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第272話
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轟音と共に弾き飛ばされた土剣。
激しい地響きを掻き立て、草原でまばらに立つ木々を叩き切り捨て、土を飛び散らせてけたたましく転がる。
かつて目にした超巨大なボスモンスターにすら匹敵するこの惨状、まさか一人の女子高生がやったとは思わないだろう。
「酷い環境破壊だと思わない!?」
「貴女の大っ好きなダンジョンのおかげでっ! 現代では自然が増えましたからっ! 少しくらい切っても怒られませんよっ!」
いやぁ、増えたからって壊していいものでもないと思うけど。
琉希の操る剣達が暴れ回るほど、同時に起こる風が勢いよくバチバチと土や小石を巻き上げ、瞼やコートの下に隠された腕を叩く。
時間が経つほどに風の勢い、そして巻き上げられるものの大きさは酷くなるばかり。さながら小さな台風というべきか。
人が起こすにはあまりに大きすぎる空気の流れは、もはや風というより小さな嵐、新たな災害の形にも似ていた。
目の渇き、小さなゴミが入った瞬間の反射的な瞬き、刺激で不意に零れる涙。
味覚を失い、人としての道を外れ始めたらしい私であるが、残念ながらこういったところは未だに変わらないらしい。
「……本当、病気ってのはなるもんじゃないよね」
流石の私も目を開けることすら叶わなず、たまらず指先でお面を弾き被り、面の下に伝う涙を拭って独り言ちる。
大切な知り合い、物、存在、場所。 本当に、大事にしたい人やもの、都合の悪いものばかりが無くなっていく。
どうせ無くなるなら痛みや苦しみの感情、記憶の方が良いのに、そっちは何故かずっと残るのだから厄介だ。
ばちりと開いた視界、巨大な影が身体を覆う。
鋭さなどもはや意味をなさない。剣を象った巨大な質量が、ただこちらを潰そうと垂直に襲い掛かって来た。
「『アクセラレーション』……」
世界が色を失う。
風の音、自分の息遣い、揺れる草すら消え果た世界で、しかし巨剣だけは動きが分かるほどの速度を保っている。
だが、私には届かない。
「――『スカルクラッシュ』ッ!」
苦しい。
まず一本目。
刃からすれば爪楊枝ほどの長さしかないカリバーが、その進行方向を容易く捻じ曲げる。
反動から背後の地面が吹き飛び、勢いを消しきれないカリバーがごっそりと足元の土をえぐり取った。
「貴女が苦しむ必要なんてない!」
「私以外に誰がやるの!」
悲しい。
二本目。
背後にぴったりと姿を隠していたものが、一本目を上空へ弾いた瞬間に牙を剥く。
「誰かがやるに決まってる!」
「この先に誰かがやるんじゃない! 繰り返しの中で誰かが戦い続けて、私たちはずっと守られてきた! そんな私に今は一番の力がある! だから誰かに守られるのは終わりで、私が皆を守る番なの!」
こんなことは言いたくない。
本心。
三本。
四本。
さながら巨大なハサミ。
上空左右からの挟撃。
「『ストライク』! 『ステ……っ」
ぶつり、と、一瞬左手の力が抜けた。
痛みはない。
慣れた感覚だ。興奮で痛みを感じないのか、痛みを感じないほどの重傷なのか。
だがどちらでも構わない。
「――ステップ』っ! 『ストライク』ッ!」
スキルの導きが無理やりに中断され、人が自然には出来ようもない不気味な動きで全身が蠢く。
くるりくるりと体を独楽にして回り、双撃をもって叩き落す。
「確証もない希望に縋りついて失敗したら!?」
「確実な未来なんてない! 今までの人達だってそう! 成功するかの確信もないまま、それでも生きるために戦い続けてきた!」
だが、ここまでしても彼女の目に宿る炎は揺るがない。
ギラギラと月の光を反射する黒い瞳に、一瞬だけ紅いものが見え……
「貴女が行く道が正解だとも限らない!」
だが、はっきりと観察をする暇もなく、琉希が空中を蹴り飛ばしながら近寄って来た。
「じゃあ失敗が怖いから、これが正解とも限らないから、私は何もしないしこのまま皆に死ねって言うの!? モンスターに噛み千切られて! 叩き潰されて! 消滅で誰からも何もかも忘れて去られてっ! あの苦しみを皆に押し付けるの!?」
「そんなことは言ってない!」
「そう……っ、いうことでしょ!」
でも言わないといけない。
その度悲し気に歪む彼女の顔を見て、もっと悲しくなる。
五本。
限界まで彼女が近寄ってきた瞬間、目前に現れた新たな土剣。
だが彼女のスキルを何度も間近で見てきた私には、その攻撃も届かない。
受け流し、刃とカリバーがこすれ合う最中に彼女とすれ違う。
「なんで分かってくれないんですか!」
「分かってる! 琉希の言いたいことは分かってる! それでも、これが私のしたい事なの!」
最後の一撃すらも、やはり容易く叩き落とす。
「そこに貴女自身を労わる心がない! そんなの間違ってる! 自分から死にに行くなんて狂ってる!」
「狂った程度でみんなを守れるならどれだけ狂っても構わない!」
戦いたいわけじゃない。
殺したいわけじゃない。
死にたいわけじゃない。
狂いたいわけじゃない。
クレストという人とは話した事がない。
もしかしたら彼には彼なりの正義があって、魔天楼を創り上げたのにも理由があるのかもしれない。
苦肉の策でこんなことをしているのかもしれない。琉希の言う通りだ、彼には彼なりの正義があるのかもしれない。
全部仮定の話で、でももしそれが合っていたのならと思うと、胸が苦しくなる。どっちを選べばいいのかって、頭が熱くなる。
だが今この世界に住む人からすれば、この前起こった地震は変であるものの、自然現象でしかない。
魔法に触れて三十年。ダンジョンシステムから魔道具に触れているとはいえ、異世界の知識と比べれば赤子のようなもの。
先の地震、その原因を突き止めるには知識が少なすぎる。どうあがいても突き止め、そして解決することは不可能だ。
分からない。
なんでかの人がそんなことをやっているのか、その真意なんて分からないけど、一つだけ分かることはある。
――全てを止められるのは誰?
「こんなに苦しい……こんなに痛い……っ。でも、私の大事なもの全部を守るには、私がこの手で戦うしかないの。だから迷ってなんかいられない、琉希の願いは聞けない!」
私が戦うのを諦めたら、その瞬間にこの世界は終わる。
何も知らない人達が、物が、動物が、世界が、何も知らないまま、理不尽に全て潰されて終わる。
全てを止められるのは、私だけだ。
傲慢な考えでも何でもない、それ以外に選択肢なんてない。
「だからっ……そうやって! 自分を捨てて! そういうのがダメだって言ってるんですよ! ずっと、ずっと、死ぬのが嫌だって言ってる人間が、どうしてそうやって苦しい道に踏み込むんですか!」
「戦わないとみんなが死んじゃう! 琉希の言う通り戦わなかったとして、結局皆が死ぬなら何の意味もない!」
「そんなことは分かってる!」
無茶苦茶だ……
「琉希の言うこと無茶苦茶だよ!」
「人の心が一言で表せるわけないでしょう!」
今までのように一撃一撃、大振りながらも確実な攻撃とはかけ離れていた。
次から次へ石礫のように地面からこぶし大の土がほじくり返され、弾丸のように打ち出されていく。
背後で、弾き返した土にぶつかった木が弾けとんだ。
「かもしれない! かもしれない! そればっかり! どれもこれもが現実的じゃない! あの駄ルフが語る、何もかもが仮定ばかりの夢幻に囚われてっ!」
絶叫と共に、今までで最も大きな剣が地面から競り上がって来た。
彼女の背後に生えた木すらもが、ミニチュアの偽物に見える。
豪、と風が吹いた。
『強いやつが理想を語らないと』
「力のある人が夢を語らなくて」
琉希の振り上げた大剣に、かの幻影が重なる。
大剣だ。だがそれを操る人はもう、この世界にはいない。
いつだっけ、これを聞いたのは。
遠い昔のようにも感じるけど、きっと最近だ。
『誰も理想なんて言えなくなっちまうだろ』
「誰が夢を語るのっ!」
そうか、そういうことだったんだな。
激しい地響きを掻き立て、草原でまばらに立つ木々を叩き切り捨て、土を飛び散らせてけたたましく転がる。
かつて目にした超巨大なボスモンスターにすら匹敵するこの惨状、まさか一人の女子高生がやったとは思わないだろう。
「酷い環境破壊だと思わない!?」
「貴女の大っ好きなダンジョンのおかげでっ! 現代では自然が増えましたからっ! 少しくらい切っても怒られませんよっ!」
いやぁ、増えたからって壊していいものでもないと思うけど。
琉希の操る剣達が暴れ回るほど、同時に起こる風が勢いよくバチバチと土や小石を巻き上げ、瞼やコートの下に隠された腕を叩く。
時間が経つほどに風の勢い、そして巻き上げられるものの大きさは酷くなるばかり。さながら小さな台風というべきか。
人が起こすにはあまりに大きすぎる空気の流れは、もはや風というより小さな嵐、新たな災害の形にも似ていた。
目の渇き、小さなゴミが入った瞬間の反射的な瞬き、刺激で不意に零れる涙。
味覚を失い、人としての道を外れ始めたらしい私であるが、残念ながらこういったところは未だに変わらないらしい。
「……本当、病気ってのはなるもんじゃないよね」
流石の私も目を開けることすら叶わなず、たまらず指先でお面を弾き被り、面の下に伝う涙を拭って独り言ちる。
大切な知り合い、物、存在、場所。 本当に、大事にしたい人やもの、都合の悪いものばかりが無くなっていく。
どうせ無くなるなら痛みや苦しみの感情、記憶の方が良いのに、そっちは何故かずっと残るのだから厄介だ。
ばちりと開いた視界、巨大な影が身体を覆う。
鋭さなどもはや意味をなさない。剣を象った巨大な質量が、ただこちらを潰そうと垂直に襲い掛かって来た。
「『アクセラレーション』……」
世界が色を失う。
風の音、自分の息遣い、揺れる草すら消え果た世界で、しかし巨剣だけは動きが分かるほどの速度を保っている。
だが、私には届かない。
「――『スカルクラッシュ』ッ!」
苦しい。
まず一本目。
刃からすれば爪楊枝ほどの長さしかないカリバーが、その進行方向を容易く捻じ曲げる。
反動から背後の地面が吹き飛び、勢いを消しきれないカリバーがごっそりと足元の土をえぐり取った。
「貴女が苦しむ必要なんてない!」
「私以外に誰がやるの!」
悲しい。
二本目。
背後にぴったりと姿を隠していたものが、一本目を上空へ弾いた瞬間に牙を剥く。
「誰かがやるに決まってる!」
「この先に誰かがやるんじゃない! 繰り返しの中で誰かが戦い続けて、私たちはずっと守られてきた! そんな私に今は一番の力がある! だから誰かに守られるのは終わりで、私が皆を守る番なの!」
こんなことは言いたくない。
本心。
三本。
四本。
さながら巨大なハサミ。
上空左右からの挟撃。
「『ストライク』! 『ステ……っ」
ぶつり、と、一瞬左手の力が抜けた。
痛みはない。
慣れた感覚だ。興奮で痛みを感じないのか、痛みを感じないほどの重傷なのか。
だがどちらでも構わない。
「――ステップ』っ! 『ストライク』ッ!」
スキルの導きが無理やりに中断され、人が自然には出来ようもない不気味な動きで全身が蠢く。
くるりくるりと体を独楽にして回り、双撃をもって叩き落す。
「確証もない希望に縋りついて失敗したら!?」
「確実な未来なんてない! 今までの人達だってそう! 成功するかの確信もないまま、それでも生きるために戦い続けてきた!」
だが、ここまでしても彼女の目に宿る炎は揺るがない。
ギラギラと月の光を反射する黒い瞳に、一瞬だけ紅いものが見え……
「貴女が行く道が正解だとも限らない!」
だが、はっきりと観察をする暇もなく、琉希が空中を蹴り飛ばしながら近寄って来た。
「じゃあ失敗が怖いから、これが正解とも限らないから、私は何もしないしこのまま皆に死ねって言うの!? モンスターに噛み千切られて! 叩き潰されて! 消滅で誰からも何もかも忘れて去られてっ! あの苦しみを皆に押し付けるの!?」
「そんなことは言ってない!」
「そう……っ、いうことでしょ!」
でも言わないといけない。
その度悲し気に歪む彼女の顔を見て、もっと悲しくなる。
五本。
限界まで彼女が近寄ってきた瞬間、目前に現れた新たな土剣。
だが彼女のスキルを何度も間近で見てきた私には、その攻撃も届かない。
受け流し、刃とカリバーがこすれ合う最中に彼女とすれ違う。
「なんで分かってくれないんですか!」
「分かってる! 琉希の言いたいことは分かってる! それでも、これが私のしたい事なの!」
最後の一撃すらも、やはり容易く叩き落とす。
「そこに貴女自身を労わる心がない! そんなの間違ってる! 自分から死にに行くなんて狂ってる!」
「狂った程度でみんなを守れるならどれだけ狂っても構わない!」
戦いたいわけじゃない。
殺したいわけじゃない。
死にたいわけじゃない。
狂いたいわけじゃない。
クレストという人とは話した事がない。
もしかしたら彼には彼なりの正義があって、魔天楼を創り上げたのにも理由があるのかもしれない。
苦肉の策でこんなことをしているのかもしれない。琉希の言う通りだ、彼には彼なりの正義があるのかもしれない。
全部仮定の話で、でももしそれが合っていたのならと思うと、胸が苦しくなる。どっちを選べばいいのかって、頭が熱くなる。
だが今この世界に住む人からすれば、この前起こった地震は変であるものの、自然現象でしかない。
魔法に触れて三十年。ダンジョンシステムから魔道具に触れているとはいえ、異世界の知識と比べれば赤子のようなもの。
先の地震、その原因を突き止めるには知識が少なすぎる。どうあがいても突き止め、そして解決することは不可能だ。
分からない。
なんでかの人がそんなことをやっているのか、その真意なんて分からないけど、一つだけ分かることはある。
――全てを止められるのは誰?
「こんなに苦しい……こんなに痛い……っ。でも、私の大事なもの全部を守るには、私がこの手で戦うしかないの。だから迷ってなんかいられない、琉希の願いは聞けない!」
私が戦うのを諦めたら、その瞬間にこの世界は終わる。
何も知らない人達が、物が、動物が、世界が、何も知らないまま、理不尽に全て潰されて終わる。
全てを止められるのは、私だけだ。
傲慢な考えでも何でもない、それ以外に選択肢なんてない。
「だからっ……そうやって! 自分を捨てて! そういうのがダメだって言ってるんですよ! ずっと、ずっと、死ぬのが嫌だって言ってる人間が、どうしてそうやって苦しい道に踏み込むんですか!」
「戦わないとみんなが死んじゃう! 琉希の言う通り戦わなかったとして、結局皆が死ぬなら何の意味もない!」
「そんなことは分かってる!」
無茶苦茶だ……
「琉希の言うこと無茶苦茶だよ!」
「人の心が一言で表せるわけないでしょう!」
今までのように一撃一撃、大振りながらも確実な攻撃とはかけ離れていた。
次から次へ石礫のように地面からこぶし大の土がほじくり返され、弾丸のように打ち出されていく。
背後で、弾き返した土にぶつかった木が弾けとんだ。
「かもしれない! かもしれない! そればっかり! どれもこれもが現実的じゃない! あの駄ルフが語る、何もかもが仮定ばかりの夢幻に囚われてっ!」
絶叫と共に、今までで最も大きな剣が地面から競り上がって来た。
彼女の背後に生えた木すらもが、ミニチュアの偽物に見える。
豪、と風が吹いた。
『強いやつが理想を語らないと』
「力のある人が夢を語らなくて」
琉希の振り上げた大剣に、かの幻影が重なる。
大剣だ。だがそれを操る人はもう、この世界にはいない。
いつだっけ、これを聞いたのは。
遠い昔のようにも感じるけど、きっと最近だ。
『誰も理想なんて言えなくなっちまうだろ』
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