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第33話

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「好きなもの頼んでね」
「うん」

 剣崎さんに連れられ入ったカフェは、むき出しのレンガがどこか懐かしい、シックなお店だった。
 ちょっと硬めのソファに対面で座り、すぐに会話して終わりというのも寂しいので、軽く食事もすることに。 
 今日はお金をたくさん持っているので、好きなものを頼める。

 ええっと、紅茶と、ケーキは……ナポレオンパイ? 

「ナポレオン・パイはイチゴのミルフィーユのことね。ここのはカスタードじゃなくて、クレームディプロマットを挟んであるから重すぎずフレッシュなミルクのフレーバーが……」
「……?」 

 物凄い早口で語り始める剣崎さん、興奮しているのか顔が凄い赤い。
 よくわからないけどミルフィーユというのがこのナポレオンパイで、彼女が興奮するくらい美味しいというのは分かった。
 行きつけの店だと言っていたし、これが好きで通っているのかもしれない。

 私と剣崎さん、二人とも同じナポレオン・パイを一つずつ、紅茶とコーヒーで注文。
 早々に届いたカップの中身を啜り、一息ついたところで話は始まった。

「端的に言おう。君をダンジョン内で見捨てたという三人は、やはりウチにはいなかった」
「うん」
「なんとなく予想はついてたって顔だね、ごめんよ」
「ううん、大丈夫。私も強くなってるから、自分でも探せる」

 実際剣崎さんと以前会ったときに、恐らく見つからないと言われていたので心の準備はできていた。
 ……いや、はっきり言ってしまうと、私は今の今までそこまであの三人を気にしていなかった、というのが本音だ。
 ダンジョンに延々と潜り続ける日々、恨み言を思い出す暇もなかった。
 しかしこうやって面と向かって存在を告げられれば、不思議なことに心の奥底へ、消えていたはずの澱が積もっていくのが分かる。

 都合よく醜い感情だ。
 憎しみを忘れていたはずなのに、そう簡単にまた生まれてしまうなんて、本当はそこまで恨んでいないのじゃないか?
 犠牲者を増やしたくないだなんて言っておきながら、本当はどうでもよくて、自分自身の恨みを正当化するために、誰か存在しえない犠牲者を人形にして遊んでいただけなのでは。

 ……いや、そんなわけがない。そんなわけないのだが……自分の感情がどんなものなのか、自分自身でも整理が出来なかった。

 憎いのか、悲しいのか、思い出すのも辛いのか、それとももうどうでもいいのか。
 たった二週間前の出来事なのに、もう遠い昔のように感じる。
 殺されたのは当然あれっきりだが、殺されかけたことはもう何度もあった。
 その経験が記憶の傷口に染み渡り、死を味わうという昏いはずの過去が、実は普通じゃないのかと錯覚させてくるのだ。

 靄のかかった感情を胸に抱き、ぼうっと空調に揺られる観葉植物を眺めていると、そっと皿が机に置かれた。

「ごゆっくりどうぞ」

 にこりと微笑むウェイター。
 皿の上には何か茶色の、クリームが二回ほど挟まれた物体。
 ほう、これがミルフィーユというやつか。

「さ、食べましょ。あまり考えすぎない方がいい、月並みな言葉だが復讐は何も生まないからね」
「……うん」
「いいかい、ミルフィーユってのは一度倒してから食べるんだ。上からナイフやフォークを入れると……」

 初めて食べたミルフィーユはカラメルがほろ苦く、甘酸っぱいイチゴとクリームが美味しかった。



「そういえば君、今もまだネットカフェに住んでるの?」
「うん、安いから」
「うーん……確かにホテルとかよりかは安いだろうけど、まとまったお金が貯まったらマンションか、アパートでも借りた方がいいんじゃないかしら? ここらなら1LDKで五万もしないとおもうわ」
「……!」

 確かに。
 今まで生きるのに必死だったし、お金が一気に稼げるようになったのは『麗しの湿地』で戦う様になってからだったので、そんなこと考えたこともなかった。
 しかし今借りてるネットカフェの部屋は鍵付きで一日三千円、一か月で十万円ほど。
 掃除だとか、水道代だとかもかかるとはいえ、賃貸に住んだ方が合計は安く済む気がする。

 あ、でも家電とかも買わないといけないのか…… 冷蔵庫に掃除機、テレビとかも見てみたいし、調べ物をするのにパソコンも必要……そう考えると狭くてネットカフェの方が……うーん。
 いや待て、調べるときだけネットカフェに行けばいいのか?
 しかし……いや、うん、今持っている百十五万円を使えば、大体の物は買いそろえられるのか。

「うん、じゃあ今から借りに行く」
「え!? 今から!? お金ない内に無理に借りる必要もないんじゃ……」
「あ……ううん。ダンジョン毎日潜ってるから、借りるくらいなら全然できる」

 そうか、剣崎さんと出会ったとき、私のレベルは20もなかったはず。
 あのころと比べたら経済状況は雲泥の差、『スキル累乗』によってレベルアップ速度も異常に高いなんて、普通の人にわかるわけもない。

 ユニークスキルについては隠しつつ、既に私はFランクダンジョンへ手を出せる程度にはレベルが上がっていると伝える。
 勿論すさまじい成長速度だと驚かれはしたが、まだ期待のルーキーとしてありえなくもない程度。
 よく頑張ったとほめられた。


「それなら大丈夫そうね、保証人はいるのかしら?」
「ほしょー……にん……?」 

 ほしょーにん……保証人、かぁ……。
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