オメガの香り

みこと

文字の大きさ
上 下
8 / 26

7

しおりを挟む
慎一郎が来た。見つかってしまった。
探していたと言っていたな。
きっと樹貴のことだ。
樹貴を産んだことがバレてしまったんだ。
どうしよう…。でも話せば分かってくれるかもしれない。
高校時代の慎一郎はすごく良いやつだった。
クラスは違ったので放課後図書室で会うことがほとんどだった。
休みの日はたまに一緒に遊びに行ったりもした。
優しくて紳士でアルファ独特の威圧感はなかった。
だから分かってくれる。
ダメだったらシェルターに戻ろうか。
せっかく樹貴が保育園に慣れたのに。
ため息をつきながら荷下ろしをしていた。

「どうしたの?元気ないじゃん。」

紗央莉さおりが話しかけてきた。
紗央莉はベータのシングルマザーだ。同じシングルマザー同士で話も合う。紗央莉は前の夫のD Vで離婚している。
相談してみようかな。

「あのさ、紗央莉さんは前の旦那さんと子どもは会わせてる?」

「えぇ?何急に。うちは会わせてないよ。子どもにも暴力を振るったし。だから離婚した。それなのに会いたがるんだよ。どの面下げてって感じだよね。」

「そっか。」

「何?樹貴のお父さんが会わせろって?」

「え?うん、まぁ。」

「ふーん。子ども産んだこと知らなかったんじゃなかったっけ。あ、バレちゃったのか。」

「たぶん…。」

「どうだろうね。親権が、とか言ってくるかもね。」

「え?はぁ。やっぱり…。」

「いや、でもさ。今まで育ててきたのは樹里だし、樹貴だってお母さんが良いって言うよ。あの子頭いいからさぁ、ちゃんと分かってると思うよ。いきなり来た父親と、一生懸命育ててくれた母親じゃあ、間違いなく母親でしょ。」

そうだよな。紗央莉さんの言う通りだ。
僕が樹貴の母親だ。堂々としていれば良いんだ。そう自分に言い聞かせた。

「ありがとう。少し元気出た。」

「良かった。何か困ったら遠慮なく相談しな。良い弁護士知ってるから。」

「うん。」

気合を入れ直して荷下ろしを続けた。
弁護士か。お願いするのにいくらかかるんだろう。



「お先に失礼します。」

「お疲れ様~。」

今日は時間ぴったりに終わった。ギリギリじゃなくお迎えに行けそうだ。
裏口から出て近道の路地に出ようとするとさっき見たスーツが目に入ってきた。

「樹里。」

「慎一郎…。」

こっちのバイトまで知られているんだ。
たぶんもう全部知ってるんだろう。
ジタバタしてもしょうがないな。

「仕事終わったのか?」

「うん。」

「そうか。大変だな。」

「え?まあ、仕方ないよ。中卒だし。」

一瞬、慎一郎の顔が歪んだ。
良いんだ。自分で選んだことだから。
卑屈な言い方をしてしまった。
誰のせいでもないのに。

「何の用。急いでるんだ。」

「少し話せないか?」

「十分だけなら。」

結局はお迎えはギリギリだな。

「歩きながらで良い?六時までに行かないと延長料金がかかるんだ。」

「延長料金?」

「そう。一回五百円だけど、僕には痛い出費だから。」

「何の延長だ?」

「保育園だよ。子どもの保育園。」

何故か慎一郎が止まってしまった。急いでるのに。
その顔は驚いて青ざめている。

「樹里、おまえ子どもが居るのか?」

「え?」

どういうこと?樹貴に会いに来たんじゃないのか?
僕に子どもが居ることを知らない? 
僕は唖然として慎一郎を見つめる。

僕たちはお互いに黙ったまま見つめ合っていた。

「あっ!やばい、時間が。」

また全速力で保育園に向かう。
慎一郎も無言で追いかけて来た。
周りから見ればおかしな光景だろう。
薄汚れた男を上等なスーツを着たの男が追いかけている。
泥棒と間違えられるかもしれない。

そのまま走って保育園の門を駆け抜ける。

「こんばんは!」

「お母さん、ギリギリセーフ!」

いつもの保育士さんが笑顔で迎えくれる。
樹貴が嬉しそうに走って近づいて来た。

荷物を持って保育園を出ると慎一郎が立っていた。

「樹里、おまえの子か?」

「そうだよ。」

慎一郎が樹貴をまじまじと見ている。
樹貴も負けじと慎一郎を見返す。

「お母さん、誰?このおじさん。お友達?」

「お母さん…?」

「そうだよ。僕が産んだんだからお母さんだろ?」

慎一郎は相変わらず魂が抜けたような顔をしている。
どうしたんだろう。
樹貴に会いに来たんじゃないのか?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

美形な兄に執着されているので拉致後に監禁調教されました

パイ生地製作委員会
BL
玩具緊縛拘束大好き執着美形兄貴攻め×不幸体質でひたすら可哀想な弟受け

【完結】二年間放置された妻がうっかり強力な媚薬を飲んだ堅物な夫からえっち漬けにされてしまう話

なかむ楽
恋愛
ほぼタイトルです。 結婚後二年も放置されていた公爵夫人のフェリス(20)。夫のメルヴィル(30)は、堅物で真面目な領主で仕事熱心。ずっと憧れていたメルヴィルとの結婚生活は触れ合いゼロ。夫婦別室で家庭内別居状態に。  ある日フェリスは養老院を訪問し、お婆さんから媚薬をもらう。 「十日間は欲望がすべて放たれるまでビンビンの媚薬だよ」 その小瓶(媚薬)の中身ををミニボトルウイスキーだと思ったメルヴィルが飲んでしまった!なんといううっかりだ! それをきっかけに、堅物の夫は人が変わったように甘い言葉を囁き、フェリスと性行為を繰り返す。 「美しく成熟しようとするきみを摘み取るのを楽しみにしていた」 十日間、連続で子作り孕ませセックスで抱き潰されるフェリス。媚薬の効果が切れたら再び放置されてしまうのだろうか? ◆堅物眼鏡年上の夫が理性ぶっ壊れで→うぶで清楚系の年下妻にえっちを教えこみながら孕ませっくすするのが書きたかった作者の欲。 ◇フェリス(20):14歳になった時に婚約者になった憧れのお兄さま・メルヴィルを一途に想い続けていた。推しを一生かけて愛する系。清楚で清純。 夫のえっちな命令に従順になってしまう。 金髪青眼(隠れ爆乳) ◇メルヴィル(30):カーク領公爵。24歳の時に14歳のフェリスの婚約者になる。それから結婚までとプラス2年間は右手が夜のお友達になった真面目な眼鏡男。媚薬で理性崩壊系絶倫になってしまう。 黒髪青眼+眼鏡(細マッチョ) ※作品がよかったら、ブクマや★で応援してくださると嬉しく思います! ※誤字報告ありがとうございます。誤字などは適宜修正します。 ムーンライトノベルズからの転載になります アルファポリスで読みやすいように各話にしていますが、長かったり短かったりしていてすみません汗

記憶喪失の異世界転生者を拾いました

町島航太
ファンタジー
 深淵から漏れる生物にとって猛毒である瘴気によって草木は枯れ果て、生物は病に侵され、魔物が這い出る災厄の時代。  浄化の神の神殿に仕える瘴気の影響を受けない浄化の騎士のガルは女神に誘われて瘴気を止める旅へと出る。  近くにあるエルフの里を目指して森を歩いていると、土に埋もれた記憶喪失の転生者トキと出会う。  彼女は瘴気を吸収する特異体質の持ち主だった。

断罪希望の令息は何故か断罪から遠ざかる

kozzy
BL
病魔に倒れ命を散らした僕。あんなこともこんなこともしたかったのに…。 と思ったら、あるBLノベルゲー内の邪魔者キャラに転生しちゃってた。 断罪不可避。って、あれ?追い出された方が自由…だと? よーし!あのキャラにもこのキャラにも嫌われて、頑張って一日も早く断罪されるぞ! と思ったのに上手くいかないのは…何故? すこしおバカなシャノンの断罪希望奮闘記。 いつものごとくR18は保険です。 『チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する』書籍化となりました。 7.10発売予定です。 お手に取って頂けたらとっても嬉しいです(。>ㅅ<)✩⡱

ヒーローは洗脳されました

桜羽根ねね
BL
悪の組織ブレイウォーシュと戦う、ヒーロー戦隊インクリネイト。 殺生を好まないヒーローは、これまで数々のヴィランを撃退してきた。だが、とある戦いの中でヒーロー全員が連れ去られてしまう。果たして彼等の行く末は──。 洗脳という名前を借りた、らぶざまエロコメです♡悲壮感ゼロ、モブレゼロなハッピーストーリー。 何でも美味しく食べる方向けです!

運命のαを揶揄う人妻Ωをわからせセックスで種付け♡

山海 光
BL
※オメガバース 【独身α×βの夫を持つ人妻Ω】 βの夫を持つ人妻の亮(りょう)は生粋のΩ。フェロモン制御剤で本能を押えつけ、平凡なβの男と結婚した。 幸せな結婚生活の中、同じマンションに住むαの彰(しょう)を運命の番と知らずからかっていると、彰は我慢の限界に達してしまう。 ※前戯なし無理やり性行為からの快楽堕ち ※最初受けが助けてって喘ぐので無理やり表現が苦手な方はオススメしない

クズ男はもう御免

Bee
BL
騎士団に所属しているレイズンは、パートナーのラックに昼間から中出しされ、そのまま放置されてしまう。仕方なく午後の演習にも行かず一人で処理をしていると、遅刻を咎めにきた小隊長にその姿を見られてしまい、なぜだか小隊長が処理を手伝ってくれることに。 騎士ラック(クズ、子爵家三男)×平騎士レイズン(25才)の話から始まります。 恋人であるラックに裏切られ、失意の中辿り着いた元上官の小隊長ハクラシス(55才、ヒゲ、イケオジ、結婚歴あり)の元で癒やされたレイズンが彼に恋をし、その恋心をなんとか成就させようと奮闘するお話です。 無理矢理や輪姦表現、複数攻めありなので、苦手な方は注意してください。 ※今回はR18内容のあるページに印をつけておりません。予告なしに性的描写が入ります。 他サイトでも投稿しています。 本編完結済み。現在不定期で番外編を更新中。

処理中です...