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第百九十一話

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 12月も終わりという頃、冬休みに突入した琉希は今後の予定を無数に脳裏へ浮かべながら、久しぶりに探索者協会の扉の前へ立っていた。
 理由は単純、ここで同年代ながら必死に戦っている少女を、一年に一度の日くらいとパーティに誘うためだ。

 実は何度か友人達にクリスマスパーティーへ誘われたはいいが、ふと思いうかんだのは恐らく当日一人でいるであろう母の姿に、つい先約があるとそれらを断ってしまった。
 母は昔から豪胆な性格で、恐らく言えば行って来いと笑い飛ばすかもしれないが、しかし家に一人置いておくのは後味が悪い。
 誰かとの交流を熱心にするタイプの人でもないが、そういえばパートで気の合う人が出来たと言っていた。
 それが何の偶然か、自身の友人でもあるフォリアが偶然拾い同棲している女性であり、その上実は彼女の母親であったらしいのだから神の気まぐれとは恐ろしいものだ。

 母親だったとSNSのメッセージでしれっと打ち明けられた時には、スマホを取り落し数分叫んでしまったほど。
 随分と確執があったように思えたが、しかしなんだかんだで上手く行っているようだから良いかと気を取り直した。

 そして今日、それなら彼女の母親と自分の母、そしておそらく隣に住むであろう芽衣も呼びパーティでもすれば、まあいい感じに寂しくなる人もいないんじゃないかと、単純かつ安直な考えで探索者協会の扉を叩いた琉希。

「えっ、フォリアちゃん一週間も休んでるんですか!?」

 が、しかしまさかの事態に遭遇する。
 肝心の彼女が一週間休んでいるという。
 鍵一曰く、休む前の数日は兎にも角にもひどい顔色、食事もまともにとれていない様子であったと。

 風にたなびくビニールシートの騒々しい音が響く部屋の中、眉をぐいぐいと寄せて鍵一が唸る。

「あー……うん、なんか連絡付かなくてさ。一応病欠ってことにしてるんだけどな。今んとこ近所で崩壊も起こってないし問題はないんだけど、やっぱ心配なのはあるわけよ」

 一週間連絡もなく休む、これは一大事だ。
 病気か、はたまた別の何かがあったのか。そういえば今週はメッセージを送っていないと試しに送ってみたが、既読すらつく気配がない。
 普段は、それこそ忙しい時を除けば割とすぐに返信が帰ってくる彼女。なるほど、確かにこれはちょっとばかり怪しい気配がする。

 事情を言い切った後、ちらりとこちらを見て何かを期待する鍵一。

「え、もしかしてそれって私が行く的なアトモスフィア雰囲気なんですか?」
「センチがナイスタイミングで来てくれて助かった! いやーナイスナイス!」

 横で黙々と書類を片付けていた芽衣が笑った。
 探索者希望が一気に増えたこと、そしてフォリアに限らず美羽までもが今は上の空であり、使い物にならないと急遽一時的な助っ人として雇われたらしい。

「ちょっと待ってください、芽衣ちゃんお隣さんなんですよね? そこは芽衣ちゃんがバシッと決めてくるべきでは?」

 当然のように全てを琉希へ押し付けようとする芽衣へ、腕を組みツンと唇を尖らせて琉希が抗議する。
 やっぱりそういうよね、と芽衣は痛いところを突かれたかのように頬を掻き、目を右往左往させたのち、机に突っ伏して両手を合わせた。

「いや、そのさ……ちょっとガチで雰囲気ヤバそうだったから、流石にウチには話しかけられないというか……この前見かけたんだけど、死んだ目で大量のお菓子抱えてたから怖かった……おねがい! 頼んだ!」

 彼女が見た時にはコンビニで売っているようなお菓子の袋と、ケーキの箱をいくつも抱えていたらしい。
 それだけならば随分と幸せそうな光景に思えるが、口角を引くつかせて語る彼女の様子を見る限り、残念ながらそういう顔つきではないようだ。

 曰くこの世の終わりだったと。

「え、なんですかそれ怖っ、え? どういう状況なんです?」
「あと、前は結構聞こえてたアリアさん、だっけ? との会話とか全然聞こえなくてさぁ、結構ヤバヤバなんじゃね? みたいな? 近所で色々聞いた感じ喧嘩でもしたんじゃねって思うわけ」
「ほう……喧嘩ですか」
 フォリアとアリア。
 口調は随分と異なれど、二人共あまり激しく自己主張をするタイプではなかったはず。
 フォリアに関しては時々意地を張ることもあるが、その二人が喧嘩、それも近所で噂になるほどの物をするとはあまり想像できるものではない。


 思ってもいなかった言葉に顎へ手を当て、芽衣に話の続きを促す琉希。
 うん、と頷き

「まあ見てる人いなかったから分からんけどね。この前の夜変なモンスターとフォリっち戦ってたんだけど、なんか道の真ん中にそれとは別の知らない穴新しく空いてたし、多分あれその跡じゃないかなって思うわけ。ウチまだ弱いからさ、仲裁とか入っても余波で死にそうだし」

 と情けないのか、それとも実力をわきまえているのか分からないようなことを言い、ぐわーっとおどけて両手を上げる芽衣。

 そういえば深夜の街が騒然とした事件があった。
 およそ一週間前、突如として現れた不気味な黒いモンスター。
 見ての通りボロボロになった協会に穴をあけた犯人だというが、そのモンスターを倒したのが近くに居合わせた少女だったというのは、結構あちこちでも話題になっている。
 芽衣の口ぶりでは、どうやらそれを倒したのはフォリアであったらしい。

 日付にいくらかの隔たりがある、が、鍵一の話も合わせればおおよその日付は合う。
 果たしてこれは偶然か。どちらにせよ彼女の精神状態がまともでないのは明らか、ついでに家庭状況も悪化していそうな予感がする。

 ――ちょっと話を聞くほどに心配ですし、あたしも気になるので見に行きましょうかね……?

「まあそうですね、そんな喧嘩なら私が仲裁して入ってみるのも悪くないでしょう! お任せください!」

 せっかくの楽しいクリスマスパーティ。
 味わうならより多く、より楽しい感情で過ごしたいもの。勿論それは自分や家族だけではなく、今までかかわった人皆がそうだ。
 当然フォリアはその輪の中でも大分身内に近い所にいるわけで、大切な友人をほっぽっては置けないと、琉希は深く頷き胸を力強く叩くと、衝撃に耐え切れず激しく咳をした。
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