上 下
244 / 363

第244話

しおりを挟む
 階段を下りた先にあったのは、重厚そうな金属の扉。

 これはもしかして鍵が必要なのではないか。

 そう思ったのもつかの間、カナリアが指先から謎のビームを出し、私が何かを言う間もなく鍵を焼き切ってしまった。

「どうせ鍵持ってないだろ」

 とは彼女の談。

 地下室の存在を誰も知らなかったのだから、鍵も持っていないのは当然と言うべきなのだが、それにしたって自由にもほどがある。

『うっ……』

 誰かがくしゃみをした。

 扉を開けた瞬間、一層のこと強くなる埃と土の臭い。
 長いこと溜まり続けた湿気がカビを繁殖させ、これは中々強烈なものだ。
 このままあまり長時間いたら病気になってしまうかもしれない。

 横にあった換気扇のスイッチを押し、カナリアの魔法で外の空気と完全に入れ替えたところで、漸く呼吸ができるようになった。

「六年間ほとんど人の手が入っていなかったから、どうしても湿気が籠ってしまってるみたいね……」

 ママが階段の上から差し込む僅かな光を頼りに壁を伝い、ぱちぱちと照明のスイッチを押し込んでいく。
 
 瞬いては消える蛍光灯たち。
 しかしすべてが全て駄目になっている、というわけではないらしく、いくつかは煌々とした灯りをともしてくれた。

「おお……本がいっぱい」
「湿気の溜まりやすい地下室に書斎を作るとは、やはり私には男のロマンとやらが理解できん。本が傷んでしまうのにな」
「先生はそういう人ですから……」

 地下室というからには相当狭い場所だと思い込んでいたが、一面の本、本、本。
 これはもはや小さな図書館とでもいうべきだろう。
 ちょっと本の中身を覗いてみたのだが、その大半が日本語ではなくよく分からない外国語ばかり。
 しかも英語だけじゃない、確認できるだけでも四つ、五つと見れば見る程外国語の種類が増えていくほどだ。

 うーん、よく分かんないけど凄い。
 私なんて英語すら相当怪しいんだけど。

 そして土を思わせるカビの臭いはするものの、思ったより本はカビに覆われていない。
 数冊に一冊ほど、端っこが変色している本がある程度だろう。
 ひどい臭いは長年空気の行き来がなかったせいが主な原因のようだ。

「ダンジョン関連はまだ歴史が浅いから細別されてないの。幅広く扱う必要があるからどうしても資料が多くなっちゃうのよね、研究室にはこの十倍以上本があるわ」
「十倍!?」

 想像も出来ないほどの文字量に立ち眩みすらしてしまう。

 勿論すべての内容を覚えているわけではないのだろうが、それでもこれだけの言語を理解し、本を読み解いて研究をするというのは私には理解が及ばない。
 しかし剣崎さんも、そして何故かこの部屋を知っていたカナリアも、そしてママですら然したる驚きもなく受け止めているということは、割と普通な事なのだろう。

 研究者ってすごいな。

「除湿器があったわ、まだちゃんと稼働するみたい」

 ウィーンと激しく鳴り響く機械音と共に、どこかへ姿を隠していたママが戻って来た。

 探索、といってもこの地下室に存在するものは本棚と本ばかり。
 必然的に沈黙が厳しくなり、研究者としてのパパを知っていたであろう剣崎さんへ私の質問が多くなる。

「パパってどんな研究してたの?」
「先生は特に魔道具についての研究に傾倒していたわ。魔道具を作った異世界が存在するとして、道具の構造などから異世界に存在する知的生命体の身体構造や環境、行動などを予測していたの。」
「そうなんだ……」

 異世界人すぐそこにおる。

「少なくとも現在出回っている魔道具から、異世界の知的生命体は私たちと似た手足を持ち、二足で立ち上がり、衣服などを着こなす……所謂異世界人ともいえる生活様式だったと予想していたわね。これは異世界間における収斂しゅうれん進化とも言えるわ」
「へえ」

 多分大体合っとる。

 そこで本開いてはうんうんと頷いているエルフをチラ見しながら、語りに熱の乗り出した剣崎さんの解説に耳を傾ける。

「ただし、個々の力に然したる差がない我々と比べて、魔法の存在が大きく社会に関わっているのも間違いない。個人に依存する社会ならば、普遍的な技術の発展も遅いんじゃないかしら。現代では廃れたものの、かの世界では未だに王国制が敷かれているかもしれないわね」
「そうなの?」
「うむ、大体合っている」

 こそこそとカナリアに聞いてみると、こくりと頷く彼女。

 なんと異世界人のお墨付きだ。
 剣崎さんの語るパパの研究は難しい所が多いが、どうやら相当鋭いところまで当たっているらしい。

「しかし力のない人間がただ流されるままに生きているわけではない。大人数で協力することで、天才すらも超える技術の研究は常に行われてきた。そうだな、確かに絶対的な存在がいないわけではないが、決して支配されるだけでもなかったぞ」
「あの……さっきから気になっていたんだけど、この子は?」

 どうするか。

 私の視線にカナリアは頷き

「大丈夫だ、剣崎は信用できる、私はそれを知っている・・・・・・・・

 と力強い返答。
 そして相変わらず薄いワンピースをばさりと翻すと、偉そうに腕を組み、キリリとした顔つきで宣言した。

「我が名はカナリア! 異世界より来たりし天才学者だ!」
「あっ……そうなんだぁ……」
「うむ!」
「日本語上手ね、どこの国から来たの?」
「アストロリア王国だ!」
「良く知ってるわね、でもそれは異世界にある国の名前でしょ? フォリアちゃんの親戚だとしたら、やっぱりアリアさんと同じイタリアかしら?」
「だからアストロリア王国だと言ってるだろ!」

 さくっと宣言を流されてしまい、だんだんと地団駄を踏むカナリア。

 まあそうホイホイ目の前にいる人間が異世界人だなんて信じるわけないよね。
 私だって色々な事情が重なった上で彼女と出会ってなければ、きっとつまらないジョークだと思って流していただろう。

 それにあまりカナリアが異世界人であると伝えるのも良いことではないだろう。
 勿論剣崎さんを疑っているわけではない、カナリア本人が構わないと言っているにしても、一体今後何が起こるかなんて誰にも分からないのだから。
 リスクは減らしておくに限る。

 というわけで、剣崎さんにカナリアは私の親戚だという設定を伝え、やはりとしたり顔で彼女は頷いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ブラフマン~疑似転生~

臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。 しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。 あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。 死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。  二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。  一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。  漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。  彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。  ――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。 意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。 「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。 ~魔王の近況~ 〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。  幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。  ——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)

京衛武百十
ファンタジー
俺の名は錬是(れんぜ)。開拓や開発に適した惑星を探す惑星ハンターだ。 だが、宇宙船の故障である未開の惑星に不時着。宇宙船の頭脳体でもあるメイトギアのエレクシアYM10と共にサバイバル生活をすることになった。 と言っても、メイトギアのエレクシアYM10がいれば身の回りの世話は完璧にしてくれるし食料だってエレクシアが確保してくれるしで、存外、快適な生活をしてる。 しかもこの惑星、どうやらかつて人間がいたらしく、その成れの果てなのか何なのか、やけに人間っぽいクリーチャーが多数生息してたんだ。 地球人以外の知的生命体、しかも人類らしいものがいた惑星となれば歴史に残る大発見なんだが、いかんせん帰る当てもない俺は、そこのクリーチャー達と仲良くなることで残りの人生を楽しむことにしたのだった。     筆者より。 なろうで連載中の「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます」に若干の手直しを加えたVer.02として連載します。 なお、連載も長くなりましたが、第五章の「幸せ」までで錬是を主人公とした物語自体はいったん完結しています。それ以降は<錬是視点の別の物語>と捉えていただいても間違いではないでしょう。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

処理中です...