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第百八十三話

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「え?」

 唐突の謝罪。
 意味も分からず脳裏に疑問が浮かぶ。

『……すまん、全部話す余裕がない。何も遺せない俺を恨んでくれ』
「いや恨んでって……そんなことするわけないじゃん。どしたのいきなり」

 普段も雑なところがある筋肉だが、今日は殊更話が良く飛んでいる。
 いや、話が飛んでいるというよりは、言いたいことが多すぎてうまく考えがまとまっていないというべきだろうか。

 ちらっと横を見ると二人が不安げな顔でこちらを見ているが、私にもよく分からないので首を捻っておく。

 だが一つだけ共通していることは、どうやら何か謝りたいことがあるらしい。
 話題のどれにも共通する彼の感情は罪悪感。私にはあずかり知れぬところで何か掴み、そしてなにか謝りたいことが出来たのは間違いがなさそうだ、

「ねえ、もうちょっと落ち着いて話してよ。何が言いたいのか分からないって」
『――すまん、これだけ聞いてくれ。もしお前が戦う勇気を持ってくれるなら……』

 本当に私へこれを言っていいのだろうか。

 そんな雰囲気で一瞬躊躇した筋肉であったが、遂に口を開いたと思えば電話を切られてしまった。

「あ、切れちゃった……掛け直す?」
「向こうから切ったなら迷惑になるかもしれないわ、また後で掛けましょ」
「ん、分かった」

 話したいことあるなら帰ってきて話してくれればいいのに、私だって話したいこと沢山あるんだからさ。



 ――伝えきれなかったか。

 フォリアの電話を切り、剛力は最後に残った・・・・・・左腕で額を揉み、潮風に侵食されボロボロになったトタン屋根の隙間に覗く月を眺めた。

 何が起こっているのか自分でも理解できず、未だに思考の混乱が収まらない。
 しかし声を消し息を潜めても、一直線にこちらへ向かってくる死神の足音だけはしっかりと聞こえた。

 ダカールと女の会話を聞いていた時、偶然少年が彼らの会話を聞いていた所までは、確かに己の四肢は残っていたはず。
 しかし飛び出した瞬間、突如として自分の右腕、そして左右の足すらもが消え去り、その断面はまるで最初から何もなかったかのように肉と皮にぴったり覆われてしまっていた。

 予備動作すらない驚愕すべき魔法。

 いや、もしかしたら既に仕込まれていたのかもしれない。
 少年を放り出し、悠然とこちらへ歩いてきたダカールとクラリスの顔には笑みが張り付いており、まるで知っていたとばかりの態度で話しかけてきたのだから。

 しかし隙を突き残った左腕で大剣を投げつけ、ダカールの脇へ深々と傷を負わせることに成功、その間にどうにかこの倉庫裏にまで這い逃げることはできた。
 幸いにして消滅した四肢に痛みはない、しかし左腕しかないこの状態では流石に……

「やあ、剛力君」

 相変わらず胡散臭い笑みを浮かべたダカールがコツコツと足音を立て、クラリスを連れて廃屋へ踏み込んできた。
 破れた服の奥には鍛えられた腹斜筋が垣間見え、残念ながら決死で剛力が付けた傷も、綺麗さっぱりと完治してしまっているらしい。

 普段自分が何気なく使っているポーション、しかし敵に使われるとここまで面倒なものであったとは。
 探索者に限るとはいえ、どんな傷でも完治してしまう驚異のアイテムに今更感嘆する。

「……おう、さっき腹を掻っ捌いてやったから、随分と血が沢山出てすっきりしたみたいだな」
「いやはや、瀉血なんて時代遅れの事私の世界でもしないさ。しかしそうだな、二度ほど……いや、今回のと合わせて今日は三度も・・・・・・君に手術してもらったおかげか、中々に爽快な気分だよ」
「そりゃどうも。俺にアンタに褒められるほどの才能があるなんて、執刀医でも目指してみるのも悪くねえな」

 眉を顰め口角を吊り上げる剛力。
 肩をすくめほほ笑むダカール。

 一旦静寂を保った二人の間、先に口を開いたのはやはりダカールであった。

「最初は右腕・・を」
「あ……?」
「今度は左足を、そしてその次には右足を奪ったんだよ。その度にああ、これは間違いなく勝ったなと確信したんだ」
「何の話かさっぱり分かんねえな」
「君の事だよ。しかしその度に君は驚くべき方法で私を切り伏せて見せた、はっきり言って異常だよ。超常の力を持った悍ましい怪物が人間社会に隠れて暮らしている、恐ろしいねぇ」

 人を怪物と嘲り罵る化物。

「おいおい、あんまり褒めないでくれ。生憎と俺は人間の心を持っていてね、人助けがしたくてたまらねえんだわ。知らねえのか? 昔から化物の心を持った人間と優しい心を持った化物なら。化物の方が愛されキャラになるってよ。アンタ日本文化好きだとかほざいてただろ、日本の昔話くらい読むべきだな」
「……だが剛力君、君はどこまでも甘い。一撃で私を仕留めていればそんな哀れな姿にならずに済んだのに、一々手加減をして殺さなかった。尋問でもするつもりだったのかな? だから私に時を戻す・・・・余裕を与えてしまった」

 飛来する石片がダカールの頬を擦る。

「無視しないでくれよ、寂しいじゃねえか」
「減らず口に悪戯じみた攻撃、最後の悪あがきという奴かい? みじめだね」

 壁に寄り掛かった彼の左腕が消え、再度小さな石ころが空を舞った。
 しかし勇ましく力強かったかつてとは異なり、踏ん張りなども効かぬ状態での速度はあまりに弱弱しく、軽く避けたダカールの背後へ積まれていた廃材の奥に軽い物音を立てて消えてしまう。

 もはや今の彼にダカールを倒す手段は何一つ残されていない。
 いや、もしその腕へ首を差し出せばへし折られてしまうかもしれないが、少なくとも剛力の前で朗々と語っている男にそのつもりは毛頭なかった。

「哀れだね。四度も真実に近づき、唯一私に刃を向けた君の最期がこれとは……まあ君に協力しうる国や組織を消したのは私なんだけどね、アッハッハ!」

 ダカールとクラリスは飛んでいった石の方向へ首を傾げ、その時、剛力の左腕が胸の内側で何か動いた。


 最後、瓦礫すらもまともに無くなり地面を彷徨った剛力の腕がペンを、ポケットの硬貨を、そして小さな黒い手帳・・・・・・・を投げつける。

「誰かへこのことを話したのかな? もしかして他の協力者がまだ蔓延っているのかな? だが私に肉薄しうる実力者は既に全て消え、最後にして最強である鉾の君もここで潰える。世界の記憶は全て狭間・・に追放され、誰も真実を知る者は居なくなる……」

 胸元から取り出された小さな魔石。
 剛力の腕を、足を、巻き戻される前の時間で消し去った凶悪な概念戎具。
 しかし剛力はその存在を知らない。
 いや、すべて忘れてしまった。

「私の勝ちだ、剛力。大丈夫、君が消える様は私がしっかりと見ておいてあげよう。誰にも覚えられず消えるのは何より悲しいことだからねぇ」

 消えた足元へ転がってきたそれへ、訝し気に目を細める剛力へダカールは笑いかけると、胸元から取り出した小さなスイッチを、ゆっくりと押し込み……

.
.
.



「ふ、フフ……アッハッハッハッハ! さあクラリス、これで全ての懸念は消えた! もう世界の消滅に気付く者も、私へ楯突く実力者も全て消えた! 元の世界に戻って作業を一気に進めようじゃないか!」
「はい、クレスト様」
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