オメガの秘薬

みこと

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その日の午後に母親が来た。京介さんが具合が悪いのを気付けなくて申し訳ありませんと頭を下げに来たと教えてくれた。

順調に回復して一週間後に退院した。京介さんが迎えに来てくれた。
俺たちは美涼や航の話しはしなかった。

来週からテストだ。勉強しないと…。
夏樹に連絡してノートを見せてもらったり、分からないところを教えてもらったりした。
テストは散々だった。でも受けられただけで良しとしよう。
そして…今夜京介さんと話をしよう。


「京介さん、俺と居て幸せだった?」

「あぁ、もちろん。」

「100%?」

「…半分は苦しかった。罪悪感もあったな。」

やっぱり苦しかったんだ。何も気付かなかったな。
俺はいつもそうだ。自分のことばかりで相手が苦しんでいるのに気付かない。
俺といると京介さんはずっと心に小さな棘が刺さったまま生きていかなければならない。
俺には彼を幸せに出来ない。こんなに良い人なのに…。

「そか。…今までありがとう。優しくしてくれてありがとう。大事にしてくれてありがとう。」

「うん。俺の方こそありがとう。」

ぎゅっと抱きしめてくれた。
二人で夜遅くまで抱き合って泣いた。

次の日荷物をまとめて実家に帰った。
来た時に段ボール三つだった荷物は五つに増えていた。全部京介さんが買ってくれたものばかりだ。

実家に郵送してくれると言ったので、お言葉に甘えることにした。とりあえず必要な物だけ持つ。

「じゃあ、ありがとう。元気で。」

「比呂も。本当に送らなくて良いのか?」

「うん。」

マンションのエントランスを出て後ろを振り返って頭を下げた。
ありがとう。ごめんなさい。そしてさようなら。


実家に帰ると母さんが出できてとても驚いていた。

「具合はどうなの?」

「平気。心配かけてごめん。」

「本当に?」

「あのさ、俺ここに戻ってきても良い?」

困惑した顔をしている。俺は親不孝ばかりしているな。

「京介さんは?」

「京介さんのせいじゃない。俺のせいだ。京介さんは優しくて真摯だったよ。俺がダメなんだ。」

「比呂…。あんたの家はここだよ。いつでも帰ってきて良いんだからね?」

「うん。ありがと。」

夜帰ってきた父さんは何も言わなかった。母さんがメールでもしたのかもしれない。いつものように笑って夕飯を食べた。
二人とも夜遅くまでリビングで話をしているようだった。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


「良いのか比呂?」

「うん。これで良い。」

夏樹に京介さんと別れたことを話した。何故そうなったのかも。

「クソっ!美涼、殺してやりてーな。人の人生を何だと思ってるんだ。」

「いや、俺がダメなんだ。航のことも、京介さんのことも受け止めてあげられなかった。苦しんだ二人を見捨てたのは俺だ。」

「比呂…。よし!次だ!次の恋だ!」

「あはは、当分いいよ。」

それからはひたすら勉強に励んだ。前期のテストがボロボロだったのでせめて後期は頑張ろう。
たまに夏樹と遊んだり、そこにあっくんも加わって…。
あっくんは面白くて良い人だ。良かったな、夏樹。
首の後ろのキスマークがすごいぞ!





俺は大学二年になった。
特に何もなく過ごしている。何人かのアルファに交際を申し込まれてけど断った。とてもそんな気にならない。
たまに京介さんからメールが来る。お互いの近況を報告するだけの短いやりとりだ。 



「へぇ、裁判の傍聴。」

たまたま美涼の裁判の日をネットで見つけた。
ちょっと行ってみるか…。何故こんなことしたのかも知りたかった。

裁判所の最寄駅を降りて歩いて向かった。
しまった。無理だな…。
裁判所の前は長蛇の列と取材陣でごった返していた。
話題になったニュースだもんな。
今でもオメガの秘薬の話は耳にする。闇サイトで売られているとも聞いた。

「帰るか…。」

諦めて帰ろうとすると腕を掴まれた。

「わっ!え?航…」

航だ。航も傍聴に来ていたのか。
久しぶりに見た航はあまり変わっていない。髪が少しだけ伸びたみたいだ。

「ヒロ。来てたの?」

「航も?」

「うん。すごい人だね。」

「諦めて帰ろうと思って。」

「俺も。」

何となく一緒に歩いて駅まで向かった。
航はずっと下を向いていた。

「ヒロ。実は俺、今日美涼を殺しに来たんだ。」

「は?」

殺しに来た?航は何を言っているんだ?

ほら、と言って肩に下げたデイバッグのファスナーを開けて中を見せてくれた。
中に二十センチほどの大きさのナイフが入っているのが見えた。
ナイフを見て驚いたまま、また航の顔を見る。
航は悲しそうに微笑んでいた。

「な、なん…で。」

「何でって。俺からヒロを奪ったんだ。俺とヒロの時間を…。」

航は泣いていた。驚いて声が出ない。美涼を殺す?航が?

「俺、法学部なんだ。法律を学んでる。罪を犯したら法で裁くことを学んでる。でも美涼を殺そうとした。殺したいほど憎い。」

「わ、航。」

航はずっと苦しんでいる。今もずっと…。きっとこの先も。

「でも、航はしなかったじゃん。殺さなかった。」

「うん。ヒロの顔見てやめた。」

「何で?」

「これ以上ヒロに嫌われたくない。軽蔑されたくない。」

航、俺は。俺はおまえを嫌ってない。もう嫌ってないんだよ。

「航は俺を許してくれる?」

「え?」

「おまえの話も聞かずに傷付けた俺を許してくれる?」

「ヒロ…。」

航が俺を抱きしめた。
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