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第二百十四話

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「世界の罅から魔力が溢れ出せば、魔法が存在せず体内の魔力量も少ない私たちではあっという間に発症してしまう、ってことですか?」
「そうだ。そしてここで登場するのが……ダンジョンシステム」

 遂に出てきた。
 世界を覆う未知の存在であるダンジョン。制作者であると名乗る彼女の意図が、そしてその構造が。

 ダンジョンという存在を一言で表せる人間は存在しないだろう。
 内部には豊富な資源、エネルギー源となる魔石、そして力。
 しかし一方で崩壊時、レベルの跳ね上がった怪物たちが外に溢れ出し、多くの人々が犠牲になっていると聞く。

 二面性を持つこの存在、単純なものではない。

「基本的な構造は単純だ。まず罅割れから魔力が溢れぬよう、狭間側から新たな壁を作り出すよう働きかけた。だが荒れ狂う膨大な魔力は、ちょっとした流れの変化でも強烈な圧力の変化を生み出す。作り出した壁はこれに耐え切れず、いつかは砕けてしまうだろう」
「それって結局魔力が溢れ出してしまうのでは……あとそれってもしかして、ダンジョンの崩壊ですか」

 彼女の言う『壁』がダンジョンの事ならば、その壁が砕けるとは即ちダンジョンの崩壊だろう。
 琉希は以前ネットの記事で、ダンジョンは崩壊時に魔力を放出すると見たことがあった。それを利用し未然にダンジョンの崩壊を察知する仕組みを作り上げたとも聞いたが、カナリアの言葉は確かにその事実と合致するものがある。

 琉希の言葉に頷き、カナリアはさらに続けた。

「そうだ、するとやはりお前の言った事態が起こる。これを抑えるためには、崩壊しても耐えられるほどの魔力量を体内へ蓄える必要がある。……まあ最終的に世界は壊れてしまうんだが、少なくとも死までの時間を長引かせることはできるだろう。それが幸か不幸かは置いておいて、な」

 フォリアと共闘した時の経験が、琉希の脳裏へ蘇る。

 それは彼女の『スキル累乗』、そして互いの『経験値上昇』が絡み合った結果、魔石の中に存在する魔力量が極度に減っていた事実。
 しばしの実験の結果、恐らく『経験値』と呼ばれている物の正体が魔力であること、そして『経験値上昇』によって魔力を吸い続けた結果、魔石すらドロップしなくなることを確認していた。

 これはフォリアとだからこそ出来た実験。
 その特異なスキルで魔力をごっそり吸い上げなければこの事実は確認できず、やはりこれも彼女がダンジョンの製作者であるという話を補強している。 

「体内へ魔力を蓄える……レベルアップのことですね」
「うん? よく分かったな。だが単純に置いておくだけでは、危険な場所として放置されるだけだ。そこで貴様ら人類の好奇心をこれでもかと刺激し、中で魔力が起こらない程度に魔力を取り入れさせる方法が必要だった」

 この世界にはダンジョンでなくとも、人類が足を踏み入れていない自然環境はごまんとある。
 多くはレベルの上がった探索者によって踏破されてきたが、もし人々がダンジョンには手を出さないと決めていたのなら、その自然環境にダンジョンが仲間入りしていただろう。

「世界の記憶を見て試行錯誤していた私だったが、そんな時目にしたのが、貴様らの創り出す『ゲーム』であった。幸い魔力はふんだんにあり、興味を引くための資源はいくらでも創り出せる。後は誰かが中に入ってしまえば、情報の拡散によってあっという間に世界へその存在は知れ渡るだろう」

 カナリアが相変わらずよく分からない落書きを描きながら、琉希へ振り向きため息を吐く。

「ダンジョンがゲームみたいだと思ったことがあるかもしれないが、まあ実際その通りだよ。無限にあふれる資源、戦えば戦うほど身につく力。ゲームという概念は貴様らに馴染みが深く、強烈な好奇心を煽るのに最高の素材だった」

 それは人類誰しもが思っていたこと。
 ステータス、スキル、素材、魔石、どれもこれもまるでゲームだ、と。
 少なくとも火山の噴火や台風のように、ぽっと出の自然環境が創り出せるようなものではない。

 そして薄々気づいていた。ダンジョンという存在の裏に見え隠れする、人類と同等か、或いはそれ以上の知性を持った存在に。

「そして生まれたのが『ダンジョンシステム』、ちなみにこの『ダンジョンシステム』という名も、貴様らの記憶から肖ったものだぞ。いわばこれは世界の崩壊、そして人類が直面しうる大災害『魔蝕』を食い止めるための、一時的な救済システムだとも言える」

 数分前までは間抜けなエルフにしか見えなかったカナリアが、今の琉希にはげに恐ろしい存在のようにも感じられた。
 それは滅びに抗う救世の英雄か、それとも世界を意のままに操る悪魔の研究者か。

 自身の創り出したものを朗々と語っていた彼女であったが、ふと、顔に暗い影が落ちた。

「だが一つ誤算があった」
「誤算、ですか……?」

 琉希の喉が鳴る。

「ああ。穴が開いた後本来は魔力が溢れるものだと思っていたのだが、事実は逆で、多少魔力が溢れた後に、周囲の物質ごと全て引きずり込んで穴が塞がってしまうんだ。これは魔天楼による副次的な効果だと言える。あれは魔力をゴリゴリ吸っているからな、穴が開いたことでそこが脆くなり、こちらの世界も一緒に吸い込まれてしまうのだろう」

 いやあれは本当予想外だったわ、ダンジョンシステム完成させちゃったからもう手出し出来んし……

 やけくそにでもなったのか、あっけからんと言ってのける彼女は、やはり間抜けなエルフであった。

「とんでもない災害じゃないですか!? でもそんな不思議な現象がダンジョンの崩壊で起こるなんて、全く聞いたことないんですけど……」
「うむ。物質が引きこまれると同時に、その物質とつながりのある魔力も同時に引きずり込まれてしまうんだ。当然魔力には記憶も付随する、つまりその物質についての記憶なども全て飲み込まれ、消えてしまうというわけだな」
「じゃ、じゃあ、ダンジョンが崩壊して人や場所が消えても、誰も覚えていられない……?」
「それどころか、記憶に限らず記録なども全て消える。次元の狭間より濃度の高い魔力を持つ、あるいは魔力同士の結着が飛びぬけて強い場合などを除き、崩壊によって消滅した物の記憶を保っておく手段はほぼ無い。千切れ微かに残った記憶に違和感を覚えることはあっても、全貌を思い出すことは不可能だ」

 もしそれが本当ならば、なんと恐ろしいことだろう。

 どれだけ愛そうと、どれだけ憎もうと、どれだけの感情を心に抱いていても、無慈悲に消し去られてしまうなんて。
 いやむしろ忘れられるだけマシなのかもしれない。
 皆が忘れる中、全てを覚えたまま、誰かが、何かが無くなった世界で日常を過ごすなんて……耐えられないだろう。

 琉希の目の前にいる少女七十八歳はその語りからして、きっと全てを覚えているのだろう。
 そのあまりに過酷な道を行く孤独の観測者に、琉希は憐れみすら覚えた。

「そもそも世界が滅びる原因を見つけ、新たな災害の形を生み出してしまったのは他の誰でもない、私自身の失敗だ。好きに責めてくれて構わない、まあ私は謝らんがな」
「……一応、理由を聞いても?」
「意味がないからだ。私が謝って誰かが救われるか? 一人一人世界中の人間へ五体投地の旅をして皆が許すか? 無駄だな。だから私は私に出来ることをするだけだよ。これまでも、これからもな」

 そういって水性ペンを置いた彼女は、自分の罪を既に受け入れ、長い贖罪の旅を続けてきた者の顔をしていた……少なくとも琉希にはそう見えた。
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