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第48話

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 あー……きついなぁ……

 地面を駆けているのか、それとも空を浮かんでいるのか分からない。
 ふわふわとした体感の中、ただひたすらに攻撃を避けるため身体を動かし続ける。
 騎士を中心として走り続けているのだが、あちらも下手な手を切ることはなく、じっと構えてこちらを補足し続けている。

 一体だれが花咲で希望の実を取ろうだなんて言い出したんだ、私か。
 私が来なければ琉希が死んでいたと考えれば、まあどうにか無理やり自分を納得……させれなくもない。
 いや、やっぱりきついな。

 出来ることなら累乗スカルクラッシュを叩き込んで、一気に有利へ戦闘を持っていきたい。
 しかしこの騎士、隙が全く無いのが困りもの。
 途中で方向を変えてもすべてぴったり追っているようで、まったく背中を見せてくれない。
 琉希も無言で叩き潰そうと岩を投げたりしているのだが、まるで目がついているように全て避け、なんなら岩の上へ曲芸師の様に乗って、隙あらば琉希も叩き斬ろうとすらしている。

 仕方ない。

 その場に立ち止まり、カリバーを下ろす。
 そこまで疲労は濃くないが、あえて肩で呼吸。

 さあ、どう動く……?

 じっと観察していると、微かに鎧が輝く。
 ジャリ、と、砂の噛む音だけを残して姿が掻き消え、瞬きの直後、既に目の前で剣を振りかぶっていた。
 恐ろしいほどブレもなく、真っ直ぐに振り下ろされる細剣。

 驚くほどの超加速、だがこれは読んでいた。
 剣の軌道に合わせてカリバーを斜めに構え、そのまま地面へと叩きつけてやれば、流石の切れ味をした剣が土へとめり込む。
 勢いに任せ一回転、

「『ストライク』っ!」

 続けざまに横腹への一撃。
 微かに揺れへこむ鎧を見つつ、その場から離脱する。

 私が離脱した後、平然と剣を抜き取り再度構える騎士。
 その動きは相変わらず精細なもの。
 鎧の上からだと中々硬い、大したダメージにはなっていなさそうだ。
 それにしてもこちらの瞬きに合わせて接近だなんて、ダンジョンのモンスターのくせに随分と小賢しいじゃないか。

 今の一撃で鈍い痛みが両腕に走ったが、奥から飛んできた琉希の回復魔法によってそれも吹き飛ぶ。 回復の有無で戦闘の難易度が段違いだ、もうなしでは戦えないかもしれない。

――――――――――――

種族 グレイ・グローリー

LV 1000
HP 15286/20000 MP 15543/37432

――――――――――――

 MPが先ほどと比べて、4000程度減っている。
 どうやらあの超加速、スキルか魔法かは分からないが、永遠に使っていられるものでもないらしい。 また、かの攻撃はどれも鋭い物だが、直線的でもある。
 はたして何かがあれの元になったのか、或いは偶然騎士という形をとったのかは知らないが、攻撃自体も正々堂々としたものらしい。

「それじゃあ私も行きますよ!」

 私が下がったのと同時にチェンソーを片手へ握り、轟音とともに素早く琉希が切りかかった。
 私も後ろでただ見ているわけにもいかない。ストライク走法で同時に近づき、彼女の攻撃に少し遅れて、背後から所謂偏差攻撃を仕掛けることにする。

「『スキル累乗』対象変更、『ストライク』」

 目の前にはじっと立つ騎士。

 どちらかを対処しようとすれば、片方は食らわざるを得ない。
 琉希の攻撃は多様だが威力に劣り、私は威力だけはある。彼女の派手に音を散らす攻撃を陽動として、激烈な私の一撃を叩き込む。
 空中で私と彼女の視線が交差、微かに頷き全力で武器を振り回す。

 この時私たちが失念していたのは、かの騎士が元々は壁であること、そして人間と同じ動きしかできないという思い込み。

『……っ!?』

 意識したときは既に遅く、騎士の身体は180度周り、こちらへ剣を向けていた。
 飛び掛かった空中で姿勢を変えることはほぼ不可。ゆっくりと風を切り迫りくるそれを見つめ、なにもできずただその時を待つのみ。

 上半身だけ円を描くようにぐるりと回し、一気に周囲を切りつけたのか。
 そういえばこいつ、先生と同じようなモンスターだったな。人型じゃありえない攻撃もできますってか。

 ざっくりと胸元を切り裂かれ、燃えるような熱さを理解した直後、私たちの身体はゴミ屑の様に空を舞っていた。

「げぇ……っ!?」

 深紅の花びらをまき散らし、ボスエリアを飛び出して転がる体。
 不味い、もう既にボスエリアと、普通のマップの垣根が消えている。
 ダンジョンと街の境界が消えるのも近いだろう、そうなったら……

 灼熱の激痛と共に、絶望が胸へ押し寄せる。
 最悪の失敗をやらかした。二人同時に痛撃を食らってしまえば、片方のミスを補うことすらできない。

 霞む視界の奥底、生まれたての子豚のように体を震わせ、立ち上がる琉希。
 その近くにいるのは白銀の騎士。
 レベルも低く、私より耐久の低い彼女がもう一度攻撃を受けてしまえば……

 奥歯を噛み締め、伏せた体で無理やりスキルを発動。

「……『ストライク』ッ!」

 轟音、飛び散る花達。
 ブチ、ブチと、何か切れてはいけない物が千切れた音がした。

 処刑人のように剣を構える騎士の頭上、私が空を舞う。

 耳が聞こえない、手先の感覚もない。
 死ぬのか、私は。

「……ぁあぁあああッ! 『スキル累乗』対象変更、『スカルクラッシュ』!」

 たとえ体が満足に動かなくとも、スキルの導きなら動かすことが出来る。
 痛みに震える体も、死の恐怖に凍り付いた心も、何を抱えていようと動かすことが出来る。
 今の私は操り人形だ。傀儡師の采配に全てを委ね、ただ目の前の騎士を叩き潰せばいい。

 彼女の首元へと振られかけた細剣、しかし私の接近に気づき反転。
 そして避けきることも、反撃をかますことも出来ないことに気づいたのだろう、剣を斜めに構え防御の姿勢をとる。

 その程度で耐えられると思ってんのか、私の攻撃を。

 漏れ出た声は絶叫。
 ごうと風を斬り、嘆きすら背後に残して飛んだ私が、渾身の一発を叩き込む。

「……っ! 『スカルクラッシュ』ッ!」

 垂れた血で赤く染まった視界。
 微かな手ごたえと共に、キン、とあまりに軽い金属音。
 盾にした剣をへし折り奥の兜ごと叩き潰し、地面へめり込ませる感覚だけが伝わってきた。
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