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第115話

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「けんちゃん元気になったなぁ」

 無意識にたまらず零れてしまった、そんな様子でポツリと彼女がもらした。

「ウニのこと? 会った時からあんなんだったけど」
「昔ダンジョンで……なんて言うたらええんやろな、事件、かな? に巻き込まれてえらい塞込んでてなぁ」
「へぇ……ん? なんかそれ前聞いたような」

 既視感というか既聞感というべきか、ふと額にしわを寄せ記憶をめぐる。

 ダンジョンでウニがなんかあった、突然捕まってコンビニで語られたような気がするぞその話。
 確か……友達と調子に乗って乗り込んだら自分以外死んでしまったのだったか。
 春頃だったか、まだ仲良くなってもいないときにいきなり語りだしたものだから、何言ってんだこいつという感想しか浮かんでこなかったが。

 まあ……でも今なら分かる気もする。

 炎来で一人戦っていて分かった。
 誰かが自分が今やらなければ死んでしまうかもしれない。そう思うだけで指先が冷たくなって、まともに立っていられなくほど落ち着かないのに、もし自分のせいで見知った人が死んでしまったら。

 私だったらきっと自分を保っていられなくなる、きっともう立ち上がれない。

 本人たちだってまさかそんな危険だと思っていなかったのだろう。
 別にダンジョンだけじゃない、身近に使っているものだって使い方を誤ればあっけなく人は死んでしまう、どれだけ後悔してもその時にはもう遅い。
 だから私はそれを馬鹿だなんて笑えない。きっと私が何も知らないだけで、ちょっと間違えば死んでしまうようなことを私がしていない・・・・・とは言い切れないから。

「あら、もう他の人に話せるくらい整理ついたんやな。ほんで自殺だなんだって色々騒ぎ起こしたりしたところで剛力はんがあの子の顔張ってなぁ、『死んだ人間はもう何も体験も、話すことも、笑うことも泣くことも出来ねえ。本当に心の底から後悔してるのなら、罪も、奪った未来も、全部背負って生きろ』って」

 剛力はんってけんちゃんと美羽はんの親代わりしてたんやけど、普段陽気なくせしてあの時の表情はホンマに恐ろしかったわぁ、横で聞いててえらい腰抜けたんよ。 

 くすくすと手を当て笑う彼女。

「したら突然『オレ協会で働く! バカな奴がいたら止めてやる!』なんて言い出してなぁ。高校卒業してすぐここに入っちゃったんや。バカやろ? 普通知り合いが死んだようなものに近づかんって、真逆のことするとは思っとらんかったわ」
「あぁ、だから私に……いやそれにしたってバカじゃん。あったばっかの相手にそんなの察せないでしょ」
「やろ? 基本的にけんちゃんって短絡的なバカなんよ。見てるこっちが冷や冷やするもんやからな、もう少し考えて動いてほしいわぁ」

 ぐちぐちとウニの文句を言っているように見えたが、何故だか彼女の表情は随分と嬉し気だ。
 愚痴を吐き出せたのが嬉しいのか、かつて落ち込んでいた彼が元気になったのが嬉しいのか……それとももっと別の感情があるのか。
 もしかしたらすべてかもしれない。

 まだ彼女と出会って大した時間は経っていないが、それに付き合うことは嫌なものではなかった。
 まあ流石に毎日となると怯むが。

「ほなあてはけんちゃんの仕事が終わるまで近所散歩して来るわ。話に付き合ってくれたお礼や、あての店に来たらなんか割り引いたる」

 そう言い残し、ふらりと立ち上がった橘さんはふにゃりと頬を緩ませ手を振ると、パンプスをかつかつと鳴らしながら去っていった。



「何の話してたんですか?」
「んー……ひみつ」
「えー! 教えてくださいよー! ほっぺ引っ張りますよ!」

 もう引っ張ってるじゃん……

「ふふぁーふふぇーふふぉーふぇふぉー」
「ふざけないでください!」

 理不尽だ。

「ふぉふぇふぉり……いつまで引っ張ってるの。それよりも、他の人と探索してるんだ……」
「ええ、この前の焼肉で仲良くなっちゃいまして! 夏の間一緒に戦わないかって誘われてですね!」
「そっか……」

 寂しくない……と言えば嘘になる。
 ずっと私とだけ組んでくれると思っていた。でも、あまり多くの人と組めない事情がある私と違って、琉希は別に他の人と組んでも問題はない……レベルアップに便利なスキルを持っていて、ユニークスキルも持っているだけ。

 だけって言うのもおかしいか、目立つ存在ではあるから。

 明るいし、誰とでもすぐ仲良くなれるし……私とは違う。
 だから、これでよかったの……かも……しれない。

「あれ? もしかしてもしかして妬いてますか?」

 ぬっ、少しうつむいた視界に突然顔が現れた。
 二やついた顔にイラっとする。

「は? 全然?」
「やだ、すっごく妬いてますよ! んふふ、自分は他の人と組んでおいて、私が他の人と組んだら嫉妬なんていけず・・・ですねフォリアちゃんはぁ! 今度また組みましょう!」

 気儘にこちらの頬をつつきだす琉希。
 一体何が嬉しいのだろうか、いつも緩み切っている表情が今日は一層ひどいことになっていることに彼女は気付いているのだろうか。

 あれこれ考えているのもめんどくさくなったので、隣は無視してポケットからスマホを取り出し弄る。

 あぷーり……何入れよう。
 やはりトークできる感じのアプリは絶対入れたいかな。確かさっきウニも交換しようだなんだいってきたやつは――これか、テレビでよく映ってるやつだしこれを入れておけば間違いないだろう、シェアナンバーワンって書かれてるし。
 ゲームは……まあ入れなくてもいいかな、数が多すぎてどれがいいのかもわからん。

 ダウンロードをしている間、気が付けば私の頬をいじる手は止まっていて、いつの間にか横の席に座り込んでいた琉希が肩を寄せていた。
 彼女は間抜けに口を開いたまま暫し固まり――はっ、と意識を戻す。

「スマホ買ったんですか!?」
「うん」
「ついに現代の利器を……!? じゃあ私のアカ登録しときますね!」
「あっ、勝手に……!」

 気が付けばひょいと上からつまみ上げられ、ぽちぽちと何か言い返す間もなく勝手に操作されてしまう。
 スマホが手に帰って来た時には時すでに遅し、真っ白であった画面に一つ、彼女のアホ面が満面のアカウントが登録されていた。
 ごてごてとハートだなんだと上に張り付いているのだが、これが目だ、頭だ、全く関係ないところだと、どう見ても適当につけた感満載で何とも言えない気の抜けた雰囲気に一役買っている。

 もう少しどうにかならなかったのだろうか。
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