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キーンコーンカーンコーン
授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、一時間目が始まった。
「はい、それでは授業を始めましょう」
教壇に立って話しているのは社会科担当のピタ沢先生。いつも礼儀正しいナイスガイなのだけれど、少し話が長いのが玉にキズだ。
「今日は古代ギリシアのところをやっていきますよ。教科書26ページを開いてください」
いわれた通り26ページを開くと、まず目に入ったのはピタゴラスの定理で有名な数学者、ピタゴラスの写真だった。
(今日はピタゴラス回か……あの先生ピタゴラス好きで有名だからなぁ、こりゃ話が長くなるぞ……)
そして僕の予想通り、先生は長い間ピタゴラスについて語った。
興奮しすぎたのか、途中からハァハァしながら語っていてちょっと気持ち悪かった。いい年こいたおっさんがこれまたおっさんのピタゴラスに興奮する様は絵面的にキツイものがあり、僕は教科書のピタゴラスの写真に落書きをすることで前をあまり見ないようにした。
ピタゴラスを今どきのヤンキー風にカスタマイズし終わり、お隣のアルキメデスを清楚系のJKにしようと苦心していると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「おっと……少し長いこと話しすぎてしまったようですね、すみません。それでは授業を終わります」
少しってレベルじゃねーよ。授業時間全部ピタゴラスに使うってどういうことだよ。
そのあと2時間目の数学、3時間目の国語と授業は滞りなく進み、ついに僕が一番恐れていた数学実習の時間がやってきた。
僕が存在しているこの世界は普通の人間の世界とは違う。数学の世界だ。
この世界ではお金を稼ぐために自分の持つ性質を生かし、問題を作成してそれを人間に使用される必要がある。そしてその問題を作成する能力を鍛えるための授業が、この数学実習というわけだ。だから絶対に必要だとわかってはいるのだが……。
いかんせん僕はこの授業が苦手なのだ。なぜかって?
その理由はこの授業、ペアを組んで作業することがほとんどだからだ。
特性を生かして作れといっても、自分ひとりだけでは難しいことが多い。
そのためたいていは2、3人で協力するのが普通だ。
だから当然授業でもペア、もしくはトリオを組んで作業しなければならない。
だがご存知の通り僕は嫌われものだ。そんな僕とペアを組みたがるやつがいるだろうか?答えは否だ。たいていのやつは嫌悪に満ちた視線を僕に向けるのみ。
だから、僕はこの授業が嫌で嫌でたまらなかった。
重い体を引きずるようにして、数学実習の教室へと向かう。
うつむきながら歩を歩めていたが、前方から女子特有の甲高い笑い声が聞こえふとそちらに視線をやると、仲良しグループのsin子、cos美、tan乃達が姦しく談笑していた。
「ねぇきいてきいて!うちのパパ、S台の模試に採用されたの!」
「マジで!? S台とか、超エリートじゃん!」
「いいなー、うちの父さんなんて、中学生向けの問題集だよ……cos美の父さんがうらやましい……」
tan乃の言う通り、S台の模試なんてものは相当なエリートで、よほど賢くないとなかなか採用されないところだ。人間の世界でいう大手企業みたいなものだろうか。ちなみに一般的な問題集は人間世界でいう普通のサラリーマン、センター試験などの受験用問題ともなると官僚クラスになる。
「でもまぁ、うちらも3人で組めば、模試にだっていけるでしょ!」
「よね!だって私たち、最強だもんね!」
「いけるいける!」
そんな風に笑いあう3人の顔は、希望と自信に満ち溢れていて。
うらやましい。そう強く思うのと同時に、胸にツキンとした痛みが走り、僕はまたうつむくようにして歩を速めた。
数学実習の教室に入ると半数以上の人がすでに居り、各々が楽しそうにしゃべっていた。僕はそれを横目に、ひとり自分の席へ着く。
おそらくほとんどの子がペアをすでに組んでいるのだろう。どんな問題にする~?なんて話し合っている。この様子ではペアをつくれる子はもう残ってなさそうだ。
困り切った僕が周囲をうろうろと見渡していると、一人ポツンと座っている子が目に入った。二郎くんだ。あの様子ではおそらくまだペアは見つかってないだろう。
朝は結局話しかけることができなかった。しかし僕と同じようにひとりぼっちのようだし、仲良くなるとしたら今が絶好のチャンスだ。この機会を逃す手はない!
(勇気をだすんだ!僕!)
深呼吸をひとつして席を立ち、二郎くんのところまで歩いた。
おそるおそる声をかける。
「ね、ねぇ、もしかしてまだペア見つかってない?その……もしよかったら僕とペア組まない?」
よし、うまく言えた。ドキドキしながら二郎くんの返事を待つ。
二郎くんは最初驚いたようだったが
「うん、ぼくもペア見つからなくて困ってたんだ。ぼくでよければ……」
そう言って、ぎこちなくはにかんだ。
拒否されなかった。その事実が僕を言いようもない幸せで満たしていく。
「う、うん!よろしくね!」
初めて数学実習の授業が楽しみに思えた。
授業の始まりを告げるチャイムが鳴り、一時間目が始まった。
「はい、それでは授業を始めましょう」
教壇に立って話しているのは社会科担当のピタ沢先生。いつも礼儀正しいナイスガイなのだけれど、少し話が長いのが玉にキズだ。
「今日は古代ギリシアのところをやっていきますよ。教科書26ページを開いてください」
いわれた通り26ページを開くと、まず目に入ったのはピタゴラスの定理で有名な数学者、ピタゴラスの写真だった。
(今日はピタゴラス回か……あの先生ピタゴラス好きで有名だからなぁ、こりゃ話が長くなるぞ……)
そして僕の予想通り、先生は長い間ピタゴラスについて語った。
興奮しすぎたのか、途中からハァハァしながら語っていてちょっと気持ち悪かった。いい年こいたおっさんがこれまたおっさんのピタゴラスに興奮する様は絵面的にキツイものがあり、僕は教科書のピタゴラスの写真に落書きをすることで前をあまり見ないようにした。
ピタゴラスを今どきのヤンキー風にカスタマイズし終わり、お隣のアルキメデスを清楚系のJKにしようと苦心していると、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「おっと……少し長いこと話しすぎてしまったようですね、すみません。それでは授業を終わります」
少しってレベルじゃねーよ。授業時間全部ピタゴラスに使うってどういうことだよ。
そのあと2時間目の数学、3時間目の国語と授業は滞りなく進み、ついに僕が一番恐れていた数学実習の時間がやってきた。
僕が存在しているこの世界は普通の人間の世界とは違う。数学の世界だ。
この世界ではお金を稼ぐために自分の持つ性質を生かし、問題を作成してそれを人間に使用される必要がある。そしてその問題を作成する能力を鍛えるための授業が、この数学実習というわけだ。だから絶対に必要だとわかってはいるのだが……。
いかんせん僕はこの授業が苦手なのだ。なぜかって?
その理由はこの授業、ペアを組んで作業することがほとんどだからだ。
特性を生かして作れといっても、自分ひとりだけでは難しいことが多い。
そのためたいていは2、3人で協力するのが普通だ。
だから当然授業でもペア、もしくはトリオを組んで作業しなければならない。
だがご存知の通り僕は嫌われものだ。そんな僕とペアを組みたがるやつがいるだろうか?答えは否だ。たいていのやつは嫌悪に満ちた視線を僕に向けるのみ。
だから、僕はこの授業が嫌で嫌でたまらなかった。
重い体を引きずるようにして、数学実習の教室へと向かう。
うつむきながら歩を歩めていたが、前方から女子特有の甲高い笑い声が聞こえふとそちらに視線をやると、仲良しグループのsin子、cos美、tan乃達が姦しく談笑していた。
「ねぇきいてきいて!うちのパパ、S台の模試に採用されたの!」
「マジで!? S台とか、超エリートじゃん!」
「いいなー、うちの父さんなんて、中学生向けの問題集だよ……cos美の父さんがうらやましい……」
tan乃の言う通り、S台の模試なんてものは相当なエリートで、よほど賢くないとなかなか採用されないところだ。人間の世界でいう大手企業みたいなものだろうか。ちなみに一般的な問題集は人間世界でいう普通のサラリーマン、センター試験などの受験用問題ともなると官僚クラスになる。
「でもまぁ、うちらも3人で組めば、模試にだっていけるでしょ!」
「よね!だって私たち、最強だもんね!」
「いけるいける!」
そんな風に笑いあう3人の顔は、希望と自信に満ち溢れていて。
うらやましい。そう強く思うのと同時に、胸にツキンとした痛みが走り、僕はまたうつむくようにして歩を速めた。
数学実習の教室に入ると半数以上の人がすでに居り、各々が楽しそうにしゃべっていた。僕はそれを横目に、ひとり自分の席へ着く。
おそらくほとんどの子がペアをすでに組んでいるのだろう。どんな問題にする~?なんて話し合っている。この様子ではペアをつくれる子はもう残ってなさそうだ。
困り切った僕が周囲をうろうろと見渡していると、一人ポツンと座っている子が目に入った。二郎くんだ。あの様子ではおそらくまだペアは見つかってないだろう。
朝は結局話しかけることができなかった。しかし僕と同じようにひとりぼっちのようだし、仲良くなるとしたら今が絶好のチャンスだ。この機会を逃す手はない!
(勇気をだすんだ!僕!)
深呼吸をひとつして席を立ち、二郎くんのところまで歩いた。
おそるおそる声をかける。
「ね、ねぇ、もしかしてまだペア見つかってない?その……もしよかったら僕とペア組まない?」
よし、うまく言えた。ドキドキしながら二郎くんの返事を待つ。
二郎くんは最初驚いたようだったが
「うん、ぼくもペア見つからなくて困ってたんだ。ぼくでよければ……」
そう言って、ぎこちなくはにかんだ。
拒否されなかった。その事実が僕を言いようもない幸せで満たしていく。
「う、うん!よろしくね!」
初めて数学実習の授業が楽しみに思えた。
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