スパダリ社長の狼くん【2】

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第一章

12話

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「理系特進クラスなんてさ、金になるならどの科でも良いから医者になれって言われてるようなヤツ多いんだよねぇ」


 安曇が苦笑とともに教えてくれたそのクリニックは、第二性専門のD/S外来だ。全国でもあまり数がいないD/S専門医は、色々と苦労も多いが確実な就職先がある。なりたいと思う人間はいるのに絶対数が少ないのは、結局のところ本能というどうしようもないものに支配されて苦しむ彼らに寄り添い続けるのはとても心を削るから、ということと、単純に第二性への偏見のせいだ。最近ではある程度知られてきてはいるものの、今もまだSM趣味との違いがわからないといったマイナスな声は聞こえてくる。そもそもSMだって何も人に迷惑かけることじゃないのにねぇ~、とメガネを押し上げながら忍と瞬の担当医となった柳原という男が笑う。異様なのはその診察室にごくごく当たり前のように大きなドールが無数にいることだろうか。忍は付き合いも広いので知り合いに何人かいるが、瞬には少々刺激が強いかもしれない。

「あ、びっくりした? 僕ドールオーナーなんだ~、すっごく可愛いでしょ? 生きた女の子みたいに強かじゃないし、ふわふわのドレスもセーラー服も何でも着こなすハイパー奥さん!」
「え、ええ……」

 案の定明らかに引いた顔をする瞬の背を柳原に気付かれないようにぎゅっとつねる。

「いっ」

 小さく声を上げた瞬に、柳原がニヤニヤとする。

「なるほど~、叱るのはそっちの彼なんだね。で、D/S外来へようこそ。何がお悩み?」
 軽い調子で聞いてくれるが、非常にセンシティブな話題であることをわかっているのかと瞬が軽く睨む。
「ん~? 簡単に言えるかって顔してるね。まぁそうね、そりゃ君たちから見たらそうだと思う。欲求が欲求だし恥ずかしいと思うのも無理ないし、Domの皆さんなんかは犯罪者になっちゃうんじゃないかなんて言い出す人もいるしね。ちゃんと重さはわかってるよ。んでも、ほら、わかる? 君たちペアで受診なんて、絶対にパートナーとのプレイの齟齬でしょ? ここで解決できなきゃ他のパートナーを探すしかない。で、目の前には僕っていう解決の糸口を握ってる人間がいるんだよ? 利用してくれないと」

 忍は一瞬だけ瞬をチラリと見遣ってから、「実は」とすぐに本題に入った。

「彼には何も問題はないんです。僕のDom性の抑制剤を処方してほしいというだけで」
 
 淡々とした声音からはあまり内情が読み取れないな……と柳原は抜かりなく二人の関係性をこの瞬間も観察している。





 D/S外来を訪れる第二性のパートナーは多くがそのプレイ内容への要望がマッチしていないことに悩んでいる。
 単にプレイと一口に言っても、コマンドに従うだけで服従嗜好が満たされて充分という人もいれば、がんじがらめに支配されて初めて愛を確認できるという重めのSubもいる。Domもそれは同じで、犯罪者になりかねないほどの凶悪性に悩むものもいれば、庇護欲がすぎてパートナーを監禁してしまうケースまで多種多様だ。ただ、圧倒的に言えるのは「物理的に被害者になりうるのはSub」だということだ。もし本当に危険な関係にあるのであれば、緊急措置としてDomから引き離すこともできるように最近では法令も整備された。
 瞬の体の外傷の有無を目視しながら、忍に対する態度も観察する。
 D/Sの主従関係においては、Domに完全に怯え切っているSubもしばしば目にするが、彼らの場合はそうではないのはよくわかる。瞬は自らの意思で忍に従っており、忍も瞬に強制的な権力を振るっているわけではない。第二性パートナーとしては花丸をあげたいくらいだねぇ~と内心口笛を吹く。
 案の定、主人がまだ発言中だというのに瞬は割り込むように口を開く。対等なのだ。
「違います、抑制剤なら俺も欲しいです……俺も問題ないなんてことないので」
 これだけでもバッチリだね、と柳原はパタンとカルテを閉じた。

「うん。却下だね」

 爽やかに切り捨てられて二人揃って仲良く絶句する。
「あのねぇ~、君たちパートナー契約まで結んでるんだよねぇ? 抑制剤ってのはね、どうしてーもどうしてもマッチングできなくて、ほんっとうに困ってる人のためにあるの。目の前にちゃんと欲求解消できる相手がいるのにそんな困ってる人の薬を取っちゃうのかな~? まぁ、見た感じプレイの要望がお互いマッチングしてないみたいだから、まずは抑制剤より先にプレイの取り決めとかガイドラインとかちゃんと二人で話し合ってできるプレイを模索しなさ~い。どうしても無理だったらココの病院、そういうのの修正療法っていうのがあるからそれに参加したらいいよ。それでも無理ならパートナーとしてやってけないね」

 一番二人が見ないふりをしていた一言を笑顔で吐かれ、ザクっと心に突き刺さったそれを無理やり引き抜く。

「ま、それはないと僕は思うけど? 君たち僕には珍しいくらい良い関係を築けているように見えるからねぇ~。ちょっとお付き合い上の安定期に入って気が緩んじゃっただけじゃない? そういう時にちゃんとコミュニケーション取らないと別れ話に一直線だから、まずはちゃんとお話ししてね~。Domの方の東條さんは怪我をさせないことだけは気をつけるようにね。じゃこれで診察終了。バイバーイ」

 柳原がデスクに座っていた60cmほどの少女のドールを手に取って、片腕に座らせながら反対の手でその小さな手を振らせる。全てを柳原に操られて身を任せているその人形にすら少し羨望を感じるほど、瞬は限界寸前なのだった。








「あ~あっちゃん? 来たよ~君の紹介の子たち。ん~~なんていうのかなぁ、全然問題なしだと思う。抑制剤は副作用も出やすいし、パートナーがいるなら本来薬に頼るところじゃないしね。あとは対話次第だと思うよ」
 柳原と通話を繋いでいた安曇がため息をつく。
「そうだよねぇ。オレも正直それしかないとは思うんだけど、本当に素直じゃないからさ、特に東條さんの方が。手を焼くよ」
 安曇の声に笑っていた柳原が不意に忍のカルテを開く。現住所は東京都港区白金台……。
「ねぇ、この東條さん、出身県はどこ?」
「え? いや、ええっとどこだったかな……確か鎌倉の方だったと思ったけど」
「ほほお……それはそれは、うん……D/S外来始まって以来の大物患者さんだねぇ~……」
 柳原が呟く。第二性に関わっていて関東を中心に活動をしていれば必ず知っているはずの名家なのだ。
「うん、じゃー話が違うわ。そんなの僕のところに来るよりご実家で聞いて来なさいって伝言よろしく」
「うん……? わかった。ああ、そういえば 桜乃実ホノミちゃんにも一応よろしくって言っとく」
「一応ってなんなのー! 僕の大事な奥さんなのに!」
「いやぁ、人形者の世界はまだオレも未踏襲だからねぇ」
 くだらないやり取りをしながら、オレもよく10年も会ってなかった同級生の趣味覚えてたなぁとしみじみする。まぁ、正直当時は人生初の10万円超えの買い物だとテンパっていた柳原が「奥さんだ!」と紹介してくるとは思っていなかったが……人生なんてそんなものだ。それぞれやりたいように生きてるもんなんだろうなぁと遠い目になった。
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