の顔をしばらく眺め、秋平が触れるだけのキスを唇に掠めた。
「俺もだ。だからあんまり煽ってくれるな。今度はまともな関係でいたいんだよ、俺は」
「奏多、私よ。東條忍の名前、思い出したわ。先日釈放された連続強姦魔のDomとの面会にしょっちゅう来てた。何回か私も同席して話し合いをしてるわよ」
Camelの煙が薄暗い更衣室にけぶる。窓の向こうの夕陽が逆光になっていて、電話をしている女の顔は見えない。きらりとメガネの縁が光った。
「ああ、やっぱりそうなんだねぇ~~。うーん、困ったなぁ。お得意様から連れ戻すように言われているんだけど、僕の患者を商品みたいに扱うのは嫌だなぁ」
ぽってりとした唇から煙を吐き出し、女がつまらなさそうに指摘する。
「まぁ、だから先にあんたのところに来てくれて良かったんじゃないの? 引き渡すにしろ逃すにしろ、全然行方もわからないよりは奏多の好きにできるでしょ」
まぁそうなんだけど、と笑った男の声が俄かに明るくなる。
「今夜何食べたい?」
「残念だけど私はいらないわ。今夜は外で食べて帰るから」
つれないなぁ、と悲しそうに呟き、項垂れているのがはっきりとわかるような声で「バイバーイ」と通話が切れる。
ふっと女が笑った。どうせ画面の向こうでまたあの男は人形を愛でているのだ。自分そっくりに作られたその人形を思い返し、「バカな男」と呟いた。
二人は知らない。柳原桜乃実の研究テーマがDom同士の関係性であることも、柳原奏多が東條家から一言命令が下れば何でもする医師であることも。
誰も知らないところでつながり合った糸は、もつれ合い絡み合い、次第にかかった獲物を雁字搦めに縛り付けていくのだということも。
ドアを開けて声をかけた秋平に、忍が熱に潤んだ瞳を向ける。ああ、昔はこうして涙を浮かべた忍を見るとひどく興奮して自分が止められなくなったな……とちくりと胸を刺すような後悔がよぎる。
秋平のDom性──強すぎる嗜虐欲は、普段はそれほどまでに暴走しない。忍と縁が切れてから再会するまで、取っ替え引っ替えの相手で済んでいたように、特定の相手を作らなければその欲はそれほどひどくならない。ただ、一度執着できる相手を見つけると際限なくエスカレートし、生活態度や性行為、その他全てを管理のもとに置かなくては気が済まなくなるのだ。元々子供に手を出していたことからも、相手を屈服させることにも強い満足感を覚える嗜好だとカウンセラーに告げられた時、自分は間違いなく異常者だなと自嘲した。
そう、別に秋平はペドフィリアでもなんでもない。ただ相手を支配下に置くこと、そこに喜びを感じる人間だというだけだ。Domならば誰でもこの傾向はあり、Glareが強い分Dom性も強い秋平はそれが抑制できないのだとそのカウンセラーは言った。人形のように愛らしい、少女のような女性の心理療法師。確か、名前は── 桜乃実。柳原桜乃実。
物思いに耽りかけた己を現実に引き戻し、忍の枕元に歩み寄ってその額に手を当てる。確かにかなりの高熱だ。感触としては39度前後……40度行っているかもしれない。瞬が狼狽するはずだ。懐から取り出した体温計を忍の体を軽く持ち上げて脇に挟む。上腕を抑えて待つこと30秒、体温計にはやはり40.2℃という数字が浮かび出た。
「お前、どうして解熱剤使わなかったんだ。渡しておいただろうが」
「ごめん、忘れていた……瞬のことで手一杯になっていたんだ」
珍しく率直に大変だったと口にしてしまい、しまったと眉を寄せる。聴覚のいい瞬に聞こえてしまっていないかと気にするその額を秋平が軽く指で弾く。
「いった……」
「バカが。そんなことだから自分のことを忘れるんだよ、お前は。嫌だろうがなんだろうが我慢してもらうぞ。動くなよ」
そのままうつ伏せにしようとする秋平に忍が弱々しく待ったをかける。
「いや、それは僕が自分でやる……」
「できるならな」
淡々と言い放ち、その指に坐薬を持たせる。すぐに取り落とす忍を眺めて「どうするんだ」と問えば、諦めたように「頼む」と嘆息した。
学生の頃だったらこのままひどい強姦に持ち込んだだろうが、幸か不幸か医師としてのキャリアが長いせいでそれほど興奮もしない。こんなことでいちいち勃っていたら仕事にならないのだ。手早く医療用の使い捨て手袋をはめて、忍の尻を割り開く。そしてこれもキャリアが長いせいで嫌でも見慣れているそこを眺め、相変わらずこいつは肌だけは綺麗だなと場違いな感想を抱きながら手早く挿入し、指で数センチ奥にぐっと押し込んでしばらく待つ。忍の方もまともに体力があれば多少の羞恥は感じたかもしれないが、熱のだるさの方が今は強く、直腸の感覚もよくわからない。非常に淡々としたまさに医療行為としてだけの空気が流れることにお互いに苦笑した。
「すぐには動くなよ。もう一度挿れられるのも嫌だろ」
指を抜いて釘を刺す秋平に「わかってる」と答え、服を整えようとして突っ伏す。秋平が手慣れた手つきで体を持ち上げ、ボクサーパンツと部屋着を引っ張り上げた。
「ポジションは知らん。自分でやれ」
「いや、今それはどうでもいいな……」
くだらない会話をしながら、秋平が忍の枕元のミネラルウォーターのボトルを遠慮なく取り上げて、代わりに持って来ていた経口補水液のボトルを押し付ける。
「説教されたいのか? Domのくせに」
「お見通しか」
「佑は後でお仕置きしてやらないとな」
忍が仰向けになるのを手伝ってやって、布団を肩までかけてやると、忍が
「瞬は大丈夫だったかな」
と問いかけてくる。今は副反応だから別にいいのだが、本当に風邪でも引いた時にはこいつらは二人とも引き剥がしてやらないと治らないなと頭の隅で考えながら、
「いい子にしてるよ、今はな」
と小さく笑った。
「あいつがいい子でいられる時間はそんなに長くないのは知ってるだろ。何かしでかす前に回復するように少しでもちゃんと寝ろ」
ぽん、と髪に手を乗せられて複雑な顔をする。
「……先輩。再会できたことを僕は良かったと思ってる」
呟くようにそう言ってくれる後輩の顔をしばらく眺め、秋平が触れるだけのキスを唇に掠めた。
「俺もだ。だからあんまり煽ってくれるな。今度はまともな関係でいたいんだよ、俺は」
「奏多、私よ。東條忍の名前、思い出したわ。先日釈放された連続強姦魔のDomとの面会にしょっちゅう来てた。何回か私も同席して話し合いをしてるわよ」
Camelの煙が薄暗い更衣室にけぶる。窓の向こうの夕陽が逆光になっていて、電話をしている女の顔は見えない。きらりとメガネの縁が光った。
「ああ、やっぱりそうなんだねぇ~~。うーん、困ったなぁ。お得意様から連れ戻すように言われているんだけど、僕の患者を商品みたいに扱うのは嫌だなぁ」
ぽってりとした唇から煙を吐き出し、女がつまらなさそうに指摘する。
「まぁ、だから先にあんたのところに来てくれて良かったんじゃないの? 引き渡すにしろ逃すにしろ、全然行方もわからないよりは奏多の好きにできるでしょ」
まぁそうなんだけど、と笑った男の声が俄かに明るくなる。
「今夜何食べたい?」
「残念だけど私はいらないわ。今夜は外で食べて帰るから」
つれないなぁ、と悲しそうに呟き、項垂れているのがはっきりとわかるような声で「バイバーイ」と通話が切れる。
ふっと女が笑った。どうせ画面の向こうでまたあの男は人形を愛でているのだ。自分そっくりに作られたその人形を思い返し、「バカな男」と呟いた。
二人は知らない。柳原桜乃実の研究テーマがDom同士の関係性であることも、柳原奏多が東條家から一言命令が下れば何でもする医師であることも。
誰も知らないところでつながり合った糸は、もつれ合い絡み合い、次第にかかった獲物を雁字搦めに縛り付けていくのだということも。
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