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「やあ、カナン。久しぶりだね。」
五十代くらいの穏和な笑顔の神父がカナンに話しかけてきた。ここは王都にあるサンピテロ教会だ。カナンとサフィーアはあの肖像画を見てもらいに来ていた。
「神父様、お久しぶりです。今日はちょっとお願いがあって参りました。」
「おや、改まって何だい?」
カナンが包んでいた布の結び目を解いて肖像画を見せた。その途端、神父様の顔から笑顔が消え悍ましいものを見るような顔になった。暫く見つめるとハッと我に帰って首を振り、胸の前で十字を切った。
「カナン…これは一体。」
「やはり『呪い』ですか?神父様にこの『呪い』をとくことはできますか?」
「あ、いや、私には無理だ…。大司教様に相談しよう。これはどこで?あ、そ、その前に大司教様を!」
暫く待ちながら肖像画を見つめる。なんて事ない普通の絵だ。この絵のロジェは確かに美しいと思う。でもそれだけだ。カナンは自分が魔力が弱いからなのか、と思い隣に座るサフィーアに尋ねてみた。
「サフィーア様はこの肖像画を見て何か感じますか?」
「うーん、いや、わからないな。ゾッとする感じはするが…」
その時大司教様がやって来た。七十代くらいの口髭を蓄えたどこにでもいそうな老人だ。柔和な物腰だか何か圧倒されるようなオーラがある。聖なる色の赤いローブを羽織っている。二人は慌てて立ち上がり膝跨いだ。
「いや、楽に。カナン、だったな?君にはいつも感謝している。貧しい民のために薬を分け与えてくれるているとガルシアに聞いているよ。それで今日は?あぁ、この絵じゃな?」
二人は立ち上がって一礼した。先ほどのガルシアと呼ばれた神父が肖像画を大司教に見せた。
「あぁ、これは…。『怨念』じゃ。」
「『怨念』…?」
「そうじゃ。強い負の気持ちじゃよ。これは作った者の強い恨みや憎しみが形になったものじゃ。」
「『呪い』とは違うのですか?」
「同じようなものだな。悲しい感情じゃ。『聖火』」
大司教は聖なる火の魔法陣を唱えた。その手に小さな青い炎が現れる。美しく心が洗われるような炎だ。そのまま炎がロジェの絵に触れた。炎は大きくなり絵を包んだ。大司教の額に汗が滲む。美しかった青い炎は徐々に黒く変化した。
「…大司教様っ!」
ぐらりと大司教の体が大きく揺れた。ガルシアが咄嗟に支える。大司教は息も絶え絶えだ。
「ワシも歳を取りすぎた…。今のワシの力ではもう…。」
黒い炎が消えた。肖像画は傷ひとつ付いていない。ガルシアに支えられて大司教がソファーに腰を下ろす。
もうどうする事も出来ないのか…。
「大司教様のお力でもどうする事も出来ないのですか?この絵を見ると『呪い』が発動してしまうのです。私の友人たちがこの『呪い』にかかっています。『呪い』をとかないと彼らは生きながらに死んだも同然になってしまう…。」
サフィーアが訴えた。
「大事な友人たちなのじゃな…。
ワシがまだ神学校に通っていた時じゃ。今から六十年以上昔にこれと似た怨念を感じた事がある。」
大司教が遠い目をしながら言った。
フォーゼットの地よりさらに北にデスカルロ山という山がある。学生時代、登山が趣味だった神学校の友人らとその山に登った。デスカルロのデスは死を意味していると言われている。寒く険しいその山に、まだ若く血気盛んな若者だった大司教たちは大した装備もせずに挑んだ。しかも季節は冬だった。山の天気は変わりやすい。途中で猛吹雪に合い遭難した。六人中二人が命を落とした。残りの四人も皆、命があったのが奇跡だった。それ以降もう山には登っていない。ただ薄れゆく意識の中で確かにこの肖像画と似た怨念を感じた。
「ワシの忘れてはならない悲しい思い出じゃ。神に仕える身となった今、ワシはその『怨念』を救わねばならない。しかしワシはもう山には登れんのじゃ。あの日以来、山には…。」
「私たちが真実に辿り着いたとしても『怨念』救う事はできないかもしれません。私はただ、愛する者たちを守りたいだけなのです。国すら滅ぼすこの『怨念』の元をこのままにしておく事はできません。」
サフィーアが膝の上で拳を握り締め俯きながら言った。愛する者を同志を引き裂き、操り、国までも滅ぼしてしまうロジェをこのままにしておく事はできない。ただ、サフィーアたちは大司教たちのように『怨念』救う術を持っていないのだ。
「もちろんじゃよ。君たちは君たちのすべき事を全力でしなさい。」
大司教はサフィーアの肩に手を置いた。皆、抱えているものは違う。大事なものも違う。考え方も違う。何が正解かなんてない。自分と大事なものを守りながら違うものを許して受け入れてあげなさいと優しく言った。カナンとサフィーアは大司教前に跪き、祈りを捧げた。
「国が滅びる時は人々の恨みや妬み、憎しみといった負の感情が膨らみ爆発する時じゃ。決して誰か一人のせいではない。発端となる何かがあったとしても誰がそれに便乗したり元々綻びがあったり…。
君たちが今、何をやろうとしているのか詳しくは聞かない。全ては神の思し召しじゃ。何があったとしても最後は相手を許してあげなさい…。そして怨念から解放してあげなさい。」
二人は肖像画を持ってフォーゼットに戻った。
『デスカルロ山』
そこに行ってみる価値はある。皆に教会での話しをした。
五十代くらいの穏和な笑顔の神父がカナンに話しかけてきた。ここは王都にあるサンピテロ教会だ。カナンとサフィーアはあの肖像画を見てもらいに来ていた。
「神父様、お久しぶりです。今日はちょっとお願いがあって参りました。」
「おや、改まって何だい?」
カナンが包んでいた布の結び目を解いて肖像画を見せた。その途端、神父様の顔から笑顔が消え悍ましいものを見るような顔になった。暫く見つめるとハッと我に帰って首を振り、胸の前で十字を切った。
「カナン…これは一体。」
「やはり『呪い』ですか?神父様にこの『呪い』をとくことはできますか?」
「あ、いや、私には無理だ…。大司教様に相談しよう。これはどこで?あ、そ、その前に大司教様を!」
暫く待ちながら肖像画を見つめる。なんて事ない普通の絵だ。この絵のロジェは確かに美しいと思う。でもそれだけだ。カナンは自分が魔力が弱いからなのか、と思い隣に座るサフィーアに尋ねてみた。
「サフィーア様はこの肖像画を見て何か感じますか?」
「うーん、いや、わからないな。ゾッとする感じはするが…」
その時大司教様がやって来た。七十代くらいの口髭を蓄えたどこにでもいそうな老人だ。柔和な物腰だか何か圧倒されるようなオーラがある。聖なる色の赤いローブを羽織っている。二人は慌てて立ち上がり膝跨いだ。
「いや、楽に。カナン、だったな?君にはいつも感謝している。貧しい民のために薬を分け与えてくれるているとガルシアに聞いているよ。それで今日は?あぁ、この絵じゃな?」
二人は立ち上がって一礼した。先ほどのガルシアと呼ばれた神父が肖像画を大司教に見せた。
「あぁ、これは…。『怨念』じゃ。」
「『怨念』…?」
「そうじゃ。強い負の気持ちじゃよ。これは作った者の強い恨みや憎しみが形になったものじゃ。」
「『呪い』とは違うのですか?」
「同じようなものだな。悲しい感情じゃ。『聖火』」
大司教は聖なる火の魔法陣を唱えた。その手に小さな青い炎が現れる。美しく心が洗われるような炎だ。そのまま炎がロジェの絵に触れた。炎は大きくなり絵を包んだ。大司教の額に汗が滲む。美しかった青い炎は徐々に黒く変化した。
「…大司教様っ!」
ぐらりと大司教の体が大きく揺れた。ガルシアが咄嗟に支える。大司教は息も絶え絶えだ。
「ワシも歳を取りすぎた…。今のワシの力ではもう…。」
黒い炎が消えた。肖像画は傷ひとつ付いていない。ガルシアに支えられて大司教がソファーに腰を下ろす。
もうどうする事も出来ないのか…。
「大司教様のお力でもどうする事も出来ないのですか?この絵を見ると『呪い』が発動してしまうのです。私の友人たちがこの『呪い』にかかっています。『呪い』をとかないと彼らは生きながらに死んだも同然になってしまう…。」
サフィーアが訴えた。
「大事な友人たちなのじゃな…。
ワシがまだ神学校に通っていた時じゃ。今から六十年以上昔にこれと似た怨念を感じた事がある。」
大司教が遠い目をしながら言った。
フォーゼットの地よりさらに北にデスカルロ山という山がある。学生時代、登山が趣味だった神学校の友人らとその山に登った。デスカルロのデスは死を意味していると言われている。寒く険しいその山に、まだ若く血気盛んな若者だった大司教たちは大した装備もせずに挑んだ。しかも季節は冬だった。山の天気は変わりやすい。途中で猛吹雪に合い遭難した。六人中二人が命を落とした。残りの四人も皆、命があったのが奇跡だった。それ以降もう山には登っていない。ただ薄れゆく意識の中で確かにこの肖像画と似た怨念を感じた。
「ワシの忘れてはならない悲しい思い出じゃ。神に仕える身となった今、ワシはその『怨念』を救わねばならない。しかしワシはもう山には登れんのじゃ。あの日以来、山には…。」
「私たちが真実に辿り着いたとしても『怨念』救う事はできないかもしれません。私はただ、愛する者たちを守りたいだけなのです。国すら滅ぼすこの『怨念』の元をこのままにしておく事はできません。」
サフィーアが膝の上で拳を握り締め俯きながら言った。愛する者を同志を引き裂き、操り、国までも滅ぼしてしまうロジェをこのままにしておく事はできない。ただ、サフィーアたちは大司教たちのように『怨念』救う術を持っていないのだ。
「もちろんじゃよ。君たちは君たちのすべき事を全力でしなさい。」
大司教はサフィーアの肩に手を置いた。皆、抱えているものは違う。大事なものも違う。考え方も違う。何が正解かなんてない。自分と大事なものを守りながら違うものを許して受け入れてあげなさいと優しく言った。カナンとサフィーアは大司教前に跪き、祈りを捧げた。
「国が滅びる時は人々の恨みや妬み、憎しみといった負の感情が膨らみ爆発する時じゃ。決して誰か一人のせいではない。発端となる何かがあったとしても誰がそれに便乗したり元々綻びがあったり…。
君たちが今、何をやろうとしているのか詳しくは聞かない。全ては神の思し召しじゃ。何があったとしても最後は相手を許してあげなさい…。そして怨念から解放してあげなさい。」
二人は肖像画を持ってフォーゼットに戻った。
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