スパダリ社長の狼くん【2】

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第二章

1話

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 涼やかな見た目をシックなフロックコートに包んだ初老の男と、茶卓を挟んで相対する。昔から可能な限り避けた状況だった。

 東條清峰きよたか──東條家の8代目の当主は、その一族の誰であろうと滅多に会話を交わさない。限られたごく少数の使用人以外は部屋への立入され許されず、ましてや呼び付けられるなどまずあり得ないことで、その不文律を彼が乱すのは清峰が手づから屋敷の誰かに仕置きを下す時なのだと一族の人間は愚か、出入りの業者や端遣いの使用人ですら分かっていたからだ。今回はただ教えを乞うためだけだと事前に連絡を入れたはずなのに、当然のように清峰の書斎に通され、背中にじっとりと脂汗が滲んだ。

 眼前の男から感じる圧倒的なGlare。規格外と言われる忍をさらに凌駕するほどの威圧感に耐えながら簡単におとないの理由を説明した忍に、手元で湯呑を弄んでいた清峰の手が止まる。
 パタン、と小さく鳴ったのは閉じたまま座卓に下ろされた一見何の変哲もない鼈甲の優美な扇子だ。しかし、忍は極力それを視界から追い出した。扇子そのものではなく、この男と鼈甲という組み合わせが東條家の子供達の間では不確かではあったものの、まことしやかに囁かれていた夜伽の噂を彷彿とさせるから。



 柳原が東條家を知っているかもしれないことを失念していた。安曇への伝言にはご丁寧に「行かないなら迎えにくるよう連絡入れるからね」と添えられており、逃げるに逃げられず重い足を運んだのだが、やはりどこを見ても良い思い出がなさすぎる。

「忍。お前が本家に戻らなくなってもう何年になるだろうな?」

 気圧されないよう気力を張り詰めさせて、まっすぐに顔を上げる。

「そろそろ18年……ですね」
「そうだな。忍、お前は兄弟たちの中でも頭角を表した子供だった。なぜ、ことがうまく運んでいる中でも私に報告一つできなかった?」
「申し訳ありません。多忙でしたので」
 棒読みの、いかにもその場を乗り切るためだけと言った忍の言葉に清峰がその威圧的な黒い瞳をすっと忍に据えた。
「ほう。ではまた惨めに影間のようなことをしていたのか。男でありながら男を誑かす手管だけはたっぷりと教え込まれているようだと親族会では噂になっている」
 忍が小さく視線を外す。それが分かっているから帰省などする気にならなかったのだ。
「まぁいい。それで、お前のその凶暴性を抑える方法を知りたいというのか。私に聞いて答えが出ると思ったか? 幼い日にお前たちに与えたあの部屋でどのような教育をされたのか忘れたのか」
 ぞわっと背筋が凍った。フラッシュバックするかのように閉ざされた奥の間が蘇る。



 東條家は、代々Domばかりが生まれる変わった家系だ。一般的に第二性の遺伝のメカニズムはまだよくわかっておらず、Dom同士で結婚し、子を成したとしてもかならずDomが生まれるわけではない。にもかかわらず、東條家にはSubもNormalもいないのだ。攻撃性が強く競争心も高い彼らだからこそ名門となり得ているのだ。
 そして、子供たちは幼い頃から当然のようにそのDom性をより強く、より嗜虐的に、より排他的に伸ばされるのだった。最初はコップを割る。次は人形を引き裂く。その次は虫、ネズミ……。

「……お前が18歳で東大に受かったと報告に来た時もそんな顔をしていたな。負け犬の顔だ」
 冷たく己を切り捨てる実父の顔を見返せないまま、絞り出すように頼む。
「どう蔑まれても構いませんが、あなたも僕たちと同じ教育を受けてこられたはずでしょう。けれど、普段のあなたには威圧感こそあれ 嗜虐欲は見られない……どう抑えていらっしゃるんですか。教えてください……お願いです」
 床に両手を揃えて深く頭を下げる。
 ふん……、と考え込むような声と共に舐めるような視線が頭の先からつま先まで視姦しているのを感じた。

「まぁ、威勢の良かっただけが売りの愚息がようやく人に教えを乞うということを覚えたようだからな。四十手前にしてようやく、か……お前の容姿ならば構わんが。教えて欲しいのならば対価は払えるだろうな」


 


 嗜虐性は、Dom共通の因果……考えうる『対価』は、金ではなかった。

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