上 下
59 / 363

第59話

しおりを挟む
 日曜日、一週間ぶりとなる琉希との会遇。
 午前の九時に協会の前で出会い、一週間で随分と協会に馴染んだヤツを彼女が見つけた。

「やーん、可愛いですね!」

 ぐにぐにと琉希の腕の中で揉まれる黒猫……もとい、クロ。
 きんきらの黄色い瞳をぱちくり、きゅうと黒目を細めて気持ちよさそうに撫でられている。
 ゆらりと揺れる長い尾、気分は上々らしい。

 なぜか私以外の人間にはなついていて、どんなに撫でられようとも抵抗をしない。
 しかしひとたび私が手を伸ばせば……

『フシャーッ!』
「む……」

 半ギレ状態で切りかかってくる。
 完全に嫌われてしまった……というか最初から嫌われていたので、あんまり変わってないのか。
 いったい私の何が気に食わないというのか、引っかかれるのは無視してそのまま撫でる。

 ふふん、猫ごときが私に勝てると思うなよ。

 み゛よぉぉ、と地獄の底から響くような鳴き声、勿論力をかけているわけでもなく、やさしくなでている。
 どんだけ私に撫でられたくないんだ、そんな声出されるともっと撫でたくなっちゃうじゃないか。

「相変わらず相性悪いなお前たちは」
「あ……」

 背後から筋肉が現れ、ぽんとこちらの頭を撫でてくる。
 瞬間、私にいじられていたクロがぴょんと起き、彼の肩へと飛び乗った。
 クルクルと機嫌よさげに喉を鳴らし、彼の頬へ顔をこすりつけているのだが、どうやら協会の職員の中でも筋肉が一番のお気に入りらしい。

 いったい私と何が違うんだ。筋肉か、やはり筋肉なのか。

 彼がポケットから取り出したカリカリを旨そうに食べているので、こちらも便乗して希望の実を差し出す。
 しかし軽く嗅いで猫パンチ、希望の実は要望に沿えなかったようだ。

「……そろそろいいか?
「うん」

 クロを下ろした筋肉、琉希、そして私が協会の奥へと進む。
 勿論話す内容は先週のダンジョン崩壊、その調査結果と魔石についてだ。

 三人ソファに腰を下ろし、顔を付き合わせる。

「どっちから話してほしい?」
「私は探索者になったばかりで詳しくないので……フォリアちゃん、後は任せました!」
「ん、花咲のダンジョン崩壊について」


 ダンジョンの崩壊はめったに起こるものではないが、一度起こってしまえばとてつもない災害と化す。
 そのくせ噴火などと違って予兆なんてものがほぼなく、私たちの様に予兆を察知しても知らせるため外に出ることが出来ないのだから質が悪い。
 ダンジョン内は当然通信機器なんて使えないので、それが一層情報伝達の困難さを上げていた。

 つまり私たちの様に予兆に巻き込まれ、その上で情報を持ち帰る存在は珍しいということ。
 出来る限りダンジョンについて情報を仕入れたい協会側もそういった手合いに対しては、随分と手厚い扱いをしてくれる。
 普段は魔石の売り買い程度の扱いでも、こういうときばかりはあれこれ情報の融通をしてくれると言訳だ。

「花咲ダンジョンは完全に鎮静化していた、崩壊はもうしばらく起こらないだろう」
「一度収まったからって二度目はないって根拠は?」
「経験則、だな。少なくとも今のところ、同じ場所が短期間で崩壊の予兆を見せたことはない」

 ダンジョンが世界に生まれて三十年弱。
 果たしてその時間が根拠として十分に働くかは人によるだろうが、少なくとも私よりは情報に通じているだろう。
 協会が大丈夫だというのなら、私があえて食って掛かる必要もない。
 花咲は沈静化してもう崩壊の危険性はない、私もそれでいいと思う。

 どういう理論かは知らないが、ダンジョン崩壊が確かにあったという証拠も確認したらしい。
 嘘をついても意味はないというわけ、まあ嘘なんてついていないから私には関係のないことだが。

「んでこれが崩壊を止めたってことで、協会からの報奨金な」

 筋肉が机の下から、一枚の封筒を取り出す。
 一枚の封筒といっても相当分厚く、一つの箱とでも言われた方が納得できるほど。
 随分と好待遇だ。

「ええっと、私はそこまで活躍していないので……」
「半分は私の口座に入れといて」
「そう言うと思って既に半分に分けてある」

 ニヤリと笑みを浮かべ。筋肉はさらにもう一つの封筒を取り出してきた。
 必死に断って返そうとする琉希であったが、彼女が居なければ今の私はこの世にいなかった。
 断られる方が困るので、無理に押し付けてしまう。

 私の分は筋肉が机の下に仕舞い、コホンと一つ咳。

 次の話こそがメイン、なぜ魔石の魔力が少なかったのかについてだ。
 魔石は研究所へ送られたはずだが、そこなら何か原因が究明できるかもしれない。
 しかし彼の顔は、以前と同じく渋い物。

 ……これはあまり期待できなさそうだ。

「一つだけ、分かったことがある」
「ほほう、一体何でしょう!」
「魔石の魔力だがな、抜き取られたんじゃなく最初から少なかったらしい。数値にしておよそレベル二桁程度」

 最初数値を図ったとき、筋肉は魔力を使ったんじゃないかと聞いてきた。
 しかしどうやらあの魔石、そもそも入っていた魔力が少なかったと……ふむ。
 勿論ダンジョン崩壊の痕跡などがあった以上、虚偽の報告だとも取れないので、はっきり言って研究所もお手上げだと。

 お前、まさか魔石を間違えてないよな? なんて疑いの目。
 失敬な、ちゃんと渡した。
 第一魔石なんて持っていたところで、私が使うことはほぼない。
 強いて言えばウニから借りる銃だろうが、あの程度なら1000レベルもあるモンスターの魔石を使う必要もない。

「……怒らないんだな」
「うん、前はごめん」
「気にするな」

 まるで犬か猫でも扱っているように、雑に頭をぐりぐり撫でられる。
 髪がぐちゃぐちゃになる、やめろ。

「なんか親子みたいですね」
「別に……そんなんじゃにゃい」
「あっ、噛んだー! 恥ずかしいんですね、分かりますよ!」

 横で見ていた琉希がにやにやと、いやな笑み。
 筋肉が親だなんて冗談じゃない。
 親なんてどいつもまともじゃない奴らだ、そんなもの……

 話も終わったので、琉希の手を引っ張って部屋を出る。
 熱くなった頬は隠して。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ブラフマン~疑似転生~

臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。 しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。 あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。 死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。  二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。  一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。  漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。  彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。  ――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。 意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。 「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。 ~魔王の近況~ 〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。  幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。  ——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉

転生したら赤ん坊だった 奴隷だったお母さんと何とか幸せになっていきます

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
転生したら奴隷の赤ん坊だった お母さんと離れ離れになりそうだったけど、何とか強くなって帰ってくることができました。 全力でお母さんと幸せを手に入れます ーーー カムイイムカです 今製作中の話ではないのですが前に作った話を投稿いたします 少しいいことがありましたので投稿したくなってしまいました^^ 最後まで行かないシリーズですのでご了承ください 23話でおしまいになります

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

Lunaire
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

処理中です...