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第64話

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「伊達さん! くだんの事件の重要参考人を連れてきましたわ!」
「ちょっと待ってろ……ええ、はい、了解です」

 安心院さんに連れられたどり着いたのは、駅の近くにある交番。
 中にいたのは濃いひげ面の男性、電話に耳を当て暫く応答をしてはペンを動かし、顔に似合わぬまじめな態度で相手へ何か確認している。
 どうやら彼は安心院さんの同僚らしい。

「どうやらあの女がまた目撃されたらしい。留守は頼んだ、その子も……迷子か? このお姉さんが対応してくれるからね」

 軽くしゃがんで目線を合わせにこりと微笑むと、彼は自転車に飛び乗ってどこかへ行ってしまった。
 まああの女とやらが私とそっくりな金髪の、先ほど安心院さんが言っていた事件の重要参考人、その本人なのだろう。

 奇しくも、私が何もしゃべらずとも別人であることが判明してしまったわけだが……私を連れてきた本人は扉を開けた体勢のまま固まり、こちらを唖然と見つめていた。

「帰っていい?」
「え、えーっと……お茶でもいかがかしら?」



 巻き込まれてしまったものは仕方なく、そして巻き込まれてしまったからには、どんな事件が起こっているのか気になるのが人間の性。
 いったいどんな事件が起こっているのか。
 私の疑問を聞いた彼女は、深い溜息と共にカップのコーヒーを揺らした。

「軽い万引きから接触事故、異臭騒ぎ……どれもよくある何気ない、よくある事件ですわ。しかしその全てに同じ人物の影があったとすれば話は別、本格的に調べることに……」
「ふぅん……」

 確かに彼女の言う通り、生きていれば時々あるような事件であり、そこまで気にする必要もない気がする。
 内容に一貫性もないし単なる偶然、それで片付くようなものばかり。
 そんなことでも意識しておかなくてはいけないのだから、警察というものは大変だ。
 まあ私からしてれば偶然立ち寄った街で起こっていること、そこまで深入りしようといった考えもない。

 大量の砂糖と半分以上牛乳で薄めたコーヒーを飲み、貸し出されたパイプ椅子から立ち上がる。

「何かあったらここに来ると良いですわ」

 ひらひらと手を振り、彼女がこちらへ笑みを向ける。
 ちょっとばかし可笑しな喋り方と髪型ではあるが、どうやらこの安心院さん、印象と比べてそこまで変わった人でもなさそうだ。
 なおさらなんでこんな振る舞いをしているのか、まあいいか。

 安心院さんへ手を振り交番を出て、真っ直ぐに人々の群れを抜けていく。
 既に彼女から『炎来』の場所は聞いてあるので迷うこともない。

 私がいた街と違って都会的な場所だけあって、上を向いて歩けば空が狭い。
 灰色の建造物が無数に並んで天高くへ伸び、進んでも進んでも新たに表れる。

 そんな街のど真ん中に目的のダンジョンはあった。

 石畳に覆われた広場の中心、泥などを落とすためだろう併設された水道、そして幾らか集まった人々。
 Dランクという、一気にランクの中でも差が生まれる域、そして交通の便が非常にいいということもあって、ここまで一か所に探索者が集まっているのは初めて見たかもしれない。
 真ん中に堂々と立っているのは巨大な門。しかし当然その奥に何かが続いているわけではなく、そこからダンジョンに飛ばされるようだ。

 一人、しかも金髪で背の低い女がいるのだ、当然人々の視線は私に集中する。
 気まずい。

 カリバーを『アイテムボックス』から引っこ抜き、無言で人の群れを抜けていく。
 視線から逃れるよう気が付けば足早に、ダンジョンの門へ歩み寄ってその身を沈める。
 えも言えぬこう、ぬめっとした感触が肌を撫でたと思えば、いつの間にか周りの景色が一変していた。

「おお……」

 真っ先に飛び込んできたのは、山火事かと言わんばかりに燃え盛る木々。
 しかしよく見てみればそういうわけではなく、何かが燃える特有の不快なにおいも、ましてや肌を焼くような熱も感じない。
 この状況こそが、『炎来ダンジョン』そのものなのだ。

 炎の名前を冠しているだけはあり、なにもかもが燃え盛っている幻想的な景色。
 真っ赤な足元の石ころを蹴飛ばすと、ふんわりと生れ出た火花の蝶が散る。
 舞った深紅の蝶が手のひらに舞い降り、やけどするかと慌てて振り払うも、肉が焼ける感覚も、それどころか蝶の実体すらそこには存在しなかった。
 その熱はじんわりと暖かい程度。
『炎来』は思っていた灼熱の空間ではなく、この場所を形作っている炎は蜃気楼のように幻影そのもの、そこにあるようで存在しないようだ。

 足元に這えているのは彼岸花のようにもみえるが、その花弁は煌々と揺らめいて一秒たりとも同じ姿を保つことなく、刻一刻と移り変わっている。
 つんつんと軽く指先でつつくと、花粉の様にも見える火の粉が風に乗って飛び散った。

 草原、ピンクの沼と来て、今度はすべてが幻想の炎でできた森、か。
 まるで異世界に来たみたいだ。
 いや、そもそもダンジョンの門を潜った時点でどこかに飛ばされているので、本当にそうなのかもしれないが、何とも言えない感情が今更ながら湧き上がってきた。

 ぬるい風が頬を撫で、木々をやさしく揺らす。
 彼らはそれに落ち葉ではなく火花で答え、ぱちぱちと燃える音を奏でた。

「……あったかい」

 恐る恐るカリバーを伸ばし木肌に触れ、それを指先で撫でる。
 やはり木も灼熱というわけではないらしく、今度は抱き着いてみれば人肌ほどの暖かさ。
 木のぬくもりだなんてチープな言い回しだが、炎来ダンジョンではそれを全身で体感することが出来た……本来の意味は違うだろうけど。

 どれもこれもが面白い。
 ひとつ鼻歌でも歌いたくなるような、どこまでも不思議な世界に心が躍る。

 総じて気温は外と大して変わらず、長そでを持ってこなかったことはある意味正解であった。
 視線から逃げるため急いで飛び込んだせいだろう、緩みかけた靴紐をきゅっと結びなおす。

「ふぅ……」

 首を軽く回して深呼吸。
 炎来ダンジョンは見た目こそどこか恐ろし気な光景かもしれないが、触れてみれば親しみの湧く良いダンジョンだった。
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