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第二百三十五話

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 ピンポーンとレトロな電子音。

「あ、あたしのお母さんです!」

 ゲームでもしようかとテレビの前に集まり、あれこれ話していた琉希の顔に笑顔が灯る。

 まだ電話をかけてから十分ほど。
 想像以上に早くやってきてくれたことに驚くが、まあ早いに越したことはない。

 あたしが出迎えてきますね!

 足取りも軽やかに立ち上がった彼女を見送り……

『ひょ!?』

 玄関から響いた素っ頓狂な声に、横で煎餅を貪っていたカナリアと顔を合わせた。

.
.
.

「漸く連絡をしてきたと思ったら……」

 強く握り締められ、わなわなと震える右腕。
 ぴくぴくと怒りに痙攣する眉、猛虎の如き形相に歪んだ顔。

 悲鳴に慌てて玄関へ向かってみれば、そこに居たのは一人の女性。
 いや、きっと琉希の母なのだろう。
 棒キャンディーを口にくわえたまま恐ろしい顔で琉希の肩を掴む彼女は、口調などは随分異なれど、雰囲気が妙に似ていて、直感で理解できた。

 ヤバい。

 そんな顔つきで、壁の裏へ隠れ覗く私たちへ目線を寄越す琉希であったが、すぐに目の前へ怒る人物へ視線を戻さざるを得なかった。
 直後に彼女が怒鳴ったからである。

「友達の家でパーティするから料理手伝ってって、このスカポンタンッ!」

 がつりと振り下ろされる拳。

 結構な勢いに見えたが、相応にレベルの上がってしまった琉希は、たとえ魔蝕の治療中とはいえ平然としている。
 日常で負う程度の傷や衝撃ではもはや何も感じないのだ。
 むしろ殴った琉希の母の方が顔を歪め拳を撫でていた。

「くっ……無駄に硬くなって……クソいてぇ……」
「あはは……ごめんなさい……えーっと、回復魔法使います?」

 響いているのか、それとも全く響いてないのやら、説教した立場にも拘らず何故か回復魔法をかけるかと心配される始末。

 そもそも本人が連絡をしなかったせいなのだが、一体だれに似たのやら。
 琉希の母は額を抑え首を振り、手をひらひらと振る。

「あんたのせいなんだけどね……あーいらないいらない、この程度で使うんじゃない全く」

 そして一歩後ろに下がってから琉希の身体へくまなく目をやると、どうやら目に見える怪我はない様だと安堵のため息を漏らした。

「いくらアタシが行って来いって言ったとはいえ、せめて一日ごとに連絡しろ!」
「うっす、すみませんでした」

 一通り琉希を叱った彼女は腰に手を当てると、漸く奥に居た私たちへ気付いたらしい。
 こちらへ来るよう手を振った。

「ったく……まあアリアも戻ったみたいだし、君がフォリアちゃんなんだろ?」
「いや、私はカナリアだが? 何だ貴様、馴れ馴れしいぞ」

 しかしなにか勘違いしたようで、好奇心から近寄っていったカナリアに挨拶を始めてしまった。
 カナリアもカナリアで胸の前で腕を組むと、相も変わらず不敵な顔つきで否定をする。

 初めての人だし、そんな積極的に話に行くのはちょっと気が引けるけど……琉希のママなんだし、カナリアを放置するのもダメだよね……

「フォリアは私」

 部屋の奥から現れた私を見てきょとんとした顔。

「金髪だから間違えたわ! すまんすまん、よろしくなフォリアちゃん! このバカ娘の母親で椿つばきだ、名前は好きに呼んでくれ」
「あ……うん、椿さん。よろしく……です」

 おずおずと手を差し出せば力強い握手が帰って来た。
 同時に先ほどまで硬かった彼女の顔つきは快活な笑みに代わり、明るい笑い声も同時に上がる。

 そして話し声を聞きつけたのだろう、キッチンからひょっこりと顔を覗かせたママが現れ、琉希のママに奥へ来るよう親し気に声を掛けた。

「アリアとフォリアちゃんとの関係も戻ったみたいだし、雨降って地固まるって奴だね! それに免じて今回は許してやるわ!」
「た……助かりました……」

 胸をなでおろす琉希。

 

「話は聞いてる、クリスマスパーティするんだろ? まあアタシとアリアに任せときな、これでも昔は調理場で包丁握っていたんだ」

 腕を捲り上げて笑う彼女はやはり娘に似て、とても明るい人だった。



 ママと椿さんが仲良さげに奥へ消えた直後、閉じようと手を掛けた玄関へ飛び込んできた少女がいた。

「ちーっす、芽衣ちゃんただいま参上!」

 いえーいぴーすぴーすと気の抜けるブイの字を作りながら靴を脱ぐ彼女。
 こんな連続して呼んだ人が訪れるとは、偶然とはいえ忙しない。

「いやー、実はさっきからいたんだけどね……」

 ぽりぽりと頬を掻く彼女。

「いつ頃から?」
「センチが殴られてる辺りかな!」

 ぜんぜん『ただいま参上』じゃなかった。

「なんかよく分からんけどフォリっち無事でよかったわ!」
「あ……そういえば芽衣が琉希に伝えてくれたんだよね、ありがとう。本当に助かった」

 元々琉希がうちに突撃してきたのは、芽衣が私とママ(の中にいるカナリア)との一件について雰囲気を察し、琉希に話してくれたからだ。
 もし彼女が何も言わなければ、きっと私は今でも家に引き籠っていた。

 考えようによれば、芽衣が琉希に話した事でまた複雑な事件が起こったともいえるのだが、まあ敢えてそういったことをほじくる必要もないだろう。
 それに結果から言えば最高だったわけだし。

「いやー、まあウチも死にかけた時助けて貰ったからさ、これで相殺ってことで!」

 ぱちりとウィンクを飛ばした後、彼女は背負っていた鞄を床に降ろし漁ると、何かを掲げにっこりと笑った。

「ゲーム機とコントローラー持って来たから皆でやろ!」
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