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第353話
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巨大な肉塊に点在するできものらしきもの、その一つがぶくりと膨らみ……小さな炸裂音と共に弾けた。
「あ゛ぁ……くっ、はぁ……!」
中からでろりと流れ出した固体。
髪は白黒の斑に、全身に広がる黒い結晶や歪み絡んだ肉のチューブなどから、以前の彼の姿を想像することは難しい。
かろうじて半分残った男の顔から面影を感じられる程度だろうか。
変異してなお残った体なのか、それとも新しく創り上げた体へ意識だけをどうにか移したのだろうか。
ただ一つ、以前と変わらずにつけた金属質の腕輪だけが、肉々しい体の中で一際異彩を放っている。
「くそ……くそッ! 結城フォリアぁ……!」
怪物の巨大な体を捨てた時点で相当の魔力すらをも手放してしまったようだ。
もはや彼にこちらに通じる魔法など使えないのだろう、こちらをきつく一瞥し憎らし気に吐き捨てると、じりじりと地面を這いつくばり逃走を始めた。
「悪いけど、貴方だけは逃がせない」
地面の石ころをひとつ蹴り上げ握り、そのまま操り空を飛ぶ。
腕を突き抜け直接脳へと刻み込まれるような痛覚、身体が悲鳴を上げている。
しかし走って男の元まで行くよりは何百倍もマシだと唇を噛み締め、移動を加速させたその時。
「っ、これは!?」
っ、揺れるっ!? まさか、空中にいるのに!?
地震、と言えばいいのだろうか。
しかし空中にいる私すらあまりの衝撃に体が殴り飛ばされたかのように大きく跳ね、握りしめていた石を手放してしまうほどのそれを、私達の知っている概念で表現していいものか。
言うなればそう、世界だ。
まるで世界そのものが悲鳴を上げているかのように、空間が揺れている。
それが一番しっくりくる表現だった。
満身創痍の身体がシェイクされる耐え難い感覚に、地面を這いつくばりひたすらに耐える。
「クレスト、様? そっ……そのお姿はっ!」
だがそんな吐き気も、女の甲高い声に吹き飛ばされた。
人間だ。
先程まで誰もいなかったクレストの傍らで、誰かが肩を貸している。
一体何処から? 周囲は戦いの余波で何もかもが消し炭になっているのに、どうやって生き残った?
混乱の中生まれた疑問は直ぐに解決した。
違う。
空中に魔法陣の残光が残っている、今そこから出てきたのか。
クラリスだ。戦闘の直前でクレストに何かを頼まれた彼女が、この今の今になって戻って来た。
「クラリス君……時間稼ぎを兼ねて、少し無理をしてしまってねぇ……だが崩壊は多少早まっただろう?」
「そうでしたか……ならばいち早くの脱出を!」
「逃がさない」
なにか魔法陣を新たに展開するクラリス達へ、無造作に創り出した剣雨が降り注ぐ。
だがクラリスも相当の熟練者。即興で障壁を張り難なく攻撃を受け流す。
脱出……? どこへ?
この揺れ、普通の地震なんかじゃない。
もし世界の揺れだと、崩壊の最終段階だとするのなら、例え海の底や空へ向かおうとも逃げることは叶わない。
この世界にいる限り逃げ場など存在しない。
「結城フォリアァ!」
クラリスの肩を借りどうにか立ち上がった男が鋭く叫んだ。
最後の負け惜しみかと思ったが何か違う。
ギラギラと鋭い光を湛える男の目つき、それは以前までの彼が浮かべていたものと同じ、この状態になってなおどこか余裕を感じるものだ。
「世界丸ごとに集団自殺をする、それが私の目的……君はそう言ったァ……」
男の言葉を無視して巨剣を叩き付ける。
連続して七枚の障壁が砕け散り光の破片へと姿を変えるも、彼らには届かなかった。
クラリスの顔に余裕を浮かべる猶予は無い。ひどく顔をしかめ即座に障壁を張り直し、第二撃の隙を見逃すことなく別の魔法陣を編み上げている。
効いてはいる、だが堅い……っ!
あの障壁を砕くには直接殴るのが一番速い。
だがあのクラリス、駆け寄る隙を逃すはずがない。カナリアと同程度の知識と技術、そして魔天楼由来の無制限にも等しく使える魔力を守りへ回せば、これほどまでに堅牢な防壁を生み出せるのか。
「残念ながら君の予想は何一つとして当たっていない、まるきり外れさァ……私は生きるよ、生き続ける。新たな世界で、ね」
「新たな、世界?」
新たな世界で生き続ける? 私の予想が間違っている?
まさか。
「世界が魔力の記憶から形成されるのなら、逆算的に考えて我々のものと似た世界は必ず存在する。平行世界と言ってもいい」
かつてカナリアは語った。
私の生まれ育った世界とカナリアの世界。もしこの二つの世界がまるきり偶然隣り合って生まれただけだとしたら、おかしい点がいくつも存在する。
それは二つの世界における共通した大気の構成であり、動植物の進化の過程であり、知的生命体として私達の姿が似通っている点。
そこで出てくるのが魔力の性質。
魔力は同じ記憶同士で引き合う。つまり私たちの世界はそもそも、記憶の元となる世界がどこかにあった。
きっと私たちのような『人間』がいて、私達のように国や文明を築き上げ暮らしていた。
その世界から生まれた魔力と記憶、それらが私たちの世界の元となり世界が生まれ、全てのものは進化していったからこそ私達は似ているのだ、と。
ならば、だ。
きっと狭間のどこかには他の世界が存在する。
私たちの世界と同じような『人間』が暮らし、文明を築き、国を創り上げ……そう、言うなれば平行世界が存在するに違いない。
「新たな世界で、この私は再び王の座に就く。まだその世界そのものの発見には至っていないが……見つけることは確実に可能だ、ならばあとはその日まで生活可能な場所さえ作ってしまえばいい」
「まさかっ……クレスト、アンタのは世界を乗り捨ててまた同じ惨劇を繰り返すつもりだったのっ!?」
返事は無い。
だが一層深くなった男の笑みだけが回答だった。
ゾッとした。
人らしい感覚が随分と消えてしまったこの身体で、まさか血の気が引くという感覚を再び感じることになるとは思ってもいなかった。
クレストの目的は集団自殺ではない。
摩天楼を築き上げ世界の命を削ってまで作り上げた魔力で放蕩の限りを過ごした男は、滅びたならば全てを捨て新たな世界で同じことを繰り返すつもりだ!
子供が使い古したおもちゃを投げ捨て新しいものを握りしめる様に、壊れかけた世界など捨ててしまえばいいということだったのだ!
ああ、全てが繋がった!
だからこんな盛大に愚かな行為を繰り返せた! だから何もかもが滅び行く中で、自分だけは平然としていられた!
全てはこの世界を捨てるため! 彼にとって世界なぞ自殺の連れにする価値すらないのだ!
「狂ってる……アンタは世界に巣くう寄生虫だ」
「あ゛ぁ……くっ、はぁ……!」
中からでろりと流れ出した固体。
髪は白黒の斑に、全身に広がる黒い結晶や歪み絡んだ肉のチューブなどから、以前の彼の姿を想像することは難しい。
かろうじて半分残った男の顔から面影を感じられる程度だろうか。
変異してなお残った体なのか、それとも新しく創り上げた体へ意識だけをどうにか移したのだろうか。
ただ一つ、以前と変わらずにつけた金属質の腕輪だけが、肉々しい体の中で一際異彩を放っている。
「くそ……くそッ! 結城フォリアぁ……!」
怪物の巨大な体を捨てた時点で相当の魔力すらをも手放してしまったようだ。
もはや彼にこちらに通じる魔法など使えないのだろう、こちらをきつく一瞥し憎らし気に吐き捨てると、じりじりと地面を這いつくばり逃走を始めた。
「悪いけど、貴方だけは逃がせない」
地面の石ころをひとつ蹴り上げ握り、そのまま操り空を飛ぶ。
腕を突き抜け直接脳へと刻み込まれるような痛覚、身体が悲鳴を上げている。
しかし走って男の元まで行くよりは何百倍もマシだと唇を噛み締め、移動を加速させたその時。
「っ、これは!?」
っ、揺れるっ!? まさか、空中にいるのに!?
地震、と言えばいいのだろうか。
しかし空中にいる私すらあまりの衝撃に体が殴り飛ばされたかのように大きく跳ね、握りしめていた石を手放してしまうほどのそれを、私達の知っている概念で表現していいものか。
言うなればそう、世界だ。
まるで世界そのものが悲鳴を上げているかのように、空間が揺れている。
それが一番しっくりくる表現だった。
満身創痍の身体がシェイクされる耐え難い感覚に、地面を這いつくばりひたすらに耐える。
「クレスト、様? そっ……そのお姿はっ!」
だがそんな吐き気も、女の甲高い声に吹き飛ばされた。
人間だ。
先程まで誰もいなかったクレストの傍らで、誰かが肩を貸している。
一体何処から? 周囲は戦いの余波で何もかもが消し炭になっているのに、どうやって生き残った?
混乱の中生まれた疑問は直ぐに解決した。
違う。
空中に魔法陣の残光が残っている、今そこから出てきたのか。
クラリスだ。戦闘の直前でクレストに何かを頼まれた彼女が、この今の今になって戻って来た。
「クラリス君……時間稼ぎを兼ねて、少し無理をしてしまってねぇ……だが崩壊は多少早まっただろう?」
「そうでしたか……ならばいち早くの脱出を!」
「逃がさない」
なにか魔法陣を新たに展開するクラリス達へ、無造作に創り出した剣雨が降り注ぐ。
だがクラリスも相当の熟練者。即興で障壁を張り難なく攻撃を受け流す。
脱出……? どこへ?
この揺れ、普通の地震なんかじゃない。
もし世界の揺れだと、崩壊の最終段階だとするのなら、例え海の底や空へ向かおうとも逃げることは叶わない。
この世界にいる限り逃げ場など存在しない。
「結城フォリアァ!」
クラリスの肩を借りどうにか立ち上がった男が鋭く叫んだ。
最後の負け惜しみかと思ったが何か違う。
ギラギラと鋭い光を湛える男の目つき、それは以前までの彼が浮かべていたものと同じ、この状態になってなおどこか余裕を感じるものだ。
「世界丸ごとに集団自殺をする、それが私の目的……君はそう言ったァ……」
男の言葉を無視して巨剣を叩き付ける。
連続して七枚の障壁が砕け散り光の破片へと姿を変えるも、彼らには届かなかった。
クラリスの顔に余裕を浮かべる猶予は無い。ひどく顔をしかめ即座に障壁を張り直し、第二撃の隙を見逃すことなく別の魔法陣を編み上げている。
効いてはいる、だが堅い……っ!
あの障壁を砕くには直接殴るのが一番速い。
だがあのクラリス、駆け寄る隙を逃すはずがない。カナリアと同程度の知識と技術、そして魔天楼由来の無制限にも等しく使える魔力を守りへ回せば、これほどまでに堅牢な防壁を生み出せるのか。
「残念ながら君の予想は何一つとして当たっていない、まるきり外れさァ……私は生きるよ、生き続ける。新たな世界で、ね」
「新たな、世界?」
新たな世界で生き続ける? 私の予想が間違っている?
まさか。
「世界が魔力の記憶から形成されるのなら、逆算的に考えて我々のものと似た世界は必ず存在する。平行世界と言ってもいい」
かつてカナリアは語った。
私の生まれ育った世界とカナリアの世界。もしこの二つの世界がまるきり偶然隣り合って生まれただけだとしたら、おかしい点がいくつも存在する。
それは二つの世界における共通した大気の構成であり、動植物の進化の過程であり、知的生命体として私達の姿が似通っている点。
そこで出てくるのが魔力の性質。
魔力は同じ記憶同士で引き合う。つまり私たちの世界はそもそも、記憶の元となる世界がどこかにあった。
きっと私たちのような『人間』がいて、私達のように国や文明を築き上げ暮らしていた。
その世界から生まれた魔力と記憶、それらが私たちの世界の元となり世界が生まれ、全てのものは進化していったからこそ私達は似ているのだ、と。
ならば、だ。
きっと狭間のどこかには他の世界が存在する。
私たちの世界と同じような『人間』が暮らし、文明を築き、国を創り上げ……そう、言うなれば平行世界が存在するに違いない。
「新たな世界で、この私は再び王の座に就く。まだその世界そのものの発見には至っていないが……見つけることは確実に可能だ、ならばあとはその日まで生活可能な場所さえ作ってしまえばいい」
「まさかっ……クレスト、アンタのは世界を乗り捨ててまた同じ惨劇を繰り返すつもりだったのっ!?」
返事は無い。
だが一層深くなった男の笑みだけが回答だった。
ゾッとした。
人らしい感覚が随分と消えてしまったこの身体で、まさか血の気が引くという感覚を再び感じることになるとは思ってもいなかった。
クレストの目的は集団自殺ではない。
摩天楼を築き上げ世界の命を削ってまで作り上げた魔力で放蕩の限りを過ごした男は、滅びたならば全てを捨て新たな世界で同じことを繰り返すつもりだ!
子供が使い古したおもちゃを投げ捨て新しいものを握りしめる様に、壊れかけた世界など捨ててしまえばいいということだったのだ!
ああ、全てが繋がった!
だからこんな盛大に愚かな行為を繰り返せた! だから何もかもが滅び行く中で、自分だけは平然としていられた!
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