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第百九十五話

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 朝……と言っても時刻は十一時、既に昼に差し掛かっている。

 机の上に置かれラップされていた朝食を食べ終えた琉希。
 部屋に戻って着替えなどを『アイテムボックス』に押し込み、さてそろそろ行こうかと玄関へ向かった彼女が、母親の声によって足を止める。

「あーほら待ちな、これ持ってき」
「こ、これは……?」

 ドンッ!

 彼女がえっちらおっちら運び、重そうに机へ置いたそれは、水筒というにはあまりに大きすぎた。
 大きく、長く、重く、そして太すぎた。
 それは正に、部活動などで使うあのタンクだった。

「熱い紅茶、甘いぞ」
「ああ……なるほど」

 ついでと言わんばかりに紙コップの束とスプーン、三つの袋入りクリーミングパウダー、しかも動物性のちょっと高めな奴を横にどさどさと置く彼女に、漸く納得がいった琉希。

 何か大事があると、琉希の母は必ず強烈に甘い紅茶を作る。
 受験の時、入学式や卒業式の朝、何かにつけて出されるこの強烈に甘い紅茶は、大量に入った砂糖の力もあって物凄い力が湧く。
 普段はコップ一杯なのだが……きっとこれは、彼女なりのエールなのだろう。

「琉希」
「はい?」

 全て『アイテムボックス』へ放り込み、家を出ようとする琉希へ玄関から母の声がかかった。
 振り向いてみれば彼女はやはりいつも通りに頬を掻き、何を言えばいいのかと視線を彷徨わせる。
 結局あまりいい言葉が見つからなかったようで、胸元から取り出した電子タバコを片手に口を開いた。

「あー、その、なんだ。……そのタンク結構高かったから必ず持って・・・・・帰ってこいよ・・・・・・
「……はい! 行ってきます!」



 昨日の夜遅くまで情報を精査したが、結局絞れたルートは三つ。
 まず一つが真っ先に見つかった、ダンジョンとダムしかない山奥。
 そして残りの二つは人の多い他県の指定都市と、ここから電車を乗り継いで一日以内に行ける街。

 可能性が高いのは後ろの二つだ。
 彼女が何を求めて動き回っているのかは分からないが、人の目的というものは当然、山奥より人が多くいる場所に存在することが多いだろう。
 必然琉希の選択は……

「――街の方から攻めていきますかね」

 昨日スマホにまとめた情報をちらっと確認しつつ、ひとり呟く。

 フォリアへ連れて帰ると啖呵を切った手前、琉希は下手に戻るつもりはなかった。
 しかし情報が曖昧過ぎる以上三か所の地点にたどり着いたところで、アリアを連れ戻せる可能性は実際のところかなり低い。

「琉希……」

 駅へたどり着いた琉希の下へ、消え入りそうなほど小さな声が投げかけられる。

 声の主は……いた。
 改札の横、今どき時代遅れな緑の公衆電話。小さな机の下に、更に小さくなって三角座りを決め込んでいる少女が一人。

「おや、フォリアちゃんじゃないですか! 見送りですか?」
「だめ……行ったらきっと殺される」

 恐ろしく暗い目だ。
 一人家に引き籠っていた彼女がきっと勇気を出し、どうにかここまでやってきて言いたかったことが、琉希を止めること。
 本気で彼女は、琉希がもしアリアと出会えば殺されると思っている。

 アリアは短いながらも母として慕い、あそこまで懐いていた相手だ。
 その相手に殺されると確信を持って言える程の出来事があったなどとは、あまり考えたくないことだが事実なのだろう。

「まぁさか! そうホイホイ現代日本で人が殺されてたら問題ですよ!」

 だが琉希はあえておどけた。

「琉希は何も分かってないッ!」
「ひょ!?」

 突然の怒声。
 びくりと肩を震わせる琉希に、勢いよく立ち上がったフォリアは肩を怒らせて立ち上がり、唇を噛み締め訴えた。

「死んだんだよ……死んでるんだよ……! 沢山……っ、皆が知らないだけでッ! 人は簡単に死ぬの! 理不尽に! 何も遺さないで!」

 これは……アリアさんとは別の話ですかね……?

 感情から溢れ出したフォリアの言葉に繋がりはない。
 近所の協会支部長となってから、フォリアは随分と忙しそうにしていた。
 もしかしたら彼女は何か辛いものを見て、抱えてきたのかもしれない。

 人は簡単に死ぬ、それは探索者になってから痛感したこと。
 一度死んだ、だがそれだけじゃない。誰も口には出さないだけで、昨日挨拶をした人が次の日から姿を現さないなんて日常茶飯事だ。
 運よく何かを持ち帰ってもらえれば幸い、大概は誰かに見つかることもなくダンジョンに吸収され、世間では『行方不明者』として処理される。

 琉希も既に何人かそういった人物を見てきた。

「……よく分かんないんですけど、まあ確かに死ぬ可能性は無きにしも非ずですね」
「それにママは私でも抵抗できなかった、一撃で足を吹き飛ばされたっ! 琉希に勝てるわけない! だからっ!」

 仮に戦闘になったとしたら、確かにフォリアの言う通り負ける可能性が高いだろう。
 琉希のユニークスキルは特殊だ。万物を支配下に置くことが出来る、だがしかし圧倒的なレベル差を覆すことの出来る力ではない。
 そもそも彼女自身の能力が後衛型の支援特化であり、直接の戦闘にはあまり向いていない。

 夏の間みっちり戦ったとはいえレベルは一万。
 日々戦い、加えてユニークスキルのおかげで恐らく琉希より断然レベルの高いであろうフォリアが抵抗できなかったのであれば、琉希には手も足も出せないだろう。
 だが……

「――だとしても、今の私にとっては死ぬより、貴女を放置する方が辛いんです。友人が、命の恩人が病むほど苦しんでるのに、頑張れだの乗り越えられるだの、根拠もない応援だけするなんて無理ですよ。出来ることがあるならやりたい、ただそれだけなんです」

 きっとあれこれと深く考えれば動きが止まってしまう。
 もし死ねば、もし何か起これば、足を止める理由を考えようと思えば、大学ノート一冊程度簡単に埋めることが出来てしまうだろう。

 だから琉希は考えるのを辞めた。

 単純だ。
 友達が困ってるから出来ることをやる。
 自分の背中を押せる、馬鹿で安直な理由が一つあればいい。

「……私も行く」
「はい?」
「私も行く。これは全部私から始まったこと、私の家族の事……私の手で解決しないと」

 彼女はボロボロの服で琉希に縋りつき訴えた。
 間近に寄ってきた彼女に琉希は額に眉を寄せ、軽く押しのける。

 目元に刻まれた濃い隈、寝不足から精彩を欠いた動き、それに栄養バランスの崩れた食事を一週間してきたのだ、万全の力を出せるはずもない。
 若し戦闘が起こったとして、彼女を連れて行くのはただ殺すために連れて行くのと変わらない。

「いや、でもフォリアちゃん……そんな状態では無理ですよ」
「無理じゃない! もし一人で行くなら琉希の足を折るッ!」
「なんでぇ!?」

 突如ぶち込まれた琉希の骨をへし折る宣言。
 ボロボロの風体ではあるが、ギラギラと目だけを輝かせ、ゆっくりと『アイテムボックス』から愛用しているバットを取り出す様は、間違いなく彼女が本気でると伝えていた。

「わ、分かりました……一緒に行きましょう。ええ、はい。ただその……言い辛いんですけど……」

 先ほど彼女が近づいて来た時から思っていたことがある。
 今は冬、なのだが……

「……なに?」
「まずお風呂入って服着替えません? 臭いです」
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