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第152話

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 人も少なく静かな病棟、白で統一された壁が光を反射しまぶしい。
 時々点滴のようなものを手に付けたまますれ違う人もいるが、みなちょっと疲れた顔をしている。

 この雰囲気なんだか苦手だ。

 飲み込まれてしまいそうになる自分を隠す様に、スマホの画面へかじりついてスクロールを繰り返す。

「部屋はえーっと、304だったかな……あれ、違った。305-Aだって、なんでAなんだろ」

 自分の記憶力のなさには結構自信がある私、忘れぬようしっかりと写真を撮っておいたのが功を奏した。
 しかし同時に湧いた謎。
 横の案内板を見てみると、304だけでなく二階、一階どちらも4号室が5-Aで統一されている。

 私の疑問に答えたのは、横にいた琉希だった。

「4は死を連想させるので無いそうですよ、9とか13もない病院あるらしいです」
「はえー」

 そうか、病院だもんね。

 皆そういうのが好きだ。普段気にしてないようなふりをしていても、ちょっとしたことで気になってしまう。
 私も何かいいことがあればもっといいことがあると思うし、嫌なことがあればもっと嫌なことが続くと思ってしまうのは、きっと自分自身気にしてないふりをしつつ、どこか脳の片隅に意識が残っているからなのだろう。

「なんていうんだっけこういうの。げ、げ……下克上?」
「病院で戦国時代繰り広げないでください、ゲン担ぎですよ」
「そう、それ。琉希はなにかゲン担ぎするの?」
「私ですか? そうですね……ゲン担ぎって程のことでもないですが、大事なことがある日はお母さんが淹れてくれた、超甘ーいホットの紅茶を飲みますね」
「はー、なるほど。美味しい?」
「美味しいかはともかくとして砂糖とカフェインで滅茶苦茶目が覚めます、色々終わった後はすっごい疲れるんですけど」

 なんかそれ怖いな、やばいものでも入ってそうだ。

 くだらない会話を繰り広げつつ、漸く彼女の休む部屋へとたどり着いた。
 ドアノブへ躊躇いなく手を伸ばし、がらりと上げようと……したところで、ふと開けるのをやめる。

「まだ起きてるかな?」

 そう、彼女を拾った時、医療の知恵なんてない私でも分かるくらい細く、相当疲弊した状態であるのは間違いない。
 もし一時的に目を覚ましていたとして、既に眠っているのならあまり大きな音を立てるのも良くないのではないだろうか?

「衰弱した状態で目が覚めたなら、疲れて寝ている可能性はありよりのありですね」
「だよね……ちょっと覗いてみる?」
「ですね」

 幸いにして入り口はぬめぬめとした引き心地、引いても大きな音が立たない。
 ギリギリ覗ける程度の小さな隙間を開け、琉希と二人、右へ、左へと目を動かす。

 いた、きっとあの人だ。

 ぼうっと窓の外に揺れる葉桜を眺める彼女。
 少しだけ開いた窓の隙間から風が吹き、細い金髪が絡めとられなびく。
 どうやら心配とは裏腹にまだ眠っていないらしい。良かった、これなら少しは話をできるだろうか。

「なんというか……深夜の亡霊?」
「深窓の令嬢ですか?」
「そう、それ」

 どれどれ、じゃあちょっと入ってみようかな……!?

「おっと、貴女でしたか。お見舞いにいらっしゃったのですね」
「あ、この前の……はい、電話が来たので」

 丁度横から手を伸ばして来たのは、昨日コートの人を預けたお医者さんだ。
 空手だったか亀の手だったかをわきに抱え、メガネがきらりと蛍光灯の光を受け輝く。

 そういえば何かさっき電話で言おうとして切ってしまったんだった。
 ちょっと気まずい。

「詳しい話は病室でしましょう、先ほど話せなかったこともあるので」
「あ、はい。琉希」
「ほいほいっと、お邪魔します」

 開閉と足音に気付いた彼女が、ちらりとこちらを見る。
 顔に浮かべるのは柔和な笑みと弧を描いた優しい瞳。

 あ、あれ? なんか前見た時と顔つきが違うような……前はもっと怖い気がしたんだけど。

「なんか優しそうな感じの人ですね」
「う、うん」

 つばの嚥下音が病室に響く。

 こういうのは第一印象が大事だ。
 ビシッと、そう、びしっと一発決めてしまえばしめたもの、空気の流れを私のものにするのだ。
 やれフォリア、お前ならできる! 

「あっ、あっ、あのっ! ごきげんよう!?」

 やってしまった……くそっ、琉希の奴も笑ってないでなんか言ってよ!

 奇妙な沈黙が下り、部屋の空気が止まってしまった。
 医者の人も何か言ってくれ、どうにかこの空気を拭い去ってくれ。

「ぶふっ、痛っ!?」
「えーっと、ごきげんよう?」

 横でずっと笑っているアホのわき腹をつねると、彼女の声に意識を取り戻したコートの人がピクっと顔を動かし、私へ微妙な笑顔を向けた。
 恥ずかしい、どうしてよりによってそれを返してくるんだ。
 そこは普通にこんにちはかおはようだろう、それだけは乗らなくて良かったんだ。

 うつむいた私に琉希がこっそりと耳打ち。

「耳まで真っ赤ですよ」
「うるさい……!」
「えーアリアさん、先ほど話した通り、彼女が貴女を病院まで背負ってきてくれた子ですよ」

 その後医者の人とコートの人、もといアリアさんがいくつか会話を交わし、漸く私と彼女が直に話せる状態になった。

「あのっ、アリアさん! じっ、実は以前貴女に助けて貰って……お、覚えてます……?」
「えーっと、ごめんなさい、覚えてないわ」
「そっ、か……そうですよね、すみません」

 覚えていない、か。
 そうだよね。彼女にとってダンジョン内でちょっと出会った程度のこと、覚えていなくてもおかしくない。

 少し残念ではあるが、彼女の身体は見た目ほどひどい状態ではないらしく、割とすぐに退院できそうなのが幸いだ。
 いやまあ酷い状態ではあったのだが、彼女も探索者なだけあって体が相当丈夫らしく、回復速度が一般人のそれとは桁が違うらしい。
 なんならあと数日様子を見たら退院できるそうだから、流石に凄すぎないかと驚愕する。

「あーいや、そうじゃなくて……なんて言えばいいのかしら、その、ね」
「え?」

 何か言いにくそうなアリアさん。
 目をあちこちへ巡らせ、どもっては指先をうろつかせる。

 彼女の様子を見かねた医者の人が、ぎらりとメガネを光らせ口を開いた。

「私から説明させていただきます。彼女、アリアさんは現在、逆行性健忘の疑いがあります」
「ええっ!? 逆光聖剣棒!?」

 なんてことだ、まさか彼女がそんな強そうな病気だったなんて。

「あの、ところで逆光聖剣棒って何ですか?」
「一般的に言う記憶喪失ですね。見ての通り元々外国の方だそうですが、ここ数年ほどの記憶がないようです」
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