オメガの香り

みこと

文字の大きさ
上 下
25 / 26

24

しおりを挟む
とうとう三十八週目に突入した。
三十六週目の妊婦健診のときに先生からいつ産まれても大丈夫、とお墨付きをもらった。
家事は慎一郎が全部やってくれるから一日中ソファーに座ってゆっくり過ごしている。
樹貴のときとは大違いだ。初めてだったし、シェルターのスタッフが付いていてくれたけど不安でいっぱいだった。
今ももちろん心配だけどそれ以上に慎一郎やお母さんが付いていてくれるから安心して過ごせている。

「いつ出てくるのかな?」

お腹を撫でながら話しかけた。ぽこぽこと元気そうだ。
慎一郎は書斎で仕事中だからコーヒーでも淹れて持っていこうかな。
僕にはノンカフェインのたんぽぽコーヒーを淹れよう。
そんなことを考えて幸せを噛み締めながら立ち上がった。

「あれ?」

お腹がぎゅーっとなった気がする。
すぐに座り直した。
しばらく座っているとまたぎゅーっとなった。
少し痛いかも…。あ、陣痛だ!
えっと、えっと、お母さんに樹貴をお願いして、病院に電話して…。
その前に慎一郎に知らせなきゃ。
大丈夫、少し落ち着こう。
一旦、深呼吸してからお腹を抑えて書斎に向かった。
またお腹がぎゅーっと張ってきた。

「慎一郎、ちょっと良い?」

「ん?どうした?」

ドアをノックして少し開けた。
振り返った慎一郎に話しかける。

「陣痛、来たかも?」

「……え?マジか⁉︎」

慌てて椅子から立ち上がろうとして転びそうになっている。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。えっと、まずは、病院に電話だな。」

「うん。」

慎一郎がスマホに登録してあった番号に電話をした。

「え?え?間隔?」

僕は電話を代わってもらい、十五分間隔でお腹が張ることを伝えるとすぐに来るように言われた。
お母さんにも電話をして陣痛が始まったことと、樹貴のお迎えをお願いした。

「荷物はこれだな?」

「うん。」

まとめておいたボストンバッグを持って車に乗り込む。

「よし、行くぞ。樹里、大丈夫か?」

「うん。まだ平気。」

「もうすぐ会えるからな。」

優しくお腹を撫でて車を発進させた。




「あー来た来た、痛ーい、痛いよー。」

「お父さん、しっかり腰をマッサージしてあげて。」

「樹里、ここか?大丈夫か?」

「違うよー、どこさすってるの!」

「あ、ご、ごめん。」

五分間隔で陣痛が来て痛みも強くなってきた。
慎一郎はあわあわするだけでしょっちゅう助産師さんと僕に怒られている。
それでも一生懸命出来ることをやってくれた。



「頭が見えて来ましたよ。もうすぐだから頑張って!」

「痛いー、あー、痛~い!痛いよー!」

「樹里、もうすぐだって。がんばれ!」

「慎一郎ー!痛いよー!」

「樹里、樹里、がんばれ。」



………。

「オギャー、オギャー!」

「産まれましたよ!元気な男の子です!」

僕が大騒ぎする声の後に元気な産声が響いた。
産まれた…。男の子だって…。良かった、無事に生まれて。
性別は産まれるまで聞かないことにしたんだ。
どっちでもきっと可愛いはずだって。

「樹里、樹里、ありがとう、樹里~、愛してる。」

「慎一郎、ありがとう。男の子だって。」

「ああ、聞いた。樹貴の弟だ。」

「うん。」

僕たちは分娩台の上で抱き合って泣いた。
助産師さんが、赤ちゃんの身体を綺麗にして連れて来てくれた。
くしゃくしゃの顔で泣いている。

「ふふ、可愛い…。」

「ああ。樹貴に似てるな。」

「うん。じゃあ慎一郎似だね。」

慎一郎は助産師さんに教えてもらいながらおっかなびっくり赤ちゃんを抱いている。

「名前、決めないとね。」

「そうだな。どんな名前がいいでちゅかね~。」

早速赤ちゃん言葉で話しかけている。

「僕、考えてたんだ。樹貴は僕から一文字取ったでしょ?だからこの子には慎一郎から一文字取りたい。どう?」

「良いのか?」

「僕がそうしたいんだ。」

まだふにゃふにゃ泣いている赤ちゃんを二人で見つめて微笑んだ。






「お母さん!」

「樹貴!」

「産まれたんでしょ?赤ちゃん見せて!」

「昨日からテンションが高くて全然眠らなかったのよ。今朝も早く行こう行こうって。」

お母さんが苦笑いしている。
みんなで話をしていると慎一郎がクベースを押して赤ちゃんを連れてきた。
樹貴と両親が歓声を上げて覗き込む。

「赤ちゃん!」

「まぁー可愛い。小さいわねぇ。赤ちゃんてこんなに小さかったっけ?」

「三千四百グラムだから大きい方だよ。」

「へぇ、こんなに小さいのに大きいほうって。」

「男の子でしょ?じゃあ樹貴の弟ね。」

「弟⁉︎」

お母さんに言われた樹貴が興奮している。

「そうだ。可愛がってやれよ?」

赤ちゃんを抱き上げた慎一郎がしゃがみ込んで樹貴にそのふにゃふにゃの顔を見せた。

「もちろんだよ。僕がお兄ちゃんだよ!」

みんなで写真を撮ったり抱っこしたりして赤ちゃんの誕生を喜んだ。






「名前どうしようか?」

「んー、慎、慎太郎、慎ノ介…。どれも良いな。画数も良いのか?」

「うん。まあまあだって。全部慎ちゃんだね。」

「俺と一緒だな。」

「ふふ。大きい慎ちゃんはどれが良いと思う?」

「慎二、これは画数が良いな。慎吾これも良い。」

「一生のことだもんね。難しい。」

慎一郎は名前を書いたノートを一生懸命見ている。
何個か候補は絞ったけどなかなか決まらない。

「慎弥か。良いな。」

最後のページを見た慎一郎が呟いた。

慎弥しんや?」

「ああ、どうだ?良いだろ?」

「うん。すごく可愛い。慎弥って顔してる。」

「よし、おまえは慎弥だ!」

慎一郎は腕の中の赤ちゃんの顔を覗き込んで名前を告げた。
壬生慎弥。すごく素敵な名前だ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

【完結】二年間放置された妻がうっかり強力な媚薬を飲んだ堅物な夫からえっち漬けにされてしまう話

なかむ楽
恋愛
ほぼタイトルです。 結婚後二年も放置されていた公爵夫人のフェリス(20)。夫のメルヴィル(30)は、堅物で真面目な領主で仕事熱心。ずっと憧れていたメルヴィルとの結婚生活は触れ合いゼロ。夫婦別室で家庭内別居状態に。  ある日フェリスは養老院を訪問し、お婆さんから媚薬をもらう。 「十日間は欲望がすべて放たれるまでビンビンの媚薬だよ」 その小瓶(媚薬)の中身ををミニボトルウイスキーだと思ったメルヴィルが飲んでしまった!なんといううっかりだ! それをきっかけに、堅物の夫は人が変わったように甘い言葉を囁き、フェリスと性行為を繰り返す。 「美しく成熟しようとするきみを摘み取るのを楽しみにしていた」 十日間、連続で子作り孕ませセックスで抱き潰されるフェリス。媚薬の効果が切れたら再び放置されてしまうのだろうか? ◆堅物眼鏡年上の夫が理性ぶっ壊れで→うぶで清楚系の年下妻にえっちを教えこみながら孕ませっくすするのが書きたかった作者の欲。 ◇フェリス(20):14歳になった時に婚約者になった憧れのお兄さま・メルヴィルを一途に想い続けていた。推しを一生かけて愛する系。清楚で清純。 夫のえっちな命令に従順になってしまう。 金髪青眼(隠れ爆乳) ◇メルヴィル(30):カーク領公爵。24歳の時に14歳のフェリスの婚約者になる。それから結婚までとプラス2年間は右手が夜のお友達になった真面目な眼鏡男。媚薬で理性崩壊系絶倫になってしまう。 黒髪青眼+眼鏡(細マッチョ) ※作品がよかったら、ブクマや★で応援してくださると嬉しく思います! ※誤字報告ありがとうございます。誤字などは適宜修正します。 ムーンライトノベルズからの転載になります アルファポリスで読みやすいように各話にしていますが、長かったり短かったりしていてすみません汗

記憶喪失の異世界転生者を拾いました

町島航太
ファンタジー
 深淵から漏れる生物にとって猛毒である瘴気によって草木は枯れ果て、生物は病に侵され、魔物が這い出る災厄の時代。  浄化の神の神殿に仕える瘴気の影響を受けない浄化の騎士のガルは女神に誘われて瘴気を止める旅へと出る。  近くにあるエルフの里を目指して森を歩いていると、土に埋もれた記憶喪失の転生者トキと出会う。  彼女は瘴気を吸収する特異体質の持ち主だった。

断罪希望の令息は何故か断罪から遠ざかる

kozzy
BL
病魔に倒れ命を散らした僕。あんなこともこんなこともしたかったのに…。 と思ったら、あるBLノベルゲー内の邪魔者キャラに転生しちゃってた。 断罪不可避。って、あれ?追い出された方が自由…だと? よーし!あのキャラにもこのキャラにも嫌われて、頑張って一日も早く断罪されるぞ! と思ったのに上手くいかないのは…何故? すこしおバカなシャノンの断罪希望奮闘記。 いつものごとくR18は保険です。 『チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する』書籍化となりました。 7.10発売予定です。 お手に取って頂けたらとっても嬉しいです(。>ㅅ<)✩⡱

ヒーローは洗脳されました

桜羽根ねね
BL
悪の組織ブレイウォーシュと戦う、ヒーロー戦隊インクリネイト。 殺生を好まないヒーローは、これまで数々のヴィランを撃退してきた。だが、とある戦いの中でヒーロー全員が連れ去られてしまう。果たして彼等の行く末は──。 洗脳という名前を借りた、らぶざまエロコメです♡悲壮感ゼロ、モブレゼロなハッピーストーリー。 何でも美味しく食べる方向けです!

運命のαを揶揄う人妻Ωをわからせセックスで種付け♡

山海 光
BL
※オメガバース 【独身α×βの夫を持つ人妻Ω】 βの夫を持つ人妻の亮(りょう)は生粋のΩ。フェロモン制御剤で本能を押えつけ、平凡なβの男と結婚した。 幸せな結婚生活の中、同じマンションに住むαの彰(しょう)を運命の番と知らずからかっていると、彰は我慢の限界に達してしまう。 ※前戯なし無理やり性行為からの快楽堕ち ※最初受けが助けてって喘ぐので無理やり表現が苦手な方はオススメしない

クズ男はもう御免

Bee
BL
騎士団に所属しているレイズンは、パートナーのラックに昼間から中出しされ、そのまま放置されてしまう。仕方なく午後の演習にも行かず一人で処理をしていると、遅刻を咎めにきた小隊長にその姿を見られてしまい、なぜだか小隊長が処理を手伝ってくれることに。 騎士ラック(クズ、子爵家三男)×平騎士レイズン(25才)の話から始まります。 恋人であるラックに裏切られ、失意の中辿り着いた元上官の小隊長ハクラシス(55才、ヒゲ、イケオジ、結婚歴あり)の元で癒やされたレイズンが彼に恋をし、その恋心をなんとか成就させようと奮闘するお話です。 無理矢理や輪姦表現、複数攻めありなので、苦手な方は注意してください。 ※今回はR18内容のあるページに印をつけておりません。予告なしに性的描写が入ります。 他サイトでも投稿しています。 本編完結済み。現在不定期で番外編を更新中。

処理中です...