上 下
118 / 363

第118話

しおりを挟む
 電車内へスマホを投げて放置してしまった事に気付いてから五秒、私の行動は迅速であった。

 切符を改札へ叩き込み扉が開くより速くジャンプ、人並を黒いあいつよりも素早く抜け去り駅を脱出。
 この時点で既に電車は遠く視界ギリギリ、豆粒ほどのそれは高速での移動を開始していた。

「いかめし一つください」
「まいどありっ!」

 まず入り口にいた出店からいかめし弁当を買う。
 運がいい、食べてみたかったんだこれ。

 普通の人ならここで諦めるだろう。
 冷えたいかめしを食らい、駅員へ話を伝え、無事それが戻ってくることを祈りながら帰宅し、いつ来るかも分からないお便りを暗い部屋で今か今かと待ちわび神へ希うこいねがに違いない。

 だが私は違う。

 ぽいっといかめしを『アイテムボックス』へ放り込み、天を仰いでゆっくりと深呼吸をすれば焦りは自然と消えた。
 次の駅までは電車の速度でおよそ10分、田舎特有の一直線に通った線路……当然人はいない。
 ならば答えは唯一つ。

「『ステップ』! 『ストライク』ゥ! 『ステェェップ』ゥ!」

 フルスロットルで駆けるしかないっ!



「はぁ……! はひ……! げほっ! はぁっ!」

 肺が苦しい……ひ、膝が震える……流石にきつかった……!

 ここは地上、モンスターなぞは当然いないが、それでもスキルをフルに使って走り続けるのはやばい……途中からは普通に走る羽目になった。
 だがおかげで圧倒的に早く先回りすることに成功したようで、ホームで五分ほど待ちスマホの回収に成功した。

 そして反対路線へと乗り込み、元の駅まで戻ってくるのに合計20分。
 無駄に時間を喰ってしまった、おなかすいた。
.
.
.



「いかめし一つください」
「あいよ! ……君さっきも来なかった?」
「いやその……今食べちゃって……」

 やはりというべきか、いかめしを売っているおじさんに指摘され、流石に私も恥ずかしさで赤面してしまう。
 最近食べても食べても食べたりないというか、満足感だとか満腹感が全く来ないのだ。
 あれだこれだと食べてもなんか違うというか……もっと食べるべきものがあるような気がしないでもない。

 はっ、まさかこれが成長期……!?
 そうか……そういうことだったのか……! ようやく私の身長が伸びる日が来た、そういうことなのか……!
 これはもっと食べるべきだな、うん。

「やっぱり五つください」
「五つね! 三千円丁度まいどあり!」



 今回向かうダンジョンは砂漠だ。

 おいおいあっつい外から逃げて入るのが砂漠ってアホなんか、そう思わないでもないが、そもそも私の町から一時間程度の距離で行けて、かつ今の私のレベル――1万程度の適正ダンジョンがここしかなかった。
 いや、もう一つあるっちゃあるのだが、そこはそこで雪原らしくどちらにせよ結構環境としてはきついものがある。

 砂漠は日本の夏よりカラっとして過ごしやすいって書いてあったし……大丈夫だよね?
 正確にはステップ気候だとか……ステップというのだからよく分からないがジャンプするのだろう、何がかは知らない。
 まあ塩飴と水はたっぷり買い込んでおいたし、食料もいかめしと、最悪最近食べてないが希望の実を拾って食べれば何とかなる。

「それにしても一万かぁ……いよいよだなぁ」

 適正レベル一万、それはCランクダンジョンという一種のボーダーラインへ足を掛けたということ。
 はっきり言って今回潜るダンジョンの情報はほとんどない。
 Cランク相応の実力があればわざわざDランクダンジョンで楽々金に困らず暮らしていける、それ故大半の人々はこれより先を攻略することは無くなるからだ。
 要するに情報を集める人も、情報を必要とする人が大きく減るため、現存するダンジョンを網羅することはほぼ不可能……大都市圏近くの物は流石に調査されているらしいけど。

 ダンジョンの崩壊だって低ランクの方がその頻度は多い・・・・・・・、崩壊時の危険性は分かっていてもコストだなんだと見過ごされている以上、現状はどうしようもない。

「リュックよし、靴紐も……よしっと」

 掌へ伝わる確かな感覚。

 マジックテープと靴ひもでガチガチに固められた靴は、それこそ足ごと切り飛ばされでもしない限り脱げることはないだろう安心感がある。
 服装はいつもの安物シャツとズボン。
 本当は薄く長い服装の方が日光を遮れていいらしいが、日焼けなら殴れば治る、汗をかいたら水を飲めばいいしそれより服装で少しでも速度が殺されてしまうのが一番いやだ。

 地面へ設置されたダンジョンへの扉は土や草に覆われ、まともに人が入っている形跡はない。
 一瞬カリバーで殴り飛ばせば土や草を全部吹き飛ばせるんじゃないか、とちょっと邪な考えが湧いてきたが、それ以上に扉が壊れたら大問題だとその考えを振り切り、しぶしぶ足で蹴っ飛ばして剥がしていく。

 しかし隙間に土が入り込んでいるようでなかなか持ち上がらない、これだから管理されていないダンジョンは嫌なのだ。

「ふぬぬっ……そりゃ!」

 細い金属の取っ手。
 全力で上に引っ張ればひしゃげてしまいそうなものだが不思議とそんなことはなく、ゆっくり、ゆっくり隙間が大きくなっていく。
 どうにか上まで持ち上げ開けると、入り口から噴き出すように乾いた空気と、叩きつけられた扉によって巻き上げられた土が眼を直撃した。



「……!? ああああめがあああぁぁぁ……」

 ドンッ! ガタガタガタッ!

 どんなにレベルが上がっても人間の構造は変わらない。
 目に物が入れば痛いし、呼吸を止めたら死ぬのだ。

 突然の痛みによろめき躓き、転がり、地下の通路へと私の身体が転げ落ちていく。
 そんな感じで私の『砂上の嘶き』攻略が始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ブラフマン~疑似転生~

臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。 しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。 あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。 死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。  二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。  一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。  漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。  彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。  ――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。 意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。 「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。 ~魔王の近況~ 〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。  幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。  ——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます(Ver.02)

京衛武百十
ファンタジー
俺の名は錬是(れんぜ)。開拓や開発に適した惑星を探す惑星ハンターだ。 だが、宇宙船の故障である未開の惑星に不時着。宇宙船の頭脳体でもあるメイトギアのエレクシアYM10と共にサバイバル生活をすることになった。 と言っても、メイトギアのエレクシアYM10がいれば身の回りの世話は完璧にしてくれるし食料だってエレクシアが確保してくれるしで、存外、快適な生活をしてる。 しかもこの惑星、どうやらかつて人間がいたらしく、その成れの果てなのか何なのか、やけに人間っぽいクリーチャーが多数生息してたんだ。 地球人以外の知的生命体、しかも人類らしいものがいた惑星となれば歴史に残る大発見なんだが、いかんせん帰る当てもない俺は、そこのクリーチャー達と仲良くなることで残りの人生を楽しむことにしたのだった。     筆者より。 なろうで連載中の「未開の惑星に不時着したけど帰れそうにないので人外ハーレムを目指してみます」に若干の手直しを加えたVer.02として連載します。 なお、連載も長くなりましたが、第五章の「幸せ」までで錬是を主人公とした物語自体はいったん完結しています。それ以降は<錬是視点の別の物語>と捉えていただいても間違いではないでしょう。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

処理中です...